月29日付のMSN産経ニュースが掲載している。
太陽花学運(ひまわり学生運動)は立法院占拠後の3月30日、総統府前で抗議デモを行い、参加者
は50万人を超えた(警察発表は11万6千人)。この日、この抗議デモに呼応して日本でも、台湾留
学生が主催する集会が東京、京都、福岡で開かれ、約900人が参加したと伝えられている。
福岡での集会をリードしたのが台湾在日福岡留学生会の会長で、早稲田大学大学院情報生産シス
テム研究科(北九州市)に通う林紀全氏。
林氏はこのインタビューで、台湾が中国に呑み込まれてしまうのではないかという危機感につい
て具体的に語っている。また、自分の父が外省人だということを明かしつつ、「外省人だろうと本
省人だろうと関係なく、台湾人として台湾を愛する気持ちを持ち始めています」とも話す。そして
「だから台湾をよくしたい、と声を上げた」とも。
林紀全氏のような「愛台湾」に発露したひまわり学生運動の行動について、李登輝元総統は高く
評価し「学生たちが台湾という国に対して見せた情熱、理想の堅持、明るい未来の追求、台湾の民
主主義を世界に知らしめたエネルギーは、私たちに国家の希望というものを見せてくれた」(3月
30日)と述べられた。
下記にインタビューの全文を紹介したい。本誌掲載にあたっては、タイトルを「台湾を愛するか
ら声を上げた」と変えて掲載したことをお断りする。
また、お近くの方は7月19日の林紀全氏講演会に足をお運びください。どなたでも参加できま
す。台湾人の心の声をぜひお聞きください。
知らず知らずに中国に呑み込まれる…馬英九総統の親中路線に危機感
【MSN産経ニュース:平成26(2014)年5月29日】
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140529/chn14052922570015-n1.htm
写真:立法院内部を占拠した学生ら。学生運動の幹部として参加した王小虎氏が撮影した(林紀全
氏提供)
写真:立法院内部を占拠した学生ら。参加したオウ・ブッシュ氏が撮影した(林紀全氏提供)
写真:台湾の行政院周辺で、サービス貿易協定反対の声を上げる学生(林紀全氏提供)
写真:「中国に呑み込まれることが何よりも怖い」と語った林紀全氏=福岡市中央区(大森貴弘撮影)
親日として知られる台湾が揺れている。馬英九総統が進める中国とのサービス貿易協定に、大勢
の学生が反対し、国会に相当する立法院を3月18日から約3週間にわたって占拠した。協定反対の動
きは、10万人以上の市民が総統府前でデモ行進をするなど大きなうねりとなった。背景には「中華
民族の偉大な復興」を掲げる習近平体制の中国に呑(の)み込まれてしまうのではないか−との危
機感がある。台湾はこれからどうなっていくのか。台湾在日福岡留学生会の会長で、早稲田大学大
学院情報生産システム研究科(北九州市)に通う林紀全氏(30)は「親中路線を歩むなら、反対運
動は激しくなる」と語った。(大森貴弘)
◇ ◇ ◇
私たちは、馬英九総統が進める親中路線に強い危機感を持っています。現在、台湾にとって中国
は、最大の貿易パートナーですが、すべての面をオープンにすることには納得できません。デモに
参加した人々は、今回のサービス貿易協定が、その先駆けになるのではないかと心配しているのです。
すべてをオープンにすれば、携帯電話システムなど安全保障の根幹に関わる分野に中国企業が入
り込んでしまいます。何より恐ろしいのは、表現の自由が侵されかねないことです。例えば、出版
業界が中国企業に独占されたら、中国を批判する人をどんどん解雇するかもしれません。
この恐れは現実味を帯びています。
今回の学生運動を応援する芸能人はほとんどいませんでした。なぜだか分かりますか?
中国のテレビ番組に出ることを考え、「支持しない方がよい」となったんです。実際、香港の俳
優、チャップマン・トー氏は、学生運動を支持する言動をし、出演映画が中国でボイコットされて
しまいました。
また、台湾と中国の人の流れは活発になっています。私の大学の同級生は、半分以上が中国で就
職しました。台湾の若者が中国で働くと、台湾で働く場合に比べ、2〜3倍の給料をもらえるからです。
若者が台湾を離れた結果、何が起きているか。逆に台湾のブルーカラーの仕事に、どんどん中国
人が入ってきています。
経済と政治は密接にかかわっています。学生運動にとって「サービス貿易協定反対」は、単なる
きっかけに過ぎません。サービス貿易協定のようなものが次々と結ばれることで、知らず知らずの
うちに中国に呑み込まれることが何よりも怖いのです。
私は、96年の台湾海峡危機【メモ(1)】を、はっきりと覚えています。当時は中学生でした。
李登輝総統(当時)の当選を阻止しようと、中国が台湾海峡にミサイルを撃ち込み、緊張が高まり
ました。台湾はもう駄目だ−。こんな悲観的な雰囲気に満ちあふれ、海外に避難した人もいました。
馬総統は、こうした経験を持つ人々の気持ちを、あまりにも無視しているのではないでしょう
か。協定を進めるにあたって、交渉の過程が完全にブラックボックスでした。行政院(内閣に相
当)と立法院(国会に相当)が、互いに監視する機能がまったく働かなかった。これは改善しなけ
ればならない点です。
馬総統の支持率は10%前後です。2016年春の選挙に向けて、経済成長で支持率アップを狙おう
と、ますます中国に近づく可能性があります。しかし、馬総統が今後も親中路線を歩むなら、デモ
はもっと激しい運動になると思います。
台湾は87年7月まで戒厳令が敷かれていました。「白色テロ」【メモ(2)】と呼ばれる恐怖政治
が続いていたのです。当時を知る人には、今でも政治に口を出さない方がよい、という考えも根強い。
でも、今回の運動でそれも変わってきました。フェイスブックでデモ参加を呼びかけると、学生
だけでなく、市民も含め10万人以上の人が集まったんです。
私の父は、戦後、台湾にやってきた外省人です。でも今は、外省人だろうと本省人だろうと関係
なく、台湾人として台湾を愛する気持ちを持ち始めています。だから台湾をよくしたい、と声を上
げたのです。
今後の台湾を考える上で、日本には大きく期待しています。
日本ではあまり知られていないエピソードがあります。70〜80年代に台湾で民主化運動が活発に
なったときのことです。政治犯として捕らえられた人の救援活動に、三宅清子さんという日本人女
性が携わりました。彼女は台湾で「民主主義の母」と呼ばれ、尊敬されています。
台湾の民主化は、日本のお世話になっているんです。今度も、日本の方や政府の支援をお願いし
たいですね。
台湾人は、本当に日本人が好きです。70代後半になる私の母は、台湾生まれなので、少女時代を
日本人として過ごしました。その後にやってきた国民党が住民の抗議を武力弾圧した「2・28事
件」【メモ(3)】なども知っています。
私たちは親日というより、日本統治時代の社会インフラや教育制度の整備に対し、恩を返したい
との気持ちがあるのかもしれません。
【メモ1】台湾海峡危機
1996年の総統選挙で「李登輝優勢」の観測が流れると、中国は軍事演習を実施し台湾沖にミサイ
ルを打ち込み威嚇した。米海軍が台湾海峡に2個の空母打撃群を派遣すると、中国は演習を中止した。
【メモ2】白色テロ
1949年5月から87年7月までの38年間、戒厳令下で民主化運動の活動家が投獄・拷問された。この
間の恐怖政治を「白色テロ」と呼ぶ。
【メモ3】2・28事件
1947年2月、国民党政権の役人が台北市で、ヤミたばこ売りの女性に加えた暴行に端を発し、住
民弾圧に対する抗議が台湾全土に広がった事件。国民党は武力掃討や弾圧を行い、38年間にわたる
戒厳令のきっかけとなった。