り」が最終回を迎えた。連載されてから2年経つという。最終回で「4月から台湾に伝わる
『雷と稲光』や『欲張りじいさん』などの物語をいくつかご紹介しようと思っていまし
た」とつづられているが、肝臓がんのため断念されたという。
毎月中旬、台湾から送られてくる爽やかな風のような盧千恵さんの「フォルモサ便り」
を楽しみにされていた方も多いのではないかと思う。
肝臓がんの手術には成功し、現在はご自宅で静養されているという。やはり月に1回とは
いえ、執筆はそれなりの仕込みをしなければならず、精神的な負担も少なくない。連載お
疲れ様でしたと、心から感謝申し上げたい。
実は、来週から始まる台湾李登輝学校研修団で台中市を訪問する。その際、盧千恵さん
が「フォルモサの風」で紹介された白冷圳を許世楷・前台北駐日経済文化代表処代表
(大使に相当)にご案内いただく。盧千恵さんにも許世楷大使ともども夕食会の席でお会
いすることになっている。連載再会も含め、盧千恵さんのその後のことなどを伝えられる
ようだったらお伝えしたい。
1923(大正12)年生まれ、今年の1月で満89歳を迎えられた李登輝元総統も昨年11月1
日、大腸がんの開腹手術を受けられたものの、この4月18日から屏東・高雄を振り出しに
「台湾一周の旅」に出られた。盧千恵さんは李元総統より一回り以上も若い。一日も早い
ご本復を祈るとともに、体調が整ったらまた「フォルモサ便り」を再開していただきたい
と切に願っている。
では、下記に「フォルモサ便り」の最終回をご紹介するとともに、改めてこれまでのご
執筆に御礼を申し上げたい。
台湾の昔話 虎ばばあ−最終便になりました
【SANKEI EXPRESS:2012年4月20日「盧千恵のフォルモサ便り」】
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120420/chn12042012460000-n1.htm
むかし、むかし、台湾のおへそにあたる埔里の虎山のふもとの村に、お母さんとふたり
のむすめが住んでいました。村の人たちといっしょに山を開き、野菜やくだものなどを植
えていました。
3人の家の近くには小川がながれ、そのほとりには大きなガジュマルの木が風に葉をそよ
がせていました。朝早くから畑仕事に精を出し、昼が過ぎると3人はその木のそばでお弁当
を食べ休みます。いつもうとうとするお母さんが、今日は真面目な顔でむすめたちにいい
ました。
「明日、お母さんはおじいさんの所へ出かける用事があるので、ふたりだけで仕事にきて
ね。でも、太陽が少し西に傾いたら、急いで家にもどって、戸をしっかり閉めるんです
よ。どうしてだか分かっているでしょう?」
「はい。夜になるとおばあさんに化けたホーコーポーの人食い虎が、女の子を食べに村へ
出てくるからです」。ふたりは、声をそろえて返事をしました。
「一晩泊まって次の日にはもどってくるから。おるすばんを頼みますよ」
「お母さん。心配しないで大丈夫。」と、心のやさしいお姉さんが答えました。
次の朝お母さんは出かける前にもう一度繰り返しました。
「早めに帰ってきて、しっかり戸締まりをするんですよ。誰が来ても、家へ入れてはだめ
ですよ。」
「お母さん、大丈夫。でも、早く帰ってきてね」。賢い妹がいいました。
ふたりはお母さんを見送ったあと畑にいき、仕事をして、いわれた通り早めに家へ帰り
戸締まりをしました。気持ちのいい風が吹く夕方、戸締りをして家の中に閉じ籠もってい
なくてはならないのは、恐ろしいホーコーポーがいるからだと、妹は思いました。
夕ご飯を食べ終わったときです。ドアをどんどんとたたく音が聞こえました。「開けて
おくれ、コーポー(ばあさん)だよ。おじいさんの妹だよ」。ふたりは思わず顔を見合わ
せました。
「お母さんに頼まれてきたんだよ。心配だからって」
「小さいとき、コーポーに会ったことがある」。お姉さんは妹にささやきました。
「だいぶ歩いて疲れたよ。早く開けておくれ」低いしゃがれた声です。
お姉さんが腰をうかせているのを見て、「だめよ。誰が来ても開けてはいけないってお
母さんがいったじゃない」。妹はいいました。
「お前たちのために遠くから歩いてきたというのに。外へ閉め出して、虎に食われろとで
もいうのかね」
心のやさしいお姉さんは年取ったコーポーが虎に食われたら大変と、いそいで戸のかん
ぬきをはずしてしまいました。外に立っていたコーポーが足音もたてずに入ってきまし
た。
「どうして早くあけてくれなかったんだい?」
「こわかったのよ。ホーコーポーが来るから気をつけるようにいわれていたの」。お姉さ
んのことばにおばあさんの目がきらりと光りました。しばらくすると大きな口を開けて
「アーウーウー」とあくびをしました。口の中に真っ白な大きい歯が並んでいるのが見え
ました…。
■「ありがとう」
この物語はまだ続きます。心やさしいお姉さんは虎ばばあに食べられ、賢い妹が虎ばば
あをやっつけ、夕方の涼しい風、平和な村の生活を取り戻すという物語です。4月から台湾
に伝わる「雷と稲光」や「欲張りじいさん」などの物語をいくつかご紹介しようと思って
いました。ところが、先日の健康診断で医者から肝臓に「虎ばばあ」のようながんがある
ことを知らされ、即入院をと言い渡されました。
「フォルモサ便り」を書き始めて2年がたちました。台湾最高峰の玉山、老人、力強い女
性、在外同郷、民主主義、選挙風景、それと日本人の残していった遺産など、台湾人が大
事に思い、誇らしく思っているものを書きました。日本の方々に、台湾にはおいしいショ
ウロンポーや故宮博物館のほかにも見るべきものがあることを知ってほしいというのが原
動力でした。もっと台湾の宝物を書き続けたかったのに。
この間、文章に似合う写真を探してくれた藤見尚子さん、遠くアメリカ在住の施忠男さ
ん、フォルゲート裕子さん、そして、原稿を何度も読み返してくれた主人の許世楷に、何
度もありがとう。もちろん、読者の皆様にも。
《後書き》
大鐘稔彦(としひこ)作『孤高のメス』の主役のような台湾の名医、鄭隆賓医師の執刀
で、手術時間2時間半、100ccにも満たない出血量で肝臓がんを切除し、5日間の入院を終
え、家にもどり普通の生活をしております。=おわり
盧千恵(ろ・ちえ) 許世楷・前台北駐日経済文化代表処代表夫人。1936年、台中生ま
れ。60年、国際基督教大学人文科学科卒業後、国際基督教大助手。61年、許世楷氏と結
婚。夫とともに台湾の独立・民主化運動にかかわったことからブラックリストに載り帰国
できなかった。台湾の民主化が進んだ92年に帰国し、2004年〜08年、夫の駐日代表就任に
伴って再び日本に滞在。夫との共著に『台湾という新しい国』(まどか出版)がある。