年頭にあたり、改めて日本と台湾はどのような関係にあるのかを知るために、昨年10月
6日、李登輝元総統が台湾大学で開かれた「台湾大学シニアカレッジ」で行った講演を掲
載します。
李元総統は台湾百年の歴史を三段階に分け、どのように発展してきたのかについて解説
し、混迷する台湾の現状を踏まえ、台湾を変える原動力とは何か、「台湾精神」とは何か
を切々と訴えています。
なお、いささか長い講演ですので2回に分けてご紹介します。 (編集部)
台湾と日本百年来の歴史及び今後の関係(下)
元台湾総統 李 登輝
四、戒厳令体勢と台湾民主運動
一九四五年十月、国民党政府が台湾を接収して以来、特権が横行したため、政治は腐敗、
物価は高騰し、社会秩序は混乱、一年半を経ずして、一九四七年二月、遂に二二八事件が
台湾全島に爆発しました。国民党は中国大陸から兵隊を送り込み、鎮圧にあたり、台湾の
エリート数万を惨殺し、台湾人を恐怖のドン底に陥れ、台湾人をして政治の世界に首を突
っ込む勇気を奪ってしまいました。
一九四九年五月、国民党政府は台湾に戒厳令を布きました。暫くして、中国大陸の内戦
に敗れ、台湾に退いて来ました。その政権を堅固なものにするため、多数の反対分子を逮
捕し、いわゆる一九五〇年来の「白色テロ」を作り上げました。国民党は更に「反攻大陸」
を国策とし、ワンマンによる独裁体制を敷きました。この戒厳令は三十八年間も続き、一
九八七年に至ってやっと解除されました。これらは前代未聞の事であり、台湾人民の言論
思想や結社の自由が剥奪され、生活も不安と恐怖の中にいたか、皆さんも容易に想像がつ
くでしょう。
戒厳体制を打ち破るため、台湾のエリートたちは長い時間をかけ、多くの犠牲者を出し、
倒れても止まず、絶えず奮闘した結果、国民党も遂に譲歩せざるを得ませんでした。
私、李登輝が台湾人として初めての総統に就任して以来の十二年間は、何とかして台湾
の人民の期待に沿うことが出来るよう、「民主化」と「台湾本土化」の政策を実行しまし
た。先ずは、いわゆる万年国会を解散、終結させ、中央民意代表(国会議員)を全面改選
しました。更に、一九九六年には歴史上初めての人民による総統直接選挙を実施しました。
「主権民に在り」の観念を逐次定着させる事ができ、自由民主の社会が打ち立てられ、台
湾人民は国民党の統制から離れて、台湾主体の観念は日増しに強化されてきたのです。
五、一九九〇年以後、台湾に新国家建設の潮流が芽生える
下からつき上げる民主の力こそ台湾を変える原動力です。この民主の力は、台湾内部の
政治機構を変え、更に、台湾と中国の関係も変えました。過去の内戦型対立状態から国と
国の関係に変わりました。台湾は平等互恵の立場に立ち、中国と平和互恵の関係の構築を
目指しています。
このような力は日本統治時代にその源を辿ることができます。台湾意識が芽生えた後、
台湾人はすでに自決独立を主張しました。戦後、台湾人が二二八事件の災難に遭った後、
この独立運動が始まり、この歴史的流れはその後間断なく続き、一九九〇年代に至り、国
内と海外の力が合体して、新国家建設の原動力となりました。
日本の方は台湾人の自主独立の考え方を理解しにくいようですが、数多くの日本人は中
国の宣伝や脅しに乗って、台湾は中国の一部であり、台湾は独立の条件が整っていないと
思っているようです。その実、日本の方々が台湾に来られて、台湾人の考え方を聞き、台
湾の自由民主を一目見てくだされば、自ずと台湾人が何故新国家建設に邁進しているのか
理解でき、台湾人が活力に充ち、社会は活気にあふれ、新国家建設に努力している姿を見
て頷くでしょう。
台湾人は強大な中国と向かい合っていますが、それでも「台湾正名」運動(台湾の国名
を正しくする)、[国民投票による憲法制定]、新国家建設の主張などを敢えて提出する活
力を有しています。これは台湾精神から来ているのです。台湾精神は質実剛健、実践能力、
勇敢、挑戦的天性の気質に加えて、日本時代に養われた法の遵守、責任感、仕事を忠実に
行うなどを指します。これが即ち台湾人の貴いところであり、決して屈することなく、権
威統治のもとでも台湾人としての主体意識を建立する最高精神を持っているのです。
六、日本が台湾新国家動力を了解してこそ、両国の未来関係の建立が可能
日本の若い世代は安定した社会に育ちました。外敵も内乱もありません。生活は豊かで
あり保障もありますが、その反面、危機意識が欠落し、改革意識も失われているようです。
中国に対しては何も言えず、不公平や不義に対しては胸を張って正す事も出来ないのでは
ないでしょうか。過去、日本人が持っていた「公に尽くし、責任を負い、忠誠を尽くして
職を守る」日本精神が今失われているように思われます。これは日本社会最大の危機です。
この百年来、台湾は日本統治時代と国民党時代に分かれますが、台湾人の主張はこの間
圧迫され続けて来ました。台湾の歴史の発展は、目本植民統治と国民党統治の両時代の歴
史と言えますが、決して台湾人が主人公として発展した歴史ではありません。ただ、台湾
人が長期にわたって奮闘、犠牲を払った結果、一九九〇年以後は、台湾は台湾の主体性観
点を持つことが社会の主流となりました。日本はこの勢力こそ台湾の社会を変える力であ
ることを認識すべきであります。台湾と日本の将来は、平等互恵の関係にあることが前提
条件であり、中国を先ず前に押し立てて、台湾を中国の一部であるような見方はまったく
見当違いです。日本が台湾を見直してこそ、東アジアの平和と安定が維持できるのです。
最後に、台湾人があらゆる困難を克服し、屈してもなお止まずの勇ましい台湾精神をも
って、日台両国の百年来の歴史発展を了解し、更に相互了解の上に立ち、台湾と日本が新
時代の未来関係に進む事を願って止みません。 (了)