二つの故郷─ある湾生の引き揚げ時の回顧録(明治小学校同窓会誌より)

【メルマガ「遥かなり台湾」:2016年11月20日】
発行人:喜早天海・日本と台湾の架け橋になる会世話人
http://archives.mag2.com/0000094177/?l=bgq06c26bb

 日本でも「湾生回家」の映画が上映されるようですが、大変良い映画ですからぜひご覧になって
下さい。本日のメルマガは、戦前、台中に住んでいたある湾生の引き揚げ時の回顧録です。

             ◇    ◇    ◇

 1945年(昭和20年)8月15日、日本も暑い日だったらしいが、台湾はもっと暑い日だったと思う。

 正午に天皇陛下の重大放送があると知らされて、われわれはラジオの放送に耳を傾けた。雑音が
ひどく声も低かったので、「玉音」は聞き取りにくかった。仕事から帰った父が、「けっきょく、
降伏だな」と言うのを聞いて、「敗戦」という事実を始めて確認した、というのがあの日のわが家
の実態だった。当然、内地人、特に大人達のショックは大きかった。虚脱状態がしばらく続いた。

 一方、台湾の人達の反応はどうだったかと言えば、満州と呼ばれた中国東北部や朝鮮の人々のよ
うに、日本の敗戦を歓呼の声を挙げて迎えるというシーンは見られなかった。私があの頃の台湾の
民衆の表情から感じたのは、安堵感と解放感だった。「台湾人として暮らしていける」ということ
は歓迎すべき出来事だったと思うが、それが内地人に対する報復行為に結びつくことは、台湾では
あまりなかった。台湾人と日本人の関係は戦後も比較的良好だったと思う。

 あの頃、私の家に「彩さん」と呼ばれていたお手伝いさんがいたが、この女性は敗戦後もずっと
我が家で働き続け、われわれが日本に引揚げるまで一緒に住んでいた。帰国の際、彼女が駅まで
送ってくれて、プラットフォームでハンカチを目に当てていた姿を、今でも思い出すことができ
る。

 私の友人の中には、台湾人の同級生に殴られて学校へこなくなった者もいたが、彼らは皆戦争中
に、少数派で弱い立場にあった台湾人の生徒をいじめていたようだ。「報復」を受けても仕方がな
い過去を持っていたと思う。

 二中(*註)は校長が中国人に変わったが、学校での授業はわれわれが引揚げるまで続けられ、
大多数の生徒が出席していた。昔の友人に同総会で会っても、この敗戦後のことが話題になるのは
稀であるが、私は戦後の学校生活を結構楽しんだ。興味を持って学んだのは中国語だった。「国
語」と呼ばれていたが、予、復習をきちんとして授業に出ていた。この頃から私は語学が好きだっ
た。

*編集部註:
 日本人子弟を対象に大正11年(1922年)創立の台中州立台中第二中学校。約500人が在校。台湾
 人子弟を対象として1915年に創立された台湾公立台中中学校は後に台中州立台中第一中学校と改
 称。許世楷・台北駐日経済文化代表処代表や黄茂雄・東元集団董事長、呉敦義・元行政院長など
 を輩出。

 台湾に住んでいたわれわれは、戦後も恵まれた生活をしていたと思う。戦後職場が接収された後
も、引揚げるまで父は給料を貰っていたので生活に困ることはなかった。敗戦国民ではあったが、
台湾人の人々と共に、戦争中の抑圧から解放されて、私は伸び伸びとした雰囲気の中で暮らしてい
た。

 敗戦後数ヶ月経ち、日本人の引揚が話題になり始めた頃だったと思う。「台湾に留まって台湾人
になろう」と父が家族の者に提案した。夕食後、父は家族全員を前にして次のように語った。「今
更日本に帰っても仕方がない。こちらに残って台湾人になろう。名前も中国風に変えることにした
い。」と言った。台湾で生涯を終わるつもりでいた父は、敗戦後も台湾に残りたかったのだろう。
台湾人の知人の中には、「一緒に仕事をしましょう」と言う人もいたらしい。

 しかし、結局、この話しは立ち消えになり、翌年の三月故国に引揚げることになったが、あの時
父が口にしたわが家の家族の中国名は、今でもはっきりと私の記憶に残っている。父の名は故郷大
分県の名勝─耶馬渓からとった「馬渓」だった。「引き揚げ」の話は、1946年(昭和21年)の年が
明けた頃から次第に具体化していった。

 終戦の頃、台湾には、軍人を別にして30万余の日本人がいたらしいが、日本本土の混乱と食料
難、台湾での生活に馴染んでいたこと、敗戦国民だったとはいえ、台湾人からの報復がほとんどな
かったことなどから、一時は約20万人が台湾に留まることを希望したと言われる。この事実はそれ
だけ台湾が、「戦後も居心地のいい場所だった」ことを物語っている。当時に台湾において、父が
したような台湾残留の意思表明は、我が家だけに限られた特殊な現象ではなかったと言えるであろ
う。もっとも、進んで「台湾人になろう」とまで思った人が、他にいたかどうかについては、定か
ではないが。

 しかし、台湾を接収した国民党政権が。大量の日本人の残留(少数の徴用者とその家族を除い
て)を許さなかったのと、インフレをはじめとする社会的な混乱が生じたことにより、1946年3月
までには、全員が帰国を希望したようである。その頃、父は愚痴をこぼしたり、悲観的な言葉を口
にしたりはしなかったが、新任の中国人の分(支)局長にポストを明け渡し、手持ち無沙汰だった
父が胸中に抱いていたさびしい思いは、私にもわかるような気がする。

 新しい政府の評判はあまりよくなかった。台湾人の国籍は中華民国となったが、台湾人は「本省
人」と称され、中国から新たに渡ってきた中国人は「外省人」と呼ばれ、区別されていた。われわ
れが帰国する頃この両者の間には反目がすでに生じていた。新政府のことを台湾の人達は「ブタ政
府」と呼び始めていた。われわれが台湾を去った後、本省人(台湾人)は、「イヌ去って、ブタ来
たる」と言ったらしい。イヌとは日本人をさしていた。イヌは番犬として多少役に立ったが、ブタ
(外省人)は台湾の財産を食い散らかして、肥え太るだけだったらしい。もっとも時間的な前後関
係からすれば、「ブタ来たりして、イヌ去る」だったと思う。

 われわれは3月下旬に引き揚げ船に乗って、かつての内台航路の基点─基隆を離れた。デッキは
追われて島を去る人々で満たされていた。おそらく多くの人達がこの島に骨を埋める覚悟だったの
であろう。デッキに立って遠ざかる島影を見つめる大人達の顔には惜別の念が浮かんでいた。船脚
が速まるにつれて、私の胸中に次第に別離の思いがこみ上げてきた。「再見(さようなら)」水平
線の彼方にかすんで見える故郷の島に向って、私は心の中で叫んでいた。

 4年前訪台した際、私はこの港町を再び訪れた。あれから半世紀余の時が流れていた。私は港を
見下ろす丘の上に立って、記憶にかすかに残る風景をカメラに収めながら、しばし懐旧の情に浸っ
た。「(1年に)366日雨が降る」と言われたくらい雨の多い町─基隆らしく、その日も煙るような
小糠雨に濡れていた。


【日本李登輝友の会:取扱い本・DVDなど】 内容紹介 ⇒ http://www.ritouki.jp/

*ご案内の詳細は本会ホームページをご覧ください。

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*岩波ホールでの一般券(当日券)は一般が1,800円、シニア・学生は1,500円です。

*ローソンチケット等でも1,500円で鑑賞券の取り扱いがございますが、岩波ホールのみ鑑賞可能
 な単館券になり、12月9日(金)までの販売です。

*岩波ホールは、障害者の方は1,400円、小・中・高校生は1,200円、上映最終回(月〜金19:00/
 土日祝18:30 )に限に限り大学・大学院・専門学校生の方も1,200円です。

*チケットは、理由の如何を問わず、取替、変更、キャンセルはお受けできませんのでご了承のほ
 どお願いします。

● 映画「湾生回家」劇場情報【2016年11月19日現在】 http://www.wansei.com/theater/

・東 京:11月12日〜 岩波ホール(03-3262-5252)
・福 井:11月22日〜 メトロ劇場(0776-22-1772)
・大 阪:11月26日〜 シネ・リーブル梅田(06-6440-5930)
・奈 良:11月26日〜 ユナイテッド・シネマ橿原(0744-26-2501)
・徳 島:11月26日〜 ufotable CINEMA(088-678-9113)
・福 岡:12月10日〜 KBCシネマ(092-751-4268)
・青 森:12月10日〜 シネマ・ディクト (017-722-2068)
・京 都:12月17日〜 京都シネマ(075-353-4723)
・宮 城:12月24日〜 フォーラム仙台(022-728-7866)
・愛 知:12月25日〜 名古屋シネマテーク(052-733-3959)
・鹿児島:01月14日〜 ガーデンズシネマ(099-222-8746)

*近日公開予定館
 静岡:静岡シネ・ギャラリー、CINEMA e_ra、新潟:新潟シネ・ウインド、兵庫:元町映画館、
 岡山:シネマ・クレール丸の内、広島:サロンシネマ、沖縄:桜坂劇場

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