ジョン・ボルトン氏は昨年1月、ウォールストリート・ジャーナル紙への寄稿で、在沖縄米軍の台湾への一部移転を提案し、東アジアにおける米軍の軍事力強化を求め、台湾との軍事協力の深化は重要なステップだと表明している。また、日本の国連常任理事国入りと台湾の国連加盟を支持している。
ウォールストリート・ジャーナル紙へ寄稿した当時、トランプ大統領はボルトン氏を国務副長官への起用するのではないかと目されていたが、政権発足後1年3ヵ月、北朝鮮のミサイル問題を処理すべきこの時期、北朝鮮は「非核化が絶対の条件」と発言してきたジョン・ボルトン氏の起用は何を意味しているのか。
宮崎正弘氏がその起用の背景を解析し、トランプ大統領の企図を解説している。下記にご紹介したい。
6月12日、米国在台湾協会(AIT:American Institute in Taiwan)台北事務所の新庁舎が内湖にオープンする。この開所式にジョン・ボルトン大統領補佐官の姿があるかもしれない。
—————————————————————————————–ジョン・ボルトン新大統領補佐官は「タカ派のなかのタカ派」この人事は米国の「対中貿易戦争」への宣戦布告に等しいのか【宮崎正弘の国際ニュース・早読み:平成30年(2018年)3月25日】
トランプ大統領は、マクマスター安全保障担当補佐官を更迭し、新しくジョン・ボルトン元国連大使(その前は国務次官)を指名した。この大統領安全保障担当補佐官というポストは、議会承認が不要なため、これで確定である。
かつてボルトンはイランの核武装疑惑に立ち向かい、とりわけロシアと交渉して、国連での制裁決議の裏工作をなした。そのとき、ボルトンがロシアの国連大使に言ったことは「イランの核武装という悪夢は、アメリカへの脅威というより(距離的にも近い)ロシアへの脅威のほうが強いのですよ」。
その後、イランのナタンズにあった核施設はコンピュータウィルスをイスラエルの防諜機関が仕掛け、開発を数年遅らせた。
ボルトンの持論は北朝鮮の絶対的な非核化である。「平壌が応じないのであれば、先制攻撃をなすべきだ」とトランプに進言してきた。
日本にとって、これほど強い味方があろうか。
ジョン・ボルトンは中国を明確に敵視する論客であり、グローバリストの巣窟である国務省や、NYタイムズなどリベラルなメディアからは嫌われてきた。
なぜならボルトンは自由・法治を信奉し、祖国の国益を優先させ、自由世界を守るためには台湾を防衛せよと主張し、ウォール街のように国益よりも自分の利益のためなら、自由世界の一員であろうとも、台湾など切り捨てても構わないというグローバリズムと激しく敵対してきたからである。
ところが日本のメディアは米国のリベラル新聞が敵視するボルトンを鸚鵡返しに「危険人物だ」と酷評しているのだから、始末に負えない。
ジョン・ボルトンは中国の軍事的脅威をつねに警告してきた米国の保守陣営を代表する論客でもある。それほどボルトンは北京から畏怖され、恐れられているようで、同時にボルトンは北朝鮮に対して「非核化が絶対の条件」と発言してきた。
また在沖縄海兵隊を「台湾へ移転」を唱えた。元国連大使として辣腕を振るったボルトンは、アメリカの言論界でも「タカ派のなかのタカ派」と言われた。
おりしもトランプは中国に対して鉄鋼、アルミに高関税を課したばかりか、ほかの1500品目を対象として、総額600億ドル相当の高関税を付与し、中国が「収奪」した不当な利益を回収するとした。
中国へのスーパー301条適用に対して、中国の猛反発は凄まじく、報復として30億ドルの米国からの輸入品に高関税を課すとして息巻いている。ところが対象は農作物、ワインなど。
こういう報復、あるいは中国の経済発展を効果的合法的に食い止める手段は、嘗て日本のハイテク産業を弱体化させた「スーバー301条」の適用であり、それを進言した対中タカ派のなかにジョン・ボルトンも加わっているようである。
ボルトンの噂がワシントンに流れ始めたとき、中国は対米特使として劉鶴を派遣していたが、冷遇された。劉鶴は習近平に尊重されるエコノミストで、國際金融に明るく、昨年度から政治局員のメンバーとなり、全人代で副首相兼任になった。
◆トランプが考えたのは超弩級の発想の転換だ
じつはトランプは最初からボルトンを国務長官に宛てようとしていたフシが濃厚なのである。
初代安全保障担当大統領補佐官はフリンになったが、その組閣中にもボルトンはトランプタワーに出入りし、またティラーソン国務長官の解任の噂が流れていた過去数ヶ月間にも、ホワイトハウスに頻繁に出入りしてきた。
しかし国務長官はハト派の多い議会承認が必要なポストであるため、共和党内のバランスを顧慮し、大統領選挙を戦ったミット・ロムニーなどに政治劇演出を兼ねた打診を行うというジェスチャーにトランプは興じた。
そのあとに、キッシンジャーを呼んで懇談し、ロシアとの交渉術に長けたティラーソンを国務長官に指名した。その時点での最大の理由は、ロシアとの宥和、雪解け。最終目的は中国を封じ込めるための「逆ニクソン・ショック」を狙っていたからである。
つまりロシアを陣営内に取り込み、中国を孤立化させる梃子にプーチンを利用する。そのためにはプーチンと個人的にも親しいティラーソンが適役というわけだった。
奇想天外と思うなかれ、過去の歴史は予想外の同盟がいくども組まれてきたではないか。日英同盟、日独伊三国同盟、日英同盟の破綻。独ソ不可侵条約、日ソ不可侵条約……。
◆次なる外交目標はプーチンとの蜜月演出ではないか
トランプは選挙中からプーチンへ秋波を送り続け、政権発足当時も、ロシアとの関係改善におおいなる熱意と意欲を示した。
この外交方針の転換を不快とする国務省、共和党主流派、そしてメディアが、一斉にトランプの「ロシアゲート」なる架空の物語をでっち上げ、トランプとプーチンの間を裂いた。しばし米露関係は冷却期間が必要となった。
つまり、トランプが企図しているのは「オバマ前政権の政治全否定」である。
北への「戦略的忍耐」が金正恩をつけあがらせた。貿易交渉、WTO、TPPなどは、アメリカの工業力を一段と弱体化させるではないか。
中国へ「エンゲージメント」(関与)で積極的に近付いたのはブッシュ・シニア時代からで、クリントン政権は中国の大甘だった。
つぎのブッシュ・ジュニアはせっかくの中国封じ込めを対テロ戦争のために、逆戻りさせ、「戦略的パートナー」に格上げした。
オバマはニコニコと中国にやさしい顔をしていたら、南シナ海の七つの島嶼が中国軍に乗っ取られていた。後期にようやく「アジアピボット」を口先で言ったが、とき既に遅かった。
そこでトランプは考え出したのは、超弩級の発想の転換だった。
北朝鮮を、中国封じ込めの先兵に利用できないだろうか。習近平と金正恩の仲は最悪、平壌が豪語する「全米を射程に入れた核ミサイル」とは、「全中国をカバーできる」という逆の意味がある。
トランプの対中敵視政策は本物である。
その第一弾が米中貿易戦争、つぎは人民元の為替操作非難ではないだろうか。そして中国の次なる報復手段は保有する米国国債の売却、ウォール街へのパニック・ミサイル発射をほのめかすことになるのではないか?