テ大統領と首脳会談等を行った。
安倍総理は会談後の夕食会の冒頭「本当に有意義な会話をすることができました。中身について
は申し上げることができません」「日本とフィリピンの関係は、深くて温かい家族や兄弟のような
関係であり、ドゥテルテ大統領と両国で未来を大きく花開かせたいと思います」と述べ、単なる
リップサービスではなく、首脳会談がうまくいったことをにおわせた。
ドゥテルテ大統領も「日本は真の友人で、しかも兄弟よりももっと近しい関係にある」と挨拶し
たという。
伝えられるところによれば、この首脳会談でドゥテルテ大統領は「南シナ海問題について『法の
支配に基づいて平和裏に解決したい』と強調。その上で、中国の南シナ海での主権主張を否定した
7月の仲裁裁判所判決を踏まえ、「(判決の)範囲外の立場を取ることはできない」と述べた。
『常に日本の側に立つつもりだ』とも語り、平和的な解決に向けて日本と連携していく方針を示し
た」(読売新聞)という。
また、「中国に関して『プレーヤーではないにもかかわらず、いろいろなノイズを出したりして
いる』とも言及した」(産経新聞)と伝えられている。
フィリピンは中国とは南シナ海をめぐって対立する関係にもかかわらず、ドゥテルテ大統領は10
月20日に行った訪中演説で「軍事的にも経済的にもアメリカと決別する」と述べ、習近平主席との
首脳会談では南シナ海問題を棚上げし「今後長い間、中国が頼りだ」と述べたとも伝えられてい
る。
南シナ海問題は、日本やアメリカ、台湾、沿岸国のフィリピン、ベトナムが覇権的に浸出してい
る中国と対立関係にある。日本は無関心ではいられない。いったいドゥテルテ大統領の本心はどち
らにあるのか。外交辞令なのか。安倍総理との会談前に書かれたものだが、日本経済新聞の中沢克
二・編集委員兼論説委員が興味深い分析をしている。いささか長いが下記に紹介したい。
ドゥテルテ大統領「変心」に気をもむ習主席 中沢 克二(編集委員兼論説委員)
【日本経済新聞:2016年10月26日】
フィリピン大統領、ドゥテルテは東南アジア諸国連合(ASEAN)域外では初の外遊の地とし
て中国を選んだ。しかも5年ぶりの公式訪問だった。北京で「米国との経済、軍事上の決別」まで
宣言させただけに、国家主席の習近平は勝ち誇っている。と思いきや、少し雲行きが怪しくなって
きた。
■「中国はふられた。だまされたのだ」
「ドゥテルテは、中国からカネをせしめてフィリピンに帰国するや、すぐに顔を変えた」
今、中国のインターネット上で、こうした議論が沸騰している。“顔を変える”とは、京劇の幕
間や酒席で演じられる伝統芸で、一瞬にして別人の顔に変わる「変面」を指す。本来は、中国のお
家芸だが、今回はドゥテルテが演じた。いわゆる変心である。
直接的なコメントは「中国はふられた。だまされたのだ」。気の利いた書き込みには「借金のた
めの(米国との)偽装離婚だ。中国では良く目にする」というものもあった。なかでも過激な内容
は、中国のネット監視当局により削除されていた。
ドゥテルテの“放言”には当然、米政府やフィリピン国内から批判が沸き起こった。すると彼は
発言をいとも簡単に修正した。「本当に言いたかったのは、米国に従属する外交政策からの決別
だった」「(米国との関係は)まったく何も変わらない」。悪びれない釈明である。
今度は、中国のネット市民らが反応した。米大統領候補、トランプばりの大口と、発言の変化で
ある。極めてよく似ている。批判は覚悟で、ズバリ本音を口にする。うまくいかなければ、言い直
すまでだ。
麻薬犯罪に手を染めた人を、有無を言わさず殺害している――。国際社会から批判を受けても、
支持率の高さをバックに馬耳東風の様相である。中国は、彼の肝煎りの政策である麻薬撲滅に関連
して多額の支援を申し出ている。
■習主席の皮算用、ドゥテルテの算盤
では、習は今回、どのぐらいの援助をフィリピンに申し出たのか。フィリピンの閣僚が明かして
いる。訪中に同行した貿易産業相のロペスが、インフラ建設などの経済協力で中国側と合意した契
約は総額240億ドル(約2兆5000億円)に達する、と語った。
しかし、中国側は公式にこの内容を発表していない。ちなみに中国は、すでにインドネシアやマ
レーシアにもこれを上回る援助、貸し付け、契約を提供している。しかし、リップサービスの段階
にすぎないフィリピンに240億ドルというのは大盤振る舞いがすぎる。
7月の国際仲裁裁判所で中国がフィリピンに「全面敗訴」して以降、あれだけこだわってきた南
シナ海問題。習・ドゥテルテの会談と共同声明では、それを少しだけ脇に置いただけにすぎない。
今後も効果が曖昧なら批判が習や中国外務省に向かうのは避けられないだろう。
対フィリピン援助が不透明な実態には「景気減速で不満を持つ一般中国人の反発を恐れて、真の
数字を明かしていないのでは……」との見方もある。いずれにせよ、習の皮算用の成否は、この段
階では分からない。
中国の公式メディアもネット上で流布される“詐欺論”をかなり気にしていた。共産党機関紙、
人民日報傘下の国際情報紙、環球時報も論評でこの問題を取り上げた。まず、中国のネット上で話
題が沸騰した“ブラックジョーク”を紹介している。
中国側がドゥテルテに要求した。「『南シナ海は中国のものだ』(中国語で漢字6文字)と言い
なさい」と。そして、こう付け加えた。「1つの漢字は1億(ドルの対フィリピン援助)に相当しま
すからね」。するとドゥテルテが答えた。「それなら、こう言っても良いでしょうか? 南シナ海
は中華人民共和国のものです、と」(漢字16文字)
もともとの6億ドル援助が、中国を中華人民共和国に言い換えるドゥテルテの機転、言い回し一
つで16億ドルに跳ね上がった、という小話だ。つまり、中国が弄ばれている危機意識をあおってい
る。実際は、契約総額240億ドルだったのだが。
そのうえで、論評はこうした“詐欺論”について国際政治の実情を理解していないと断じた。さ
らに「彼は、巧言令色、朝令暮改ではない」とドゥテルテを擁護している。習の側に立ち、習のメ
ンツを守るのに必死な解説だ。
■内政で頭がいっぱいな習主席
中国・北京では10月24日、2017年の共産党大会に備えた党中央委員会第6回全体会議(6中全会)
が始まった。まさに習は正念場に立たされている。内政で頭がいっぱいなのだ。
もしドゥテルテが、あえてこの中国政治の間隙を突いたとすれば、身体の小さなフィリピン側が
優位にゲームを進めていることになる。
習の目の前でガムをかむような仕草(しぐさ)までしたというドゥテルテは一見、粗暴で傍若無
人に見える。だが、大口の裏では一定の算盤(ソロバン)をはじいている。
日本にとっても対フィリピン外交は安全保障上、極めて重要だ。ドゥテルテは同25日、来日し
た。彼は、たび重なる日本側の要請をふって、先に中国を公式訪問。その発言で物議を醸した。そ
して中国から帰国後、わずか3日おいて日本にやってきた。
ドゥテルテは、長く務めたミンダナオ島のダバオ市長の時代から、国際協力機構(JICA)を
通じた日本の対フィリピン援助・協力の実態を良く知っている。この交渉術にたけた人物と、首相
の安倍晋三が今後どう渡り合っていくのか、見ものだ。(敬称略)
◇ ◇ ◇
中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本
大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論
説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。