国家主席の会談について、台湾の選挙や政治問題についての分析では定評のある小笠原欣幸(おが
さわら・よしゆき)東京外語大学准教授は昨日、産経新聞に「習近平氏は民進党と向き合え」とい
う一文を寄稿している。
その中で、会談のポイントの一つだった「92年コンセンサス」に関し、馬英九氏は冒頭で「92年
コンセンサス」の「各自表明」(各表)について触れなかったことを明らかにしている。だから
「馬氏はその後の非公開の会談の中で『各表』を語ったが、後の祭りである」とも指摘し、やは
り、専門家の分析でも馬氏が習氏にしてやられたことは明らかのようだ。
小笠原准教授はまた、習氏に対して「台湾のもう一つの民意を代表する民主進歩党の蔡英文主席
と条件をつけずに会談すべきだ」と提案している。蔡英文・習近平会談は、今後の東アジアの安定
にとって、とても重要なポイントだろう。
台湾の報道によれば、蔡英文氏は11月19日、台湾のテレビ番組の単独インタビューの中で「国民
が支持するなら、中国大陸の指導者、習近平氏と会見する可能性があると示唆した」と報じられて
いる。すでに蔡英文氏の中ではその構えができていると見てよい。
蔡英文氏が総統に当選した場合、安倍晋三総理との会談も重要だ。これまでの桎梏を乗り越え、
ぜひ実現してもらいたい日台首脳会談だ。
本誌ではすでに、馬習会談は総統選や立法委員選に影響を与えるためのものではなく、中国の統
一について、馬氏が中国側に確認するためであり、だから台湾の人々に「負の遺産」を押しつけた
のではないかと指摘しているが、小笠原准教授は、会談の目的そのものには触れていないものの
「会談の目的は台湾の選挙に影響を与えるためとの解釈が多かったが、影響は限定的」だったと分
析している。
来年1月16日に投開票の総統選と立法委員選のW選挙は、東アジアの動向を左右する大事な選挙
となる。台湾の民意がどのように反映されるのか、目が離せない。
【中台首脳会談】
習近平氏は民進党と向き合え 中台に実力差、習氏は巧みに「成功」演出
小笠原欣幸・東京外国語大准教授が寄稿
【産経新聞:2015年11月20日】
中台首脳会談から日数がたち、経緯が明らかになってきた。馬英九総統の事前の演説原稿には
「92年コンセンサス」の部分で「一つの中国」の中身についてそれぞれが述べ合うという「各表」
の文字が入っていた。
しかし、先に発言をした習近平国家主席が台湾を刺激する発言を避けたことから、馬氏はその場
の判断で中国側が嫌う「各表」を言わず、中国側と同じ解釈だけを述べた。その結果、取材カメラ
が入った会談冒頭での両者の発言を基に「中台は一つの中国を確認した」と世界で報じられた。
国際的には「一つの中国」は中国の主張を意味し、台湾に「中華民国」が存在するという「各
表」はないがしろにされやすい。馬氏はその後の非公開の会談の中で「各表」を語ったが、後の祭
りである。
会談開催のニュースを聞いた日本の台湾専門家の多くが直感的に危惧の念を抱いたはずだ。権力
基盤が固まった習氏と、与党・中国国民党が空前の危機に陥り間もなく任期を終える馬氏との駆け
引きでは台湾に不利になるという見方からだ。結果は自分の一存で馬氏に恩を売り台湾の主張を埋
没させ、にこやかに「成功」を演出した習氏が非常に巧みだったといえる。
ただし、これは同時に中台の実力差の問題でもある。昨年中国の漁船100隻が金門島沖に3日間居
座って漁をしても、台湾の海岸巡防署(海上保安庁に相当)は手出しできなかった。台湾の空域を
かすめていく中国軍機の動きにも神経をすり減らしている。対岸の圧力が日常的にのしかかる台湾
の総統が中国の指導者と渡り合うのは並大抵のことではない。台湾の苦悩は大きい。
中台関係は、国共内戦の延長戦の段階から、統一を迫る中国と価値観が多様化する台湾社会が向
き合う段階へと移り変わり、中国共産党と国民党が「一つの中国」を確認したかどうかで中台関係
が決まるという段階は過ぎようとしている。
今回の会談は確かに「歴史的」ではあるが、過去のプロセスの集大成であり、「冷戦後の東アジ
アに新たな歴史が刻まれた」と評するのは過大評価である。
では、どうすればよいのか。中国は国民党だけを相手にしてきたが、それでは台湾の民意の半分
は中国への不信感を高めるばかりだ。自分の言うことを聞かなければ「地面が動き山が揺れる」と
脅しをかけるのではなく、台湾のもう一つの民意を代表する民主進歩党の蔡英文主席と条件をつけ
ずに会談すべきだ。中台の和解は習氏が蔡氏と会談してこそ動き始める。
会談の目的は台湾の選挙に影響を与えるためとの解釈が多かったが、影響は限定的である。筆者
は会談前後の数日間、立法委員(国会議員)選の与野党激戦区を回っていたが、人々は冷静で、中
台の対話自体は歓迎しているが会談への関心は比較的薄かった。どの選挙区でも最大の関心は生活
関連イシューである。しかし、台湾のあり方を気にしないわけはない。
国際メディアの注目とは対照的に台湾の民衆が比較的冷静なのは、会談では何の協定も結ばない
ことが分かっていたことと、会談が「台湾にとってよかった・まずかった」と思えば投票で意思を
示せばよいという民主主義の観念が定着していることによる。
来年1月の選挙で台湾の民意がどのように示されるのか、その結果を待ちたい。