東山彰良(ひがしやま・あきら 本名:王震緒)氏がアイデンティティの問題を取り扱った作品
『流』で直木賞を受賞した。芥川賞は又吉直樹氏と羽田圭介氏の2人。
報道によれば、東山氏は1968年、台北生まれ。5歳の時に両親と日本に渡り、父親の仕事の関係
で台湾と日本を往復する生活の後、9歳の時から日本に移り住んだという。
台湾出身の作家で直木賞を受賞したのは、1955年の邱永漢氏(受賞作『香港』)、1968年の陳舜
臣(受賞作『青玉獅子香炉』)に続いて3人目だという。台湾文化センターの朱文清部長も早速、
祝電を打ったそうだ。心から祝意を表し、ますますの活躍を期待したい。
東山氏は昨夜の会見で「台湾は僕の国なんですけども、いずれこの本が中国語に翻訳されること
があって、台湾の読者にも届くことがあれば、これにまさる喜びはない」などと一問一答で話して
いることを、産経新聞が詳しく報じている。
【直木賞・東山さん会見】「芥川賞に注目していただくついでに直木賞も」
【産経新聞:2015年6月16日】
《『流』(講談社)で、初ノミネートにして直木賞を射止めた東山彰良さん。
サーモンピンクのTシャツ&デニムパンツというラフなスタイル。晴れやかな表情で、帝国ホテ
ル(東京都千代田区)の会見に臨んだ》
−−最初にひとこと
「このたび直木賞を受賞することができまして、本当にうれしく思っています」
−−東山さんにとって初めて本格的に家族を書くことに向きあった作品。家族を書く決断をした
理由は
「デビューした当初から祖父の物語を書こうと思っていたんですが、自分にその力があるかどう
かわからなかった。今回の小説は実は父親をモデルにしたもので、楽しく書くことができました。
こういう形に結実してうれしく思っています。僕自身は台湾で生まれ、日本で育った。そういう者
にとってアイデンティティーの問題は常につきまとう。例えば小さいときは台湾と日本を行ったり
来たりしていたんですけども、どちらに行ってもちょっとお客さん感覚があって、この社会がなか
なか受け入れられないところがあった。その僕にとって家族は確固たるアイデンティティーが持て
る場所。後付けになりますが、そんな思いでこの小説を書いたのではないかと、今は思っていま
す」
−−今回は派手な受賞会見になりました
「よかったと思います。皆さんが芥川賞に注目していただくついでに直木賞も注目していただけ
れば、僕としては丸もうけだと」
《会場が笑いに包まれる》
−−台湾の中央通信社です。いま台湾のみなさんはすごくうれしいです。台湾の人たちにひとこ
と
「台湾は僕の国なんですけども、いずれこの本が中国語に翻訳されることがあって、台湾の読者
にも届くことがあれば、これにまさる喜びはないと思っています。そろそろ台湾の食べ物が恋しく
なっているので、近々帰りたいなと思ってます」
−−選考委員の北方謙三さんは「これから書く作品について全く心配していない」とおっしゃっ
ていた。これからはどう書いていくか
「北方さんが言ってくださってすごく心強いですが、僕は心配だらけです。僕の記憶というか、
家族の物語をフィクションにしてしまうことで、このような大それた賞をいただくことになり、次
も同じように家族の物語であったり、青春小説を期待されるかもしれない。もしかすると自分の可
能性を狭めてしまうかもしれない。次は原点に戻って、自分で楽しいと思えるもの、ゼロから生み
出せるもの、フィクションの色合いの強いものをどんどん書いていきたい」
−−「あらゆる方向に可能性を持っている」「20年に一度の傑作だ」と北方さんは言っていた
「うれしいですね」
−−「台湾は僕の国」とおっしゃっていたが、では日本は?
「台湾は間違いなく、法律上、手続き上の問題で僕の国。僕は5歳から日本で暮らして、途中、
行ったり来たりがあったんですけども、母国語は日本語だと思っています。日本語で小説を書くこ
とはできても、中国語で小説を書くことは不可能。日本という国に愛着をもって、これからもずっ
とここで暮らしていきたい」
−−台湾が舞台で、ほとんど日本も日本人も登場しない小説だが、広く読まれていることについ
てどう考えるか
「これは僕自身、驚いているところでもあります。たくさんの日本の方から、台湾が舞台なの
に、読んでいてノスタルジーを感じると言っていただけることがありました。人間が持つ過去を懐
かしむ感情、ノスタルジーを感じる感情は、わりと普遍的なものじゃないかと感じています。僕自
身、アメリカや南米の小説を読んで、行ったことがないのにノスタルジーを感じることがありま
す。僕の書いた作品で日本の読者がノスタルジーを感じていただけるのであれば、本当にうれしい
ことですし、ほんの少しでも自分が表現したかったものに近づけたのではないかと思います」
−−ご自身で中国語に翻訳して出版される可能性は?
「そこまで中国語の能力がないので、僕の手にあまることだと思っています。それはないです」
−−初候補での受賞について
「候補になったこと自体、すごくびっくりしてますし奇跡のようなことだと思っています。小説
を書く際にきちんとプロットをたてて書くタイプではなく、いくつかの場面が頭の中にひらめい
て、直感でつなぐという書き方をしている。何も考えずにつくった料理を、皆においしいおいしい
と言われているような感じ。もう一度同じ料理をつくろうと思っても覚えていない。候補に挙げて
もらったことは幸運なことだし、さらに賞まで獲れたというのは喜ばしいことだと思っています」
−−直木賞についての印象は
「日本のエンターテインメント系小説の中の、最高峰の賞。今もそのように思っています」
−−おじいさんの小説を書きたいということですが、今回の賞でその道筋は見えてきましたか
「連続して家族を書くつもりは全くなかったんですが、候補になった後にインタビューを受けた
り、この作品について繰り返し話をするうちに、はからずも漠然と『こういう形にしたらいいん
じゃないか』というアイデアが浮かびまして。自分が思うよりも早く取りかかることができるん
じゃないか、とワクワクしているところです」
−−反戦小説というか、戦争についての小説になっているが
「戦争について語るのは、僕にはその能力はない。僕の知っている台湾は1960年代後半から70年
代。今振り返ると、戦争の影が非常に感じられる。当時の台湾を表現するのに避けて通れない。こ
の小説を通して戦争とは何か、こうあるべきだというメッセージはもってません。それよりも青春
小説として読んでいただけるのが一番良いのではないか」
−−最後に
「小説は、作者がどう読んでほしいかというのは全く重要ではなくて、読み手が自分の人生の方
にちょっとずらして、自分のこととして読めるのが、一番幸せな小説だと思います。台湾を舞台に
しているんですけども、もし皆さんが自分のこととしてちょっとずらして読めるのであれば、この
小説が誕生にしたかいがあったと思っております。もしよかったら読んでみてください」