今朝の産経新聞は第1面のトップ記事で「『中台統一』加速はない」と題し、李登輝
前総統へインタビューしたことを報じている。
李前総統が「『中国共産党は馬英九氏を支持してはいない』と述べ、中台関係が『両
岸統一』や『共同市場』に向け、一気に進む懸念はないとの見方を示した。また国民党
政権と馬氏に対し、『一党支配をもって民主化を進めるべきだ』として、行政や立法で
一手に握ることになった権力を『民主化』に集中させるよう求めた」と述べたという。
一方、「正論」欄では、本会副会長でもある岡崎久彦・元駐タイ大使が、馬英九氏の
勝利は「台湾の有権者は国民党の勝利が中台統一の可能性に結びつくとは全く考えてい
なかった」ことの証明であり、「台湾の将来について一種の楽観的な見通しを持たせる
ものかもしれない」と述べ、李前総統と同じ観方を示している。
また、台湾独立を危険視するのは「幻想」だとした上、「台湾はすでに国際法上独立
主権国家として認められる実体を有している、欠けているのは国際的承認だけである。
より端的に言えば米国と日本による承認である」と、非常に大切なポイントを指摘して
いる。
日本と米国の「台湾承認」、すなわち台湾との国交正常化を真剣に考えなければなら
ないスタートラインが、今ようやく見えてきた。
李前総統へのインタビューは次号で紹介したい。 (編集部)
【3月26日 産経新聞「正論」】
シリーズ「総統選」以後−「台湾人民の勝利」の意味は
元駐タイ大使 岡崎 久彦
民主政治で一つの政党が永く政権を持てば、スキャンダルも発生して民心は倦(う)
む。しかし、台湾の総統選挙の結果はそれが予想させる以上の国民党の大勝であった。
しかし、そのことは、かえって−負け惜しみでも何でもなく−台湾の将来について一
種の楽観的な見通しを持たせるものかもしれない、と思うに至っている。
つまり、台湾の有権者は国民党の勝利が中台統一の可能性に結びつくとは全く考えて
いなかったということである。そうでなければチベット事件の最中に統一の可能性のあ
る選択をするはずがない。
むしろ、当選した馬英九候補は初めから統一を支持しないと言っていたし、オリンピ
ック・ボイコットさえ示唆した。また選挙戦を通じて、国民、民進両党候補はそれぞれ
がいかに台湾人意識を持つかを競い合ったと言う。
従来私は台湾の自由と民主主義の将来について危惧(きぐ)を持っていた。民主主義
は、与党と野党が民主制度の維持について、共通のヴィジョンを持っていなければ成立
しない。
ナチスのような独断的な国家観を持つ政党を民主選挙で選ぶということは、民主的方
法で民主主義の終わりを選ぶということである。
台湾の場合も、一国二制度を受容するような政権を選ぶということは自由と民主主義
の終わりを意味する。
香港では10年経っても普通選挙が行われていないが、実は、そんなことは末梢(まっ
しょう)的である。問題は香港の自由があと40年しか残っていないということだ。50年
を100年にしても同じことである。自らの子孫の自由を放棄すると約束することである。
■国民党でも安心?
私はそれを憂慮した。中国の胡錦濤が提案し馬英九候補がこれに応じた和平協定交渉
による平和的方法による場合でも、あるいは軍事的脅迫により屈服を迫る場合でも、総
統が国民党である場合は、一国二制度に近いものを受け容(い)れる可能性が高いと考
えたからである。
そして、その可能性がゼロになるまでは民進党が政権を持つ方が安全と考えたのであ
る。そうなれば民主的な政権の交代が行われても台湾の将来に心配がないからである。
今度の選挙の結果は、ひょっとすると、あるいは台湾はもうそういう段階に達してい
るのかもしれないという希望を持たせてくれた。
もちろんまだ手放しの楽観は許されない。国民党が立法院の4分の3と総統の両方を
持っているという状況は二度と訪れないかもしれない。中国がそのチャンスを生かそう
とするのは自然であろう。
私は、今度の選挙の結果から中国が誤ったシグナルを受け取らないことを希望する。
馬英九候補が大勝後「これは台湾人民の勝利」だと言ったことの背後にある台湾の民意
を中国は理解すべきである。
■米中の対応に注目
中国が従来、プロパガンダか真意かはともかく、これまで標榜(ひょうぼう)してい
た経済の相互依存を深めることによる自然な統一の政策を採るのならば異存はない。
私は元来政治と経済とは別のものと考えている。ただ、経済依存度の深まりを利用し
て、中国に投資した台湾企業に対する脅迫などの不正な手段を政治的に利用させないよ
う厳に警戒すべきである。
今回の選挙結果から誤ったシグナルを受け取るべきでないことは、アメリカの一部の
中国専門家にも言えることである。これで台湾海峡はしばらく現状維持で心配ない、と
ほっとすることは妥当である。しかし、これで将来統一の方向で台湾問題が解決すると
想定することは、台湾の民意の重大な読み違えを犯す危険があることを指摘しておきた
い。
最後に、将来民主主義の作用によって、振り子が逆に戻ったとき台湾独立が醸し出す
危険については、その危険は幻想であることを指摘しておきたい。台湾はすでに国際法
上独立主権国家として認められる実体を有している、欠けているのは国際的承認だけで
ある。より端的に言えば米国と日本による承認である。
しかし米国政府は従来の米中政府間のコミュニケでがんじがらめになっているし、日
本はこの問題で独立して行動する政治力を持たない。とすれば、台湾が独立を公式に宣
言しても、現状と異なること皆無である。
国民党、というよりも台湾の民意が統一反対に徹している限り、台湾の中には台湾の
将来について安定したコンセンサスが存在することになり、それは、民主主義のルール
の下の政権の交代を可能にさせるものである。 (おかざき ひさひこ)