「対立から協調」の岸田外交への不安  浅野 和生(平成国際大学副学長)

【世界日報「View point」:2023年11月4日】https://vpoint.jp/politics/225923.html

◆所信表明に「インド太平洋」欠く

 第212回臨時国会の開会に当たり、去る10月23日、岸田文雄首相が所信表明演説を行った。首相官邸発表の演説全文は、小見出し込みで8868文字、盛りだくさんの内容だが、大事な二つの言葉が含まれていなかった。

 今回の所信表明演説では、「経済、経済、経済」が注目を集めたが、その陰に隠れて「新しい資本主義」が一度も出てこなかったことは注目されていない。「新しい資本主義」は岸田内閣の看板だったはずである。

 好意的にみれば、これは言葉の置き換えかもしれない。「低物価・低賃金・低成長のコストカット型経済」から「持続的な賃上げや活発な投資がけん引する成長型経済」への変革、そして「供給力の強化」と「国民への還元」を「車の両輪」として総合経済対策を取りまとめ、実行する決意は「新しい資本主義」の中身と言えなくもない。

◆党の政策変える合図か

 しかし「経済、経済、経済」が、1997年5月、18年ぶりの政権交代を実現した「ニュー・レイバー」の旗手、ブレア英首相が所信表明演説で「教育、教育、教育」と連呼した故事に倣ったものだとすると、そこに別の意図を見いださざるを得ない。すなわち、ブレア首相は、サッチャリズム政策から「第三の道」への路線変更、つまり価値観の転換を含む政策変更を示すために「教育、教育、教育」と連呼したのであった。

 そうだとすると、岸田首相の「経済」の連呼は、安倍晋三首相以来の、経済以外の価値観をも重視してきた自民党の政策を変えるシグナルだったことにならないか。2013年以来の日本は、経済において世界をリードする国ではなかったが、安倍首相が自由と民主、法の支配の価値観共有を基礎とする「自由で開かれたインド太平洋(FOIP=Free and Open Indo-Pacific)」の実現を世界に呼び掛け、日米豪印のQUAD首脳会議を定例化させ、アメリカをはじめとする先進7カ国(G7)がFOIPを共有するように働き掛けた。岸田首相が主催した今年5月のG7広島サミットで、首脳コミュニケに「自由で開かれたインド太平洋の重要性を改めて表明する」と明示できたのは、その成果だった。

 あれから5カ月、岸田首相の所信表明演説に「自由で開かれたインド太平洋」は一度も出てこなかった。その代わりに、今回、首相は自ら「岸田外交」という語を用いた。安倍首相は、史上最長の首相在任期間において、施政方針および所信表明で「安倍外交」という語は一度も用いなかった。安倍首相はその代わりに「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」を語り、「自由で開かれたインド太平洋」の実現を求めた。では、「岸田外交」の中身は何か。

 岸田首相は「世界を分断・対立ではなく協調に導く」のが日本の立場だと述べた。では岸田首相に問う、世界を分断・対立させているのは誰か。

 ロシアのプーチン大統領は、ウクライナから危害を加えられずして一方的に武力攻撃を命じ、ウクライナの無辜(むこ)の市民を殺傷して飽くことがない。習近平国家主席指導下の中国は、東シナ海・南シナ海で自国の領土、領海を一方的に拡張しようとし、一秒も支配したことがない台湾を中国の領土に組み込もうとあらゆる圧力をかけ、武力行使を辞さないと公言している。金正恩総書記の北朝鮮は、世界を敵に回しつつ核武装を進め、ミサイル発射に余念がない。

 岸田首相は、これらの国々、そしてその指導者を、どのようにして宗旨変えさせて、世界を協調に導くのだろうか。

◆自由と民主諦める恐れ

 世界の分断・対立を厭(いと)わない相手の意図が変わらないのに、分断・対立を回避して協調する方法は一つしかない。こちらが主張を取り下げて相手に合わせ、相手の要求を呑(の)むことである。自由と民主、法の支配を諦めることである。

 ところで、岸田首相は「経済、経済、経済」と連呼した。そうだとすると日本経済の目標達成のために、経済以外に問題があっても、アステラス製薬の幹部社員に続いて、日本のビジネスマンが「スパイ容疑」で続々と逮捕されても、中国との対立より協調を重視して経済関係促進に動かないだろうか。ロシアの天然資源のために、アメリカをはじめとする同志国と異なる対露経済外交を展開しないか。

 「自由で開かれたインド太平洋」を掲げない「岸田外交」で、日本はどういう世界を創ろうとしているのか、不安を禁じ得ない。

(あさの・かずお)

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


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