中国・王毅外相の南太平洋外交の顛末  福島 香織(ジャーナリスト)

中国・王毅外相の南太平洋外交の顛末  福島 香織(ジャーナリスト)

 本誌では、南太平洋島嶼国家のソロモン諸島が2019年9月16日に台湾と断交し、その後まもなくて中国と国交を結び、今年の4月19日には中国の外務省がソロモン諸島と安全保障協定締結を発表したことなど、中国による太平洋島嶼国家への関わりについて逐一伝えてきた。

 ガダルカナル島に首都を置くソロモン諸島は、オーストラリアと米国を結ぶシーレーンの要衝にある。中国の狙いはその分断にあることは明らかだった。

 そこで、「この問題は日本にとっても見過ごすことはできない。中国が構想する第2列島線の内側に日本は入っており、ソロモン諸島に中国の軍事基地ができ、海軍艦艇の補給拠点を築くことになれば、日本にとっても安全保障上の大きな脅威となるからだ。『自由で開かれたインド太平洋』への深刻なリスクともなる」として、太平洋・島サミットを主催する日本は早急に梃入れする必要があることを指摘してきた。

 外務省は4月下旬に上杉謙太郎・外務大臣政務官をソロモン諸島に派遣し、林芳正外相は5月7日にフィジー共和国、8日にパラオ共和国を訪問した。

 しかし、日米首脳会談が終わるや否や、中国は王毅外相を5月26日から6月4日までの10日間、ソロモン諸島、キリバス、サモア、フィジー、トンガ、バヌアツ、パプアニューギニア、東ティモールの8カ国に派遣した。10日間とは異例の長さだ。

 中国外相の歴訪の目的は、中国が提案した太平洋島嶼国家10ヵ国と安全保障に関わる共同声明と5か年行動計画を結ぶことにあった。しかし、ミクロネシア連邦とサモア独立国から強い懸念が表明されたことで、合意には至らなかった。

 ジャーナリストの福島香織さんが、太平洋島嶼国家にも中国ファクターが及ぶ「最悪の事態」が避けられた顛末について総括的にレポートしている。下記にご紹介したい。

 福島さんは、南太平洋が米中がつばぜり合いを交わすもっとも激しい地域になりつつある現在、日本の役割について「今後、国際社会の安全保障の枠組みの再構築をめぐり米中大国がより激しいつばぜり合いを展開していく中で、アジアでほぼ唯一成熟した民主主義と自由主義経済を発展させた日本が担う役割は、東南アジア、インド太平洋、南太平洋の立場の弱い小国の中国化を防ぎながら、米国らによる地域安全へのコミットメントをうまく調整することではないだろうか」と記す。

 日本は「太平洋・島サミット」とともに、昨年から防衛省が主催する「日・太平洋島嶼国国防大臣会合」(ジェイピッドJPIDD)を開催している。この2つを活用して小国の中国化を防ぎながら、米国らによる地域安全へのコミットメントをうまく調整して欲しいものだ。

—————————————————————————————–ぎりぎりで避けられた最悪の事態、中国と太平洋島嶼国の危うい合意が先送りに中国・王毅外相の南太平洋外交の顛末福島香織(ジャーナリスト)【JBpress:2022年6月2日】https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/70386

 中国の南太平洋外交は、西側国際社会が懸念していた最悪の事態を何とか避けることができた。

 最悪の事態とは、中国と太平洋島嶼国10カ国とが、警務、安全保障、海事、データセキュリティなどを含む包括的な地域協力合意の草案について、5月30日にフィジーの首都スバで行われる中国・太平洋島嶼国外相会議において調印することだった。この地域協力合意の草案は、ロイターなどによって5月25日にスクープとして報じられた。だが、結果的にこの合意の調印はされず棚上げされたのだった。

 こんな合意がなされた日には、南太平洋地域が事実上、中国軍事支配圏に入りかねず、太平洋地域の安全保障枠組みが大きく揺らぐところだった。特に、中国の軍事的脅威にさらされている台湾や日本にとっては、太平洋側から挟み撃ちにされかねない状況になる。

 だが調印の棚上げで一安心、危機は去ったとは到底言えない。南太平洋は今や米中が地政学的につばぜり合いを交わす最も激しい地域になりつつあるのだ。

◆中国の野心が垣間見える協力枠組み

 事の経緯を簡単に説明すると、中国が太平洋島嶼国10カ国と結ぼうとしている地域的な包括的枠組み合意に関する機密文書をロイターが入手し、5月25日にその内容を暴露した。それは、中国政府が国交を結んでいる太平洋島嶼国10カ国(ソロモン諸島、キリバス、サモア、フィジー、トンガ、バヌアツ、パプアニューギニア、クック諸島、ニウエ、ミクロネシア連邦)との間で結ぶ「中国・太平洋島嶼国共同発展ヴィジョン」「中国・太平洋島嶼国共同発展5カ年計画」(2022〜2026)という地域的包括的な協力枠組みの協議草案だった。

 南太平洋地域全体で警務、安全保障、自由貿易、海事、通信・データセキュリティ協力を進めていくという内容で、この枠組みを通じて南太平洋島嶼国の盟友としての支持を勝ち取り、太平洋島嶼国の盟主として米豪に対抗していこうという中国の野心が垣間見えるものだった。

 このスクープのタイミングは、王毅外相率いる20人に及ぶ外交代表団が5月25日からおよそ10日にわたって、ソロモン諸島はじめとする南太平洋島嶼国8カ国を巡る「アイランドホッピング外交」を展開する直前のことだった。この王毅外交のハイライトは、5月30日にフィジーの首都のスバで開催される「中国・太平洋島嶼国外相会議」で、中国はこの会議の場で参加国にこの枠組みに合意させ、高らかに共同コミュニケを発表する心づもりだったようだ。

◆ミクロネシア連邦大統領が草案反対を呼びかける

 中国はすでに共同コミュニケ草案を作成し、5カ年計画草案とともに太平洋島嶼国10カ国に英文稿を送りつけていた。

 ロイターによれば、この草案を見たミクロネシア連邦のパヌエロ大統領は5月20日、オーストラリアのモリソン前首相、ニュージーランドのアーダーン首相、太平洋島嶼国フォーラムのプナ事務局長を含む21人の太平洋地域の指導者に手紙を書き、中国が起草したこの草案に反対するよう呼び掛けたという。

 中国がこの太平洋地域の通信網、海洋と資源をコントロールしようと企んでいると見受けられたからだ。さらにこうした中国の計画は、この地域にオーストラリア、ニュージーランド、日本、米国などとの衝突のリスクをもたらす、とした。「太平洋地域が米中冷戦に巻き込まれる」との懸念を示したのだ。

 中国・太平洋島嶼国外相会議の開催地となったフィジーのバイニマラマ首相はもともと親中派で知られていた。だが、ここにきて「これまでのように、太平洋島嶼国は団結して、新たな地域協議についてあらゆる討論を行い、各国の共通認識(コンセンサス)を首位に置きたい」と、コンセンサス・ファーストを主張、慎重な態度を見せた。

 オーストラリアのアルバニージー新政権のペニー・ウォン外相もすぐにフィジーに飛んで、この合意をさせないように動いた。サモアのフィアメ首相も「検討時間が足りない」「太平洋諸島フォーラムで諮るべきだ」と先送りを主張。ニウエ政府も検討に時間が必要との立場を5月30日に表明した。

 こうして、合意は先送りされた。

◆「やりたい放題できると誤解させてはいけない」

 だが、中国がこれであきらめたわけではない。10カ国のうちの何カ国かは、この合意に積極的な姿勢を見せていたという。

 中国が起草した「共同発展ビジョン」では、中国は10カ国に100万ドル以上の支援を提供し、自由貿易区(FTA)を設立し、南太平洋島嶼国に中国14億人市場を開放しようと持ち掛けている。同時に中国が南太平洋10カ国の現地警察に対して研修を行い、また研究所を建設し、ネットセキュリティに参与し、ハイテク・AIシステムを駆使したスマート税関設置などの支援をするという。同時に中国は周辺海域の詳細な「海洋モニタリング」を行い、自然資源をより多く獲得していこう、という考えらしい。

 さらに太平洋島嶼国においてハイテク改革を推進し、経済発展と国家安全建設を進め、気候変動対策や医療衛生関連の支援を表明している。

 一見すると非常に魅惑的な提案に見える。だがミクロネシア連邦のパヌエロ大統領は、この中国側の提案については慎重に考慮すべきだと訴え、特にFTA建設については、「中国側は不誠実である」としている。

 その「不誠実」とする根拠については詳しく説明されていないが、他の途上国で中国によって引き起こされている「債務の罠」のやり方を見れば、その意味はだいたい想像がつくだろう。ミクロネシアとしては「中国がこの地域でやりたい放題できると誤解させないようにすべきだ」と指摘していた。

 また、この草案の中で安全問題について「伝統・非伝統の安全」という表現があるのだが、この「非伝統安全」というのがくせものだ。一般に「非伝統的安全問題」といえばテロや国内の反政府デモなどを想定しているのだろうが、こうした島嶼国にありがちな部族対立から来る権力闘争や反政府運動まで、中国の警察力が干渉することを許しかねない。

 たとえばソロモン諸島は、中国との間で警務協力や「安全協議」にすでに調印しているが、親中派のソガバレ政権は、こうした中国の「警察力」支援を利用して、国内の反ソガバレ派市民や民主活動家を排除しようとしている気配がある。親中派ソガバレ政権には中国企業と癒着したり中国の黒社会やカジノ利権にからんだりする腐敗疑惑があり、市民からの反対運動が起きている。これを中国式のやり方で、治安を乱す不穏分子として弾圧することになれば、「中国式独裁」が南太平洋島嶼国にも拡大しかねない。

 サモアのフィアメ首相はソロモン諸島と中国の「安全協議」についても、一度「太平洋島嶼フォーラム」で協議すべきではないか、と指摘している。

◆中国が唱える「米中太平洋2分割論」

 さて、この包括的な共同発展ビジョンについての合意は先送りされたわけだが、中国の太平洋地域に対する野望は一層はっきりしてきた。

 米政府系メディアの「ラジオ・フリー・アジア」に米国セント・トーマス国際研究現代語言学部主任の葉耀元が次のような分析コメントを寄せていた。

「中国は太平洋島嶼国との協力を模索しており、それによって米国の第1列島線(沖縄、台湾、フィリピンを結ぶ防衛ライン)の封鎖を突破し、太平洋地域においてより良い戦略的優勢を得ようとしている」

「もし、中国が第1列島線を越える正統な口実を欲するとしたら、必ず第1列島線の外の太平洋島嶼国と軍事協力の案件をつくり、地域の安全計画を通じて、これら島々、海域で軍事演習などを行うだろう」

 中国は21世紀初頭から「米中太平洋2分割論」を唱え、米国をライバル視して、国際社会を太平洋のハワイ、サモアをつなぐ第3列島線あたりで2分割し、その西を中国、東を米国が盟主として支配する国際秩序の再構築をイメージしている。このために、中国は台湾を奪還し、第1列島線を越えて太平洋に進出していく必要があるのだが、台湾有事については台湾自身も、そして日米ともに非常に警戒している。

 ここで盲点となっていたのが、第2列島線(小笠原諸島からグアム、パプア・ニューギニアをつなぐ)の向こうに位置する南太平洋島嶼国だ。

 南太平洋の安全保障はオーストラリアが柱となっているが、オーストラリア自身が長らく中国に対して無警戒で、モリソン政権がはっきりと反中路線に舵を切るまでは、オーストラリア政財界は中国の浸透工作のいいようにされてきた。中国はその間、チャイナマネーと華僑ネットワークを駆使して南太平洋島嶼国の政治経済界にも浸透してきた。パプア・ニューギニアもフィジーもキリバスもソロモン諸島もすでに親中国家として認識されている。中国の軍事基地が建設されるという噂もある。

 これは囲碁で言えば大ゲイマに打ち込まれたようなもので、台湾を挟み撃ちにすることもできれば、オーストラリアと米国の連携を妨害することもできる。日本にとっても他人事ではないだろう。

 今回は包括合意はならなかったが、王毅はキリバスでは、気候変動、経済方面の10項目の協力の備忘録に調印。サモアとも経済、技術、文化などの協力強化合意に調印し、平和や安全保障問題でも議論した。太平洋島嶼フォーラムのプナ事務局長とも会談し、気候変動問題への中国のコミットメントへの歓迎が打ち出された。中国の南太平洋への進出の勢いはむしろ増す傾向だ。

◆日本が担う役割

 太平洋島嶼国が警戒しながらも中国の進出に隙を与えてしまうのは、オーストラリアや米国らアングロサクソン国家特有の「上から目線」に対する反発があるとの見方もある。オーストラリアが南太平洋島嶼国を自分の裏庭といって憚らないような傲慢さへの反発が、アジア人の顔で大金を持ってくる中国に隙を与えてしまうのかもしれない。

 だが、中国が華人以外の民族を蛮族・夷狄と蔑視し、その文化・伝統を蹂躙する国であることは、自国内の少数民族弾圧の現状をみても一目瞭然だ。安全保障協力という家の合鍵を預けるような信頼関係を結ぶに足る国家でなかろう。

 米国的傲慢さと中国的アコギさの間で揺れる小国の気持ちを真に理解できるのは日本ではないかと常々思っている。今後、国際社会の安全保障の枠組みの再構築をめぐり米中大国がより激しいつばぜり合いを展開していく中で、アジアでほぼ唯一成熟した民主主義と自由主義経済を発展させた日本が担う役割は、東南アジア、インド太平洋、南太平洋の立場の弱い小国の中国化を防ぎながら、米国らによる地域安全へのコミットメントをうまく調整することではないだろうか。そういうポジションをとりながら、将来の新たな国際社会の枠組みの中で、日本が唯一無二の世界から頼りがいある国家に転換していく機会を模索していけるのではないだろうか。

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