「台湾のワクチン接種」に、日本が学ぶべきこととは  藤 重太(アジア市場開発代表)

「台湾のワクチン接種」に、日本が学ぶべきこととは  藤 重太(アジア市場開発代表)

【DIAMONDオンライン:2021年5月13日】https://diamond.jp/articles/-/270622

 新型コロナウイルスの封じ込めに成功している台湾は、海外ワクチンの購入については遅れていた。ワクチンの接種が始まったのは、日本より1カ月以上遅い3月22日である。しかし、海外渡航が必要なビジネスマンなどを対象にワクチンの自費接種(上限1万回分)を認めるなど、経済活動にも配慮。さらに台湾は自国産ワクチンの開発にも目途が立ち、年内には接種開始が実現する見通しだ。今回は台湾のワクチン対策について解説する。(アジア市場開発・富吉国際企業顧問有限公司代表 藤 重太)

◆海外ワクチンの入手に苦労

 台湾の衛生福利部(厚生労働省に相当)の陳時中(Chen Shih-chung)衛生福利部長(厚労大臣)は2月17日、ラジオ局のインタビューで、米ファイザーと独ビオンテック(BNT)が共同開発した新型コロナウイルスワクチンについて、500万本の購入契約が最終段階でいったん保留されたと明かした。

 陳大臣は、その主な理由として、中国の上海復星医薬公司がBNTの中華地区の代理店であり、BNTはその契約を尊重し、その利益を守る必要があったと述べた。

 しかし、記者からの質問に対し「誰かが台湾を喜ばせたくなかったのではないか」と語り、ワクチンを確保する計画が「政治的圧力」により最終段階で頓挫した可能性を吐露した。

 翌日18日の中央感染症指揮センターの会見でも、BNT関連のワクチン契約の問題に質問が集中した。

 その主なやり取りは、下記の通りだ。

 Q:BNTの代理店である中国の上海復星医薬公司と交渉する準備はあるか A:BNTと継続して交渉している。上海側とは接触していない

 Q:台湾の半導体を使ったワクチンとの交換交渉はしているのか A:ワクチンと半導体の交渉は、別々のものである

 Q:中国製ワクチンの輸入を考えているか A:中国製ワクチンは技術的なデータ不足などの理由で、今のところ使用の可能性はない

 その後、BNTはロイター通信社の取材に対してメールで回答し、「世界のパンデミックを終わらせるためにも、台湾へのワクチン供給計画は継続している」と声明を出している。

 中国からの明確な妨害の存在を台湾側は断定していないが、台湾は2013年のSARS(重症急性呼吸器症候群)禍で、「香港の大学からSARSウイルス株の供与を受けるはずだったが、中国が妨害して直前で立ち消えになった」(陳建仁前副総統の昨年のインタビューでの発言)という、あのあからさまな妨害を思い出したに違いない。台湾にとっては、感染症対策もワクチンの確保も臨戦態勢で臨まなければならないのである。

◆中国によるあきれたワクチン外交

 中国のワクチン外交による台湾への圧力は、両岸問題だけでは収まらない。

 3月24日、南米で唯一台湾と外交関係を持つパラグアイの外務省は、中国の代理人と称する人間から「新型コロナウイルスの中国産ワクチンの提供を受ける条件として、台湾との国交断絶を要求された」と公表している。

 中国側はこの事実を否定しているが、中国産ワクチンの提供を通じて台湾との国交断絶を画策している勢力があるのは確かだろう。

 台湾外交部(外務省)はすぐに「ワクチンを政治手段に利用すべきでない」とし、台湾の外交に対する攻撃だと中国に反発した。また、パラグアイ外務省も「ワクチン提供を条件に台湾との関係断絶をほのめかすことは、パラグアイの主権を侵害しかねない」と非難の声明を出している。

 その後の中国の反応と発言は、あきれかえるものだった。

 4月8日に台湾外交部(外務省)は、パラグアイがインドから10万回分のワクチンを入手する交渉を人道的配慮から支援したことを発表した。

 すると同日、中国外務省の報道官は記者会見で、「ワクチンは政治の道具ではない」「ワクチンはウイルスと闘い、命を救うための薬で、政治利用するための道具ではないと台湾当局に教えたい」と批判。

 さらに「ウイルスを利用し、金銭外交を行うことで独立を図ることなど、どれにも未来はない」と威嚇する一方、中国の各国へのワクチン提供は「公明正大で清楚だ」と主張している。

 厚顔無恥、盗っ人猛々しい、開いた口が塞がらないとは、このことを言うのではないだろうか。AFP(フランス通信社)は米シンクタンクのアジア専門家の意見として、「中国は新型コロナウイルスの流行に乗じて台湾に圧力をかけたことが過去にもある」「本来政治と無関係であるべき人々の健康を、中国が継続して政治化していることは、驚くべきことである」とも報じている。

◆ワクチン接種をITでサポート

 3月3日、最初のワクチン11万7000回分が製造国の韓国から台湾に到着した。BNT製ではなく、英アストラゼネカ製であった。台湾が他国の妨害を恐れ、秘密裏に交渉を進め、搬送経路も伏せられていたと報道されている。台湾がどれだけ緊張感、危機感を持ってワクチン獲得に動いていたかが、ここからもうかがえる。

 そして、3月22日からようやく台湾でも正式にワクチンの接種が始まった。中央感染症指揮センターは、ワクチンの接種開始と同時に、接種後の健康状態を把握するためのシステム「Taiwan V-Watch」(以下、「Vシステム」)の運用をスタートさせた。

 ワクチンの接種を受けた人が「Vシステム」に、自分のデータを登録し、定期的に健康状態や症状を記録して行くシステムだ。接種後の1週間は毎日、その後は週に1回、月1回、半年1回の頻度になり、1年半の間、記録の追跡が続くという。回答内容によって、適切なアドバイスなども行ってくれる。トップページにはワクチンに対するさまざまな情報が掲載されている。さらに2度目のワクチン接種日の通知などもしてくれる。

 なお、この「Vシステム」のインストールは、強制ではなく任意だ。今のところ58.4%の人がこのアプリをインストールして、自己の経験した副反応などを報告している。今後このデータは複数のワクチンが採用され、接種人数が増えていくに連れ、それぞれのワクチンの副反応の状況を収集して、安全性と効果を分析し、ビッグデータとして活用されることは間違いない。

 さらに優れているのは、台湾政府がこのデータによる統計資料を定期的に一般公開している点だ。ワクチン接種から1週間以内にどんな症状(患部の痛み、倦怠感、筋肉痛、頭痛など)がどう表れるかなどの統計を知ることができる。また、10%の人が接種当日、仕事が十分にできない状態になっていることなども報告されている。

◆ビジネスパーソンなどに安価な自費接種も開始

 台湾ではワクチンの自費接種が、4月21日から台湾全土31の病院で始まった。自費接種の対象は、ビジネス、海外就労、留学、海外での医療機関受診など人道的配慮が必要な人としている。経済活動を停滞させない目的が明らかだ。

 自費接種と聞くと、さぞ高額ではないかと考えるかもしれないが、たった600元(約2350円)でアストラゼネカ製のワクチン接種を受けることができる。衛生福利部が、ワクチン代金は無料、「診察料」「注射手技料」などの自己負担の上限を600元と定めたからだ。

 今回、1万回分のワクチンを自費接種分に回したが、中央感染症指揮センターは今後も接種状況を見て、自費接種機会を増やしていく考えのようだ。国内感染を食い止めている台湾だからできる対応かもしれないが、ぜひ日本でも取り入れて頂きたい。

 台湾は海外ワクチンの調達に尽力する一方、購買への妨害工作などのリスクを予想し、昨年の早い段階から台湾産ワクチンの開発を進めていた。

 現在、台湾バイオ大手の4社の内2社が、第二相臨床試験(フェーズII)を昨年末から志願した国民約2万人を対象に続けている。陳時中衛生福利部長は4月5日の会見で、ワクチンが7月にも量産可能になると見通しを明らかにしている。

 それが実現すれば月産2000万本の生産が予想され、ワクチン問題が一気に解決される。蔡英文総統も、台湾産ワクチンの開発が成功し接種が始まった際には、副総統とともに最初に接種すると報道されている。

 なお、一部報道によれば、台湾産ワクチン2種は、イギリス変異株(B.1.1.7)と南アフリカ変異株(B.1.351)に対しても効力を持つとされている。

 もちろん、台湾で開発されたワクチンが世界ですぐに受け入れられるとは考えにくい。しかし、ワクチンが素晴らしい効果を発揮すれば、台湾は半導体産業に続いて、バイオ産業で大きな柱を得ることができるだろう。今後の台湾のバイオ産業に注目したい。

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藤重太(ふじ・じゅうた)1967年(昭和42年)、東京・江戸川区生まれ。高校卒業後、国立台湾師範大学国語教学センターに留学し台湾大学国際貿易学部卒業。1992年、香港にて創業し、株式会社アジア市場開発代表に就任。2011年以降、小学館、講談社の台湾法人設立などをサポート、台湾講談社メディアでは総経理(GM)を5年間務める。台湾経済部系シンクタンク「資訊工業策進会」顧問として政府や企業の日台交流のサポートを行う傍ら2016年に台湾で富吉國際企業管理顧問有限公司を設立して代表に就任。日本李登輝友の会理事。主な著書に『中国ビジネスは台湾人と共に行け』『藤式中国語会話練習帳(初級・中級)』『亜州新時代的企業戦略』『国会議員に読ませたい台湾のコロナ戦』など。

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