――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習75)

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習75)
【知道中国 2409回】                       二二・八・仲九

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習75)

次に『珍宝島英雄賛』(本社美術通訊員編絵 上海人民出版社)だが、巻頭に「警戒を厳に、祖国を防衛せよ。人民のために戦に備え、飢えに備えよ」との『毛主席語録』をドカーンと掲げる。その本の内容に相応しい一節を『毛主席語録』から引っ張り出し巻頭に掲げるようになったのは上海人民出版社が最初で、1970年辺りから本格化したように思う。

 「警戒を厳に、〔中略〕飢えに備えよ」との『毛主席語録』からの一節に次いで、「偉大なる領袖の毛主席と彼の親密なる戦友の林副主席の批准により、中共中央軍事委員会は珍宝島におけるソ連修正主義の武装挑発を反撃する自衛戦争において鮮血と生命を盾に偉大なる祖国の神聖な領土を防衛した孫玉国ら十人の同志に『戦闘英雄』の光栄ある称号を授与した。人民に、党に、偉大なる領袖の毛主席に無限に忠誠を尽くした英雄たちの気高い心栄えを、よりよく学習するために」と記している。

『珍宝島英雄賛』は、67年から69年にかけて起こった中ソ国境を限る珍宝島(ロシア名でダマンスキー島)の戦場において「一不怕死、二不怕死(断固として死を恐れず)」に戦った10人の「戦闘英雄」を顕彰し、「彼らの断固として戦い抜く輝かしき戦闘作風を学習する」ために出版された連環画である。

連環画とは中国伝統の解説付きの絵本式読み物で、『三国志』『水滸伝』『西游記』なども、こういった形で子供たちの間に広まったのである。いわば連環画という伝統的メディアを使って、子供たちの脳裏に毛沢東思想万歳と祖国防衛の意義を徹底して刷り込もうとした。共産党が利用するほどに、伝統は宣伝(洗脳)力を秘めているということだろう。

67年11月24日、酷寒の中で最前線警備に当たる孫玉国と3人の戦士は、国境を侵犯する7人の完全武装したソ連修正主義兵士を発見した。そこで直ちに「中国人民に対する重大な挑発だ。即刻立ち去れ」と厳重に抗議する。

すると厚顔無恥にもソ連兵は雪の上に1つの島を描いて「1868」と記し、この島が1868年からソ連(ロシア)領だと主張する。そこで孫は強く抗議し、雪の上に記された島と1868の上に大きく「×」を印した。孫玉国が右の胸にシッカリと抱いていたのは、もちろん赤いビニール製表紙の『毛主席語録』だ。真っ赤な表紙が白雪に鮮やかに映えたことだろう。

『珍宝島英雄賛』は、孫がは「1868年当時、ここは島ではなく中国側の河岸の一部だった。土砂が堆積し、20世紀初頭になって島となったのだ。1860年にロシアの老いぼれクソ皇帝が中露北京条約を中国人民に強要した。ここは一点の疑念の余地もない中国の領土だ」「これは断固として改竄することのできない歴史的事実だ」との思いを込めて雪の上に「×」を記した、と解説する。

それにしても僅か1個の「×」印ながら、左程までに深い歴史的主張が込められていたとは驚きである。想像するに、さぞやソ連兵士も戸惑ったに違いない。

時移り69年3月2日、ソ連機甲部隊が狂ったように国境を侵犯する。烈火のごとく怒る孫は敵機甲部隊の進路を敢然と立ち塞いで、「止まれ。ここは中国の領土だ。お前らの強盗のような所業は中華人民共和国への重大な挑発だ。直ちに撤退せよ」と一喝する。

だがソ連軍の前進は止まず、戦端が開かれた。

孫は、右手にシッカリ持った『毛主席語録』を銃の代わり打ち振りながら、「我らは毛沢東思想で武装している。筋金入りだ。天が崩れてきても支えることが出来るぞ」と兵士を督戦する。こうして「ソ連修正主義の戦車、装甲車、武装部隊による狂気の侵攻を粉砕し、祖国の神聖なる領土を勝利のうちに防衛した」のであった。

 弱々しく描かれるソ連兵士に対して中国兵士は雄々しく勇ましい。中国の子供ならずとも、中国兵士に憧れるはずだ。洗脳工作はイケイケドンドンで深化して行く。《QED》

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