来年の台湾総統選挙への出馬を表明している与党・民進党の頼清徳、前行政院長(首相に相当)が東京都内で産経新聞のインタビューに応じ、「中国による統一攻勢が強化され、台湾の主権と民主主義は危機的な状況にある」との認識を示した。その上で、野党・中国国民党が意欲を見せている中国との平和協定締結は「大きな災難をもたらす」と一蹴し、反対する立場を強調した。
頼氏は冒頭、「日本の友人と外交や安全保障などについて意見を交換したかった」と来日の目的を説明。中国の脅威に対抗するため、日台で協力体制を築くことの重要性を訴えた。
来年1月に投票が行われる総統選については、民進党と国民党の対中政策が真っ向から対立しており、「中国の統一工作を受け入れるか否かを決める最も重要な選挙だ」と危機感を見せた。
国民党の有力候補は相次いで中国と「平和協定」を締結する意向を示している。頼氏は、中国が1951年にチベット政府と締結した協定を守らず、チベット人が弾圧されている現状を指摘。「平和協定は台湾にとって災難にほかならない」と力説した。
頼氏は自身の対中政策について、「国家の安全を守る態勢を増強したい」と述べ、対中国の「反浸透法」や「反併呑(へいどん)法」の立法を推進していく考えを明らかにした。
頼氏は行政院長に在任中、立法院(国会)で「私は台湾独立を主張する政治家だ」と答弁したことがあり、その主張が中国の武力行使を招くと警戒する声もある。これに対し、頼氏は「私が言う台湾独立とは、中国による浸透と併呑を阻止することだ」とし、総統選で当選しても「台湾の独立を(新たに)宣言することはない」と説明した。
福島第1原発事故に伴う日本産食品の輸入規制については、「被災地の食品に対する不安と誤解を払拭し、国際基準にのっとって対応すべきだ」と発言。「私が当選すれば、この問題を円満に解決する自信がある」と強調した。
◆予備選控え日本人脈誇示
台湾総統選挙の与党・民進党内の予備選で、現職の蔡英文氏と頼清徳前行政院長の一騎打ちが佳境に入っている。台湾の大手テレビ、TVBSが8日に公表した世論調査結果では、頼氏の支持率が41%と蔡氏の28%を大きく引き離しているが、蔡氏は激しい追い上げを見せている。
5月末にも予備選が行われる重要な時期にもかかわらず、頼氏は8日から12日まで5日間も日本に滞在した。自民党を中心に国会議員30人以上と面会し、野田佳彦氏、森喜朗氏、海部俊樹氏の3人の元首相とも会談した。日本政界とのパイプの太さを民進党支持者にアピールすることが目的で、4月上旬に訪米した蔡氏に対抗する狙いがあるとみられる。頼氏も蔡氏も訪問先で、中国の脅威を繰り返し強調している。
日米との関係を重視する民進党の候補と比べ、野党・中国国民党の候補らは、積極的に訪中するなど北京との近さを売りにしている。中国との関係が悪化すれば、台湾の経済にとってマイナスだとしきりに強調してきた。台湾の有権者も「親中」と「親日米」に大きく二分化されている。
貿易摩擦を中心に米中の対立が本格化する中、台湾の戦略的意義は米中双方にとってますます重要になっている。来年1月の台湾総統選は、米中の代理戦争の様相を呈してきた。
「台湾の選挙結果は、日本にとって決して人ごとではない。このことを日本のみなさんに最も強く伝えたい」。インタビューの最後に頼氏はこう強調した。(矢板明夫)
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頼清徳氏(らい・せいとく)1959年、現在の北部・新北市生まれ。台湾大卒業後、米ハーバード大で修士号を取得。内科医から政界に転じ、立法委員(国会議員に相当)、台南市長を経て、蔡英文政権で2017年9月から今年1月まで行政院長(首相)を務めた。59歳。