日本経済新聞の伊原健作・台北支局長は、この起用の背景に「蔡氏の危機感がある」と詳しく分析している。下記に記事全文をご紹介したい。
————————————————————————————-台湾蔡政権、総統府秘書長に陳菊氏 政権浮揚へ切り札 選挙へ危機感【日本経済新聞:2018年4月11日】https://www.nikkei.com/article/DGXMZO2925332011042018FF1000/
【台北=伊原健作】台湾の民主進歩党(民進党)、蔡英文政権は11日、官房長官に当たる総統府秘書長に陳菊・高雄市長(67)を起用すると発表した。民主化運動の闘士の経歴を持ち高い人気を誇る大物の起用で、11月の統一地方選に向け政権浮揚を図る。台湾は与野党ともに人気が低迷。選挙情勢が混沌とするなか、党内を引き締めて少しでも優位を保ちたい蔡氏の危機感も透ける。
秘書長は人選により裏方に徹することもあるが、今回は重みが異なる。11日に蔡氏は特別に陳氏をお披露目する記者会見を開催。「台湾社会から代えのきかない信頼感を集める存在」「各界と意思疎通する役割を担う」とし、陳氏が今後政権の前面に立つと表明した。23日に正式に就任する。
陳氏は1979年に国民党独裁政権が言論弾圧を行った「美麗島事件」で投獄され、86年の民進党結成メンバーとして党内で高い求心力を誇る。一方で党綱領に台湾独立を掲げる民進党内ではバランス感覚を持つ政治家とされ、2009年に高雄市長として訪中し当時の韓正・上海市長(現・副首相)と会談した。蔡氏は「私の最大の支柱」と信頼を寄せる。
人事の背景には蔡氏の危機感がある。11月には20年の総統選の前哨戦となる統一地方選が控えるが、政権支持率(満足度)は16年の発足直後から低迷。民放TVBSの18年2月の世論調査では不満足が51%と満足(30%)を大きく上回る。若者の低賃金など構造問題の改善が難航し、年金改革といった既得権益に切り込む施策も一部で反発を呼ぶ。陳氏には改革をアピールして政権浮揚につなげる役割を期待する。
さらに大きいのが選挙に向けた民進党内の引き締めだ。中台の現状維持を掲げ中国に低姿勢をとる蔡氏に支持層の一部の独立派らは不満を強める。党内で尊敬を集める陳氏が政権の前面に立てば、突き上げを吸収し党をまとめられると踏む。
台湾の選挙情勢は蔡氏の民進党が大勝した16年の前回総統選から一転し、混沌としている。
民進党は前回、経済の中国依存を深めた国民党の馬英九前政権への批判票を取り込んだ。「ヒマワリ学生運動」を源流とする若者の新政党「時代力量」とも協力。若者ら無党派層の支持拡大も大勝を後押しした。今や民進党は政権与党として批判の矢面に立つ。「時代力量」も最近は独自路線を打ち出し、民進党と距離を置いた。
最大野党でライバルの国民党も「親中」とのイメージから脱却できず、党勢回復は遠い。とはいえ有権者全体の6割以上を占める無党派層の票は行き場を失いつつある。
蔡政権には、台湾の外交関係の切り崩しや国際組織からの締め出しといった中国からの逆風も強まる。「選挙を意識して中国が民進党政権の足を引っ張る可能性がある」(同党筋)との警戒もある。陳氏の秘書長起用は厳しい選挙戦に向けた臨戦態勢の色彩が濃い。