小田村四郎先生 帰幽 歴史の真実を顕現するべく「思想戦」を戦はれたご生涯

【公益社団法人 国民文化研究会『国民同胞』:平成30年3月10日(第677号)】

*原文は縦書き、漢数字ですが、本誌転載に当り読み易さを考慮して算用数字に改めたことをお断 りします。

 本会名誉会長小田村四郎先生には、旧臘12月9日帰幽された。享年95。告別式(葬場祭)は12月13日、近親者によって営まれた。

 先生は大正12年10月、初代理事長小田村寅二郎先生の御令弟として東京にご誕生。昭和17年、府立高等学校から東京帝国大学法学部に進まれ、昭和18年、学徒出陣。終戦後、復学。昭和22年、同大を卒業し大蔵省に入省。名古屋国税局長、内閣官房内閣審議室長、防衛庁経理局長等々を歴任。昭和53年、行政管理庁事務次官を以て退官。その後、農林漁業金融公庫副総裁、日本銀行監事、日本短資(株)顧問などを経て、平成7年、拓殖大学第12代総長に就任(平成15年退任)。平成5年には勲二等旭日重光章受章の栄に浴された。

 さらに靖国神社崇敬者総代、日本会議副会長、日本の建国を祝う会会長、日本李登輝友の会会長、国語問題協議会会長ほか多方面に亘って活躍された。本会から上梓された御著『占領後遺症の克服』(国文研叢書、平成7年刊)の標題に窺はれるやうに、占領統治によって歪められた我が祖国日本の精神的再建のため尽力された。ことに占領軍起草の「日本国憲法」に内在してゐる国家不在の思想的病理を鋭く指摘されてゐた。

 小田村寅二郎先生歿後の上村和男理事長時代の平成12年から、会長として、その後名誉会長としてご助言を頂いた。本会の中核的事業「合宿教室」では第28回(昭和58年)の雲仙合宿を初めとして、平成16年の第49回の阿蘇合宿まで、講義と講話で6回壇上に立たれた。また本紙『国民同胞』への寄稿は数多に及び、2年前の平成28年3月号所載の「内外情勢の動向と我が国の進路」が最後となった。

 本号に再掲した御論「学徒出陣のこと─東大・緑会『出陣賦』について─」を拝読して、「戦前戦後を貫く歴史の真実」を明らかにするべく思想戦を戦はれたご生涯を改めてお偲びしたい。

                                        (編集部)

再掲学徒出陣のこと──東大・緑会『出陣賦』について─(昭和53年10月号初出)

(略)また12月1日がめぐって来る。昭和18年の「学徒出陣」35周年である。しかしこの学徒出陣について、(略)暗い陰惨なイメージが若い人々の間に定着してしまってゐるのではないだらうか。

 「この暗い谷間の時代になげき、いかり、もだえながら戦争の中に空しく“散華”していった学生たちの切々たる心情」(傍点筆者)。これは左翼出版物の言葉ではない。国立機関により公式に編纂された教育史中の一句である。私は歪曲された歴史に慄然とせざるを得ない。さういふ学生も一部にゐたに違ひないが、このやうな一律的表現は祖国の危急に際し敢然と身を挺して散華された数多の英霊に対する冒涜である。吉田満氏が「このような編集方針は、一つの先入主にとらわれていると思う。」(「戦艦大和ノ最期」あとがき)と批判された「はげしい戦争憎悪」に満ちた戦没学徒の手記や、偏向したマスコミの形造る映像によって学徒出陣の真相や当時の学生の心情が闇に葬り去られることは、戦中派の我々にとって耐へ難いことである。私が当時の学園のささやかな体験や後記「出陣賦」を紹介しようとするのも、正しい歴史を書き残すことが後世への義務だと思ふからである。

 そもそも学生の徴兵猶予は基本的人権ではない。憲法及び兵役法により、満20年に達した壮丁はすべて兵役に服する義務を負ってゐたのであり、徴兵猶予とは、文教政策上の配慮から在学中の者に対して満24才(昭和16年改正)まで徴兵を延期するといふ恩典を国が与へたものに過ぎない。従って戦時又は事変に際し必要があればこれを停止する場合がある(勅令に委任)のは当然のことであった。

 さて昭和17年に行はれた学年半年短縮措置によって私が東大法学部に入学したのは同年10月であった。前年12月開戦以来、初期に於てこそ赫々たる戦果を挙げたが、6月のミッドウェー海戦を境として米軍は本格的反攻に転じ、数次のソロモン海戦や8のガダルカナル島上陸等、南海における死闘は益々熾烈となって来た。従って我々は卒業即入隊が当然の規定事実であり、それはまた生還を期し得ざるものであった。学生は学業に励みつつ、週1回の軍事教練には事故者以外は殆ど出席した。また毎日昼休み体育部学生によって行はれた体操指導(自由参加)では、終了後参加者全員で「海ゆかば」を合唱し、その声は三四郎池のほとりに谺(こだま)した。

 18年に入ると戦局は愈々重大化して来た。2月ガダルカナル島撤退(当時「転進」といった)、4月山本聯合艦隊司令長官戦死、5月アッツ島山崎部隊玉砕(大本営発表による最初の玉砕である)と続き、ニューギニアの戦勢も次第に不利となって来た。「学生の態度表情はこの頃から変ったと思う。この年の暮、所謂学徒出陣の前後に於ける学生の態度行動は、世の賞賛を受けた。然し学生が父兄や先輩よりも先ず国家の危急を感じ、何の遅疑することもなく、すぐ覚悟を定めたと感ぜられたのは、私の見るところでは、この頃であった。」(「海軍主計大尉小泉信吉」文藝春秋)と当時の慶應義塾大学塾長小泉信三氏は書いて居られる。9月22日政府は学生の徴兵猶予停止を決定し、10月2日勅令を公布した。これにより、理工系を除く法文経等の学生で徴兵適齢者は12月に入隊することとなった。「学生は待っていたようにこの決定を迎えた。」(小泉氏)とまでいかなくとも、当然来るべきものが来たといふ感じを抱かなかった学生はゐなかった筈である。学業に未練を残しつゝも、肉親との離別を悲しみつゝも、また兵営生活に一抹の不安を抱きつゝも、同年輩の青年が第一線に死闘を展開してみるとき、筆を投じて祖国の危急に赴くのは国民として当然の義務と誰しも考へたに違ひない。事実、この決定に不満を洩した学生は私の知る限り一人としてみなかった。

 緑会(東大法学部の学生自治会)は、2ヶ月後に迫る入隊を前にして、出陣の歌を募集した。歌詞と曲の銓衡は緑会委員(出身高校別に学生の推薦によって選任されてみた)が行ひ、二篇が入選した。後記の「出陣賦」はその中の一篇である。そして学生が専ら愛唱したのはこの「出陣賦」であった。

 緑会の壮行会は11月11日、小石川植物園で行はれた。奇しくも第一次大戦終結の日であった。快晴のこの日、我々は全員で「出陣賦」を合唱し、三浦環(たまき)女史の特別来演もあって、互に名残りを惜しみつつ、先輩の心づくしの生ビールで歓を尽くした。最後に一人づつ末松法学部長の前に進み、「何某征きます」(令息を海軍に捧げられた学部長は「行って来ます」と言ふな、と訓示された)と挨拶して別れて行った。翌12日、東大法、文、経、農各学部出陣学生4千名の全学壮行会が午前9時から安田講堂で行はれ、内田総長から全員に国旗が授与され、「海ゆかば」を斉唱した。同10時、我々は執銃、帯剣、巻脚絆で正門前に整列、宮城に向って行進した。我々法学部学生は先頭として全員で先づ「出陣賦」を合唱し、残留学生の万雷の拍手に送られて出発したのが忘れられぬ思ひ出である。そして二重橋前に整列、「聖寿万歳」を奉唱して解散したのであった。

 いま私の手許に2つ折のやや厚手の菊判大ガリ判刷りの紙がある。銃のスピンドル油であらうか、一部が黒く汚れてみるが、表に「出陣賦」「出陣の歌」と並んで書かれてあり、その左下に東京帝国大学法学部緑会と書いてある。「出陣賦」が歌はれた期間は僅か1ヶ月の間であり、またそれを知る人は当時の東大法学部在学生2千余人に過ぎない。しかし、この歌は学生が作詞し、作曲し、学生が選び学生が愛唱したといふ点では私は後世に遺すべきものと思ふ。そしてこゝに謳はれた心情は出陣学徒の殆どすべてに共通するものであったらう。苟も齢(よはひ)成年に達し、最高学府に学ぶ学生が心にもない美辞麗句を進んで歌ふなどといふことはあり得ないのである。今でも当時の同窓生は青春の思ひを込めたこの歌を懐しく回想してみる。当時の出陣学徒が何を思ひ、何を願ったかをこの歌を通じて読みとって頂きたいと思ふ。(略)(『占領後遺症の克服』所載)

出陣賦     大木彬彦作詞     川添萬夫作曲

一、はろばろと青き空なり  厳(いか)しくもさやけき朝や  我等蹶(た)つ醜(しこ)の御楯と  大君の任(まけ)のまにまに  眉あげて今ぞ征(い)ゆかむ

二、さばへなす仇共討つと  風凍る北の島わに  天燃ゆる南の辺土(はて)に  愛(は)しけやし祖国をろがみ  同胞(はらから)は戦ひ死にき

三、陸(くが)行かば山河(やまかわ)とよめ  海ゆかば潮(うしほ)とどろけ  海山のい盡くるまでに  夷(えびす)らのまつろふまでに  撃ち撃ちて撃ちてし止まむ

四、御(み)空さす銀杏の並木  仰ぎみて学びし子等は  汝(な)が姿心に念(も)ひて  誇りかに生命(いのち)死にきと  傳へてよ八重の黒潮

五、あゝ我等究めし道は  一筋の真理(まこと)の精神(こころ)  戦(たたかひ)の庭に出でては  荒魂の雄叫び猛く  征(ゆ)き征きてかへりみはせじ 六、師よ父母よ心安かれ  男(を)の子われみことかしこみ  天(あま)翔り國土(くに)翔りつつ  七つ度(たび)生れ死にては  護らでや祖國の生命(いのち)


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