ジャーナリスト・井上和彦
産経新聞2016.3.1
地対空ミサイルをはじめ戦闘機を配備するなど、中国は西沙(パラセル)諸島の軍事拠点化を進め、南シナ海は一触即発の度を高めている。
昨年11月、フィリピンでオバマ米大統領と会談した安倍晋三首相は、アメリカによる「航行の自由作戦」に対して支持を表明し、自衛隊の南シナ海への派遣について「日本の安全保障に与える影響を注視しつつ検討する」とした。
≪「存立危機事態」への誤解≫
日本は石油の83%、天然ガスの30%を政情不安定な中東に依存しており、これら化石燃料は1万2千キロもの長大な海上交通路(シーレーン)を通って運ばれてくる。
シーレーンは国民生活と日本経済の生命線である。しかし昨年の安保法制をめぐる議論では、ペルシャ湾にあるホルムズ海峡の機雷除去に対して、日本から遥(はる)かに離れた場所にあり、集団的自衛権行使の前提となる「存立危機事態」に該当しない、などと反対の声が上がった。
さらに南シナ海への自衛隊派遣についても、自民党有力議員からでさえ、南沙(スプラトリー)諸島で何が起ころうが日本には直接には関係がない、といった発言が飛び出す始末だ。
安全保障は“日本からの距離”で判断すべきではないことは言うまでもない。また東シナ海さえ平和であれば全てよしとする思考は、あまりにも短絡である。
シーレーンの問題を東海道新幹線にたとえてみる。新大阪-京都間で強風のために新幹線が止まれば、当然その影響で品川-東京間のダイヤも乱れる。新横浜-品川間で列車故障になれば、間近な東京駅にもたどり着けない。
新大阪-京都間を「ペルシャ湾」、新横浜-品川間を「南シナ海」、品川-東京間を「東シナ海」と見立てれば、シーレーンのどこで問題が生じても、中東からの石油は日本に届かないことがおわかりいただけよう。
つまりシーレーン上に発生するいかなる武力衝突も、実質的に日本の存立危機事態となるのだ。
≪新編された「第9航空団」≫
中国の力による強引な現状変更が進む南シナ海は、周辺各国の領有権主張がぶつかり合うため、武力衝突の危険性は高く、場合によっては日本が存立危機に陥る。
東シナ海も同様に危機が高まっている。領空へ接近する外国軍機へのスクランブル発進回数は急増しており、平成27年度第3四半期までに567回、そのうち、中国機に対するものは66%を占めている。平成23年度から4年間で中国機への発進回数は約3倍に増えているのだ。
こうした事態に対応すべく1月31日、航空自衛隊那覇基地の南西航空混成団隷下に「第9航空団」が新しく編成された。これまでの1個飛行隊(F15戦闘機20機体制)から、2個飛行隊(同40機体制)に増強されたのである。これによって抑止力は格段に向上し、領空侵犯の対応にあたるパイロットの任務の負担も軽減された。
士気もすこぶる高い。「全ては国民の生命財産を守るため」「南西域の空の守りは任せてください」-団司令の川波清明空将補をはじめ、隊員の表情は実に頼もしく、彼らの発する忠恕(ちゅうじょ)にあふれた言葉と決意には胸打たれるものがある。
ところがそんな空自の増強に対しても、懸念の声が上がっているのだ。現在、沖合に第2滑走路が建設中だが、那覇空港の滑走路はわずか1本。民間旅客機がひっきりなしに離着陸する合間を縫って、空自機が舞い上がってゆく。
地元紙は自衛隊機の増強によって那覇空港が一層混雑し、民間機の離着陸への影響を危惧する。
しかし、それこそ本末転倒ではないか。那覇空港が過密化する原因は中国の挑発行為にある。非難すべき相手は中国にあるのだ。
≪島嶼防衛は喫緊の課題≫
鹿児島南端から、日本最西端の与那国島までの島嶼(とうしょ)部は1300キロほど、ほぼ本州と同じ長さだ。しかし、沖縄本島には空自第9航空団の他にはP3C哨戒機を有する海自第5航空群はあるものの、護衛艦は1隻も配備されていない。陸自も総員2100人の第15旅団のみで、戦車部隊も野戦特科(砲兵)もない。
そんな南西方面の抑止力を高めるため、目下、防衛省は島嶼防衛を「喫緊の課題」として取り組んでいる。
この3月末には与那国島に150人規模の陸自の沿岸監視部隊が配置される。これまで無防備だった奄美諸島や、5万人の人口を抱える石垣島や宮古島への自衛隊配備も必要だ。
武装海警船による領海侵入で、いまや東シナ海の危険度は南シナ海と変わりがなくなっている。
もとより、東シナ海も南シナ海も、中国の軍事戦略目標ラインである第一列島線の内側にあり、そこには安全が保障される境界線など存在しない。だからこそわが国は、東シナ海のみならず南シナ海に対する積極的関与が必要なのである。南西方面の防衛力強化を急がなければならない。(いのうえ かずひこ)