【櫻井よしこ 美しき勁き国へ】中国にひるむ必要なし

【櫻井よしこ 美しき勁き国へ】中国にひるむ必要なし

2015.1.5 産経新聞より

 自明のことだが強調しておきたい。緊密な日米関係と日米安保条約の維持が日本の国益だという点だ。日本にとって選択肢は他にないと言ってよい。そのうえで、しかし、日本は日米関係も含めて、国の基本政策をじっくりと見直さなければならない。

 大東亜戦争終結から70年、国際社会は様変わりした。日本を取り巻く状況はかつてなく厳しい。変化の要因の第1は膨張する中国、第2は依然として世界最強国の実力を持ちながら、指導者における世界観と大戦略の欠如ゆえに、中国の歴史的挑戦に受け身の対処しかできないアメリカである。

 中国の勢力拡大が世界の至るところで進行中だ。昨年暮れ、中国は中米ニカラグアで太平洋とカリブ海、さらには大西洋をつなぐ総延長280キロの大運河建設工事に着手した。その経済的、軍事的インパクトの強さを考えると、まさにここで起きているのは国際政治の地殻変動の具体的事例と言ってよいのではないか。

 ニカラグア運河の南にあるパナマ運河は1914年にアメリカが完成させ、アメリカ海軍の大西洋から一気に太平洋への展開が可能になった。パナマ運河開通はアメリカに計りしれない地政学的優位性を与え、同国が大英帝国に代わる超大国へと駆け上がっていく第一歩となった。

 その近くでいま、中国がニカラグア運河建設にとりかかったのだ。アメリカへの大胆かつ公然たる挑戦と見るのも可能である。しかし、他方でこの大計画が果たしてアメリカと何の協力もなしにできるのかと考えざるを得ない。

 中国が将来、マレー半島のミャンマー領クラ地峡で運河建設に着手する可能性も頭に入れておくべきである。

 すさまじく膨張する中国とアメリカの関係は決して切り離せない関係である。

 先入観を排して事態の進展を見なければならないのは当然だが、同時に最悪のケースを想定してみよう。中国がニカラグア運河を完成させ、大西洋と太平洋を往来し、南シナ海を中国の内海とし、南シナ海とインド洋をも一体化させ、世界の大海に展開する大戦略が現実になることである。中国の、大陸国家から海洋国家への野心的飛翔と21世紀の中華帝国の出現を前提に、力強い対応策が求められる局面だ。

 しかし、肝心のオバマ政権にはなすすべがないかのようだ。中国はこれまで繰り返し新型大国関係をアメリカに提唱してきた。オバマ大統領自身は注意深くこの言葉の使用を避けてきたが、大統領周辺は新型大国関係が尖閣問題では日米同盟と矛盾するにもかかわらず、事実上、受け入れている。日米同盟の一方で、それに反する暗黙の握手を中国と交わすのが自国の国益だとアメリカは考えているのだろうか。

 昨年暮れ、国家基本問題研究所主催のシンポジウム「戦後70年-国際政治の地殻変動にどう対処するか」で、米ペンシルベニア大学教授のアーサー・ウォルドロン氏が、1972年2月21日のニクソン・毛沢東会談の興味深いくだりを指摘した。ニクソンは毛沢東にこう問うている。

「われわれは日本の将来図について考えなければなりません。(中略)日本を完全に防備力のないままに中立国とするのがよいのか、それとも当面アメリカと多少の関係を維持させるのがよいのか」

 右のニクソン・毛会談こそ現在の新型大国関係の基本であろう。ニクソン発言の7カ月前、キッシンジャー大統領補佐官は周恩来首相に在日米軍は中国向けではなく日本の暴走を抑制し再武装を先送りにするためだと語っている。10月22日の第4回会談では「今日われわれが、日本をいかにして経済的に築き上げたかを後悔している」とも述懐した。

 一連の発言が示しているのは、(1)国際政治においては国益が全てである、(2)米中関係はしんねりとしていて奥深く、この両大国に挟まれている日本はよほど注意しなければならない-ということだ。

 これを前向きに考えてみよう。まず、国益が全てだからこそ、不変の国益の前で関係は変化する。かつて日本を警戒し、軍事力は持たせられないと考えたキッシンジャー氏が、いま、日本は普通の国になれると言い始めた。

 次に、日本は結局、日本の力を存分に発揮するしか生きる道はないのだ。だからまず中国と日本は全く違うと、はっきりさせることが大事だ。国際法、国際社会の価値観への中国の挑戦は受け入れられない。香港の学生への弾圧、異民族の虐殺、対日歴史の捏造(ねつぞう)、各国の領土に関する事実の捏造、尖閣諸島(沖縄県石垣市)をはじめ戦略的境界の概念に基づいて領土・領海の支配を確立する動きは紛争につながるとりわけ危険な挑発だと、もっと力強く発信するのだ。

 金融、経済における勢力拡大も含めて中国の全面的膨張は異質である。その中国はわが国をとりわけ敵視して韓国とともに今年を「抗日戦争勝利と朝鮮半島の独立回復を祝う年」とし、ロシアとともに「ドイツのファシズムと日本の軍国主義に対する戦勝記念」の年として、対日歴史戦争を激化させる。

 だが、安倍晋三首相も日本もひるむべき理由はない。国際社会に礼節をもって日本の思いと信条を発信すればよいのだ。平和を求めるために国家としての強い意思を持ち、軍事力を整備すればよい。集団的自衛権を法制化して日米安保体制を強化し、首相の悲願である憲法改正に向けて議論を始めることだ。