迫田 勝敏(ジャーナリスト)
【エコノタイワン:7月号】
日台関係史上、歴史的な記念イベント、日本で開催の故宮博物院展が6月24日の開幕直前にケチ
がついた。ポスターに「国立故宮博物院」とすべきところを「台北 故宮博物院」としていたの
を、訪日取材の台湾の記者たちが見つけ、問題視。総統府は、訂正しなければ、名誉団長の周美青
総統夫人の訪日も、展示会も中止とまでの強硬声明を発表する騒ぎになった。
◆日本メディアは「国立」削除
故宮文物の展示は何年も前から日台間の懸案だった。展示中に中国が自分のものだと差し押さえ
る恐れもあると台湾側は前向きではなかった。日本側は与野党一致で、海外美術品の差し押さえ、
盗難を防止するための海外美術品公開促進法を2011年に制定し、台湾側の懸念を払拭し、改めて交
渉を始め、ようやく実現の運びになったものだった。
「国立」をつけるかどうかは、当初から日台間の協議で問題になっていた。台湾側がこだわった
のは当然だ。「国立故宮博物院」は固有名詞。台湾側によると、ドイツなどで故宮博物院展を開い
たときも、国立をつけていたという。その慣例に従って東京国立博物館(東博)も国立をつけるこ
とに同意、実際、東博作成のポスターは国立の文字がある。
ところが共催のメディアがあいまい。展示の報道は各社の判断だが、結局は国立をつけないで報
道。その流れでメディアが作るポスターや入場券にも国立の文字を入れなかった。東博での展示を
共催するメディアは朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、NHK、NHKプロモーション、
東京新聞の7社。このうちNHKと毎日新聞がポスター作成などを担当したともいう。
◆子供の喧嘩に大人が出る?
しかし台湾側は日本のメディアが台湾を国家として報道してないことは知っていたし、それだけ
に今回も、メディアはポスターに国立の文字を入れないことも予想していたはず。事前チェックも
できたし、実際、6月16日に知っていたとする報道もあった。水面下では東博と交渉していたのだ
ろうが、それを総統府にまで報告して指示を仰ぐとは、自分たちの怠慢さを隠す責任転嫁でしかな
い。
その総統府。20日の会見でスポークスマンは馬英九総統も事態を重視しているとし、総統夫人の
訪日取り止め、展示会中止などまで居丈高に言い出した。総統追従の外交部も国家の尊厳を守れと
同様の声明を発表、尖閣問題以上の激しい口調の日本非難だ。博物館同士で話せばいいものを、い
くらなんでも過剰反応。子供の喧嘩に大人が出てきたような印象で、かえって事を大きくしてし
まった。
実際、知り合いの台湾人は総統府の声明を見て「庶民の内政への批判や不満を国外に転移するの
は政治屋の常套手段だ」とメールを送ってきた。「(馬総統の懐刀ともいう)金小刀(金溥聡国家
敢然会議秘書長)のやり方だろう」とも。折から基隆市の不正事件などでまたぞろ馬政権批判が上
昇中。ここは強硬姿勢で批判を海外、つまり日本に向けようというのではないかというわけだ。
◆ダブルスタンダードの台湾
さらに馮明珠故宮博物院長が昨年11月、北京で講演した際の横断幕は「台北故宮」となっていた
とも伝えられた。日本に対しては「国立」を求め、中国には無言で、中国に歩調を合わせるような
対日批判。これは明らかなダブルスタンダード(双重標準)。反日親中の馬総統の真面目(しんめ
んぼく)発揮という声もある。
もっとも日本のメディアも浅ましすぎる。故宮博物院展は、結局は共催になったが、当初は主催
権を争って、台湾に辞を低くしてお百度参りしていた。開催が決まると、今度は台湾を自国の一部
とする中国に配慮して「国立」の文字を消す。この騒ぎ、共催各社が談合して報道しない申し合わ
せをしたのか日本ではあまり報道されていないようだ。自分のミスは頬かむりする。新聞が信用さ
れず、売れなくなるはずだ。
6月23日、開幕式は当初予定より30分遅れで始まった。そこには総統夫人の姿はなかった。あれ
ば日台関係をさらにグレードアップすることになっただろう。ただ、台湾は「暫時見送り」とし
「中止」とはしていない。いずれは行くという意味か。「抗議のため訪日中止」なら外交的には
「宣戦布告」的。馬総統自身が「今が最も良好」という日台関係を自分から壊すことになる。そこ
までの決定的措置は避けたのだろう。
◆どっちもどっちで至宝を汚す
一方、国立の文字のないポスターを徹夜作業で回収し、なんとか中止を免れた日本のメディアは
開幕式の模様を報道したが、その扱いは小さい。自社が主催するのだから普通なら宣伝を兼ねてデ
カデカと報道するのだが、さすがに恥ずかしかったのか。それでも報道には「国立」の文字はな
く、「台北故宮」と書く。あくまでも中国配慮だ。
台湾も日本も中国配慮で姑息ともいえるパフォーマンス。中国語でいう「半斤八両」、どっちも
どっちの対応で故宮の至宝を汚してしまった。
(ジャーナリスト・迫田勝敏)