迫田 勝敏(ジャーナリスト)
【エコノタイワン:3月号】
台湾の行政院大陸委員会の王郁琦主任委員(閣僚)と中国国務院台湾事務弁公室の張志軍主任(閣僚級)との王張会談は、中台関係の一つの節目だろう。
国民党政府が中国から台湾に逃げ込んで以来、中国と台湾の政府間の初の公式会談だ。行政院も国務院も内閣。「政治の話はしない」としていたが、閣僚クラスの会談自体がすでに「政治」だ。
その意味で中台関係は経済分野から政治分野へと新たな一歩を踏み出したといえるが、その先に待つのは統一なのか台湾独立なのか。
◆「『主委!』と3度も呼んだ」、台湾を政府と認めた?
「張主任は私を『王主委(主任委員)』と三回も呼んだ」と王張会談後、王主委は明かした。肩書きなどどうでもいいじゃないかと思うが、台湾にとっては大事なこと。中国は台湾を国として認めていない。「中華民国は滅亡した」とまで公言している。国がなければ政府も内閣も総統もない。習近平国家主席は昨年、馬英九総統の再選で祝電を送っているが、宛名は「馬英九先生」だった。
その中国が台湾要人を「官銜」(官職名)で呼んだのは台湾政府を認めたことではないかーと台湾は喜んだ。「これで中国とは対等の立場だ!」。民間の世論調査会社、台湾指標の調査では台湾政府を認めたと見る人は36・8%、「いや、認めていない」は37・6%と割れた。市民は王主委ほど浮かれてはいない。
それはそうだ。中国が台湾政府の存在を認めれば中国が一貫して主張する「一つの中国」でなく、「一国二府」になってしまう。王張会談を伝える中国メディアは「台湾陸委会負責人(責任者)」と伝えた。口頭の話は記録に残らない。王主委と呼んだのは中国お得意の口先だけのもてなし。馬英九総統のことを「台湾地区の最高責任者」とする報道もあった。中国は台湾を香港、マカオ同様に「地区」としかみていないのである。
◆台湾のTPP、RCEP加盟希望を理解し、太っ腹だが…
台湾が王張会談で重要な課題としていた一つは「国際生存空間」の拡大。世界に二百近くある独立国のうち台湾と国交を持つのはあまり名前を聞いたことのない22二カ国だけ。国連はもちろん、国際機関に国として入れない。とくに世界経済が地域連合・連携に向かっている中、貿易立国の台湾がどこの経済連携にも入れなければ、それこそ国家存亡の危機だ。
そこで馬総統は今夏にはTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)とRCEP(東アジア地域包括的経済連携)への参加を表明したいという。それには中国の「承認」が大前提。台湾を独立主権国家と認めない中国は、台湾が国家として国際社会に出るのを阻止してきた。だからWTO(世界貿易機関)加盟も中国加盟後で、それも国家ではなく「台湾・澎湖・金門・馬祖の独立関税領域」という地域名での加盟だった。
そこで名称にこだわらずにTPP、RCEPに加盟したいから中国も承認してほしいと王張会談でお願いしたわけだ。対する中国は「台湾の希望を理解する」と述べ、加盟の邪魔はしないと太っ腹なところをみせた。これは王張会談の最大の成果か。だが、中国はその後に一言。「台湾が両岸経済の協力交流を重視することを希望する」。アーリーハーベストだけで止まっているECFAの残りを早くやれ、すでに調印したサービス貿易協議を早く発効させろ、経済統一が先─ということだ。
◆世界が歓迎台湾海峡波静か、中国は統一の原則は曲げない
「『馬習会談』の話題は中国側から言い出した」と王主委はいう。上海での非公式会談で今秋の北京でAPEC(アジア太平洋経済協力会議)に馬総統が出席し、そこで習主席と会談するというのが馬習会談。中国側から言い出すというのは、中国は前向きのように思えるが、実際は違うだろう。
中国は台湾がかなり前からその希望を繰り返し内外に表明しているのを承知している。その馬習会談が一人歩きしてしまわないように「適当ではない」と早目にダメ押ししたということだろう。
では、他の場で会談の可能性は? 中国は無言。台湾側も次善策は用意していなかった。実現可能性は当面ゼロに近い。
台湾海峡の波が静かであることは、かつて中台が対峙して「台湾海峡は世界の火薬庫」と言われただけに世界は大歓迎。その意味で王張会談も馬習会談もあるのはいいことだが、中国は統一が国是。なんとしても台湾を独立させない。「反独急統」(独立に反対し、統一を急ぐ)だ。もし台湾独立なら習政権は崩壊の恐れさえある。
中国は王張会談取材の台湾の記者2人の入国を認めなかった。反中国と判断したのだ。中台対等の印象を与える馬習会談は非公式の席ではっきり「ノー」。「主委」と呼び、TPP加盟希望をにこやかに受け入れながらも統一の原則は曲げない。衣の下から鎧がみえる。中国に近寄れば近寄るほど統一工作の術中に入る心配をしておかねばなるまい。
(ジャーナリスト・迫田勝敏)
2014.3.12 8:00