【馬の「歴史定位」】棺を覆いて事定まる

【馬の「歴史定位」】棺を覆いて事定まる  

                 迫田 勝敏(ジャーナリスト)

【台湾ダイジェスト:12月号】

 台湾の雑誌にこんな漫画が載った。男がわめいている。「大変だ。外国人が総統は馬鹿
だと知っているぞ。重大な国家機密の漏洩だ。早く調べろ」──。英国の著名経済誌「エ
コノミスト」が馬英九政権の批判記事を掲載、野党側はそれみたことかと「無能総統」と
あらためて非難、政府側は同誌に抗議するといきり立つ騒ぎになった。

◆「総統は馬鹿」? 英誌報道

 エコノミストは同誌ネット版に「Bumbler・Ma(馬)」と題して馬総統は失政
で世論の非難を浴びていると台湾の現状を書いた。問題はこの「Bumbler」という
言葉。台湾の新聞はこれを「笨蛋」と訳し、一面トップで伝えた。「笨蛋」は日本語にす
れば「間抜け」や「馬鹿」の意味で「馬鹿な馬総統」となる。

 外国誌から公然と「馬鹿だ」とレッテルを貼られては、馬総統のメンツは丸潰れ。政府
側からは同誌に抗議という声も出た。だが、そんなことをすれば恥の上塗りだ。それこそ
「国家機密」を自分から世界中にばら撒くようなものだ。外交部は誤解もあると英誌に政
策の実績などを説明するとし、総統府は「反省すべきは反省し、改善すべきは改善して全
力で前に進む」と談話を発表した。

 その発表を聞いて早速、新聞に投書が載った。「一生懸命なんてしないでほしい」と。
なぜ? 馬総統が一生懸命にやればさらに悪くなるだけ。自分は上に乗っかるだけで、周
囲や下の人たちに任せればいい──という趣旨だ。「皇帝でもいいからなにもするな」と
いうこと。そうかもしれない。馬総統は他人の意見を聞くことが少ないとよく聞く。

◆批判に晒されるのも仕事

 「馬鹿総統」と転電されたエコノミスト誌は「馬鹿というのは誤訳で、正しくは失敗者
だ」といった趣旨の返答をし、波紋を鎮めている。ちなみに英和辞典を引くと「ドジな
人」、「無能なため失敗する人」、「へまをやる人」などとある。「馬鹿」はないが、で
もニュアンスはそれに近い。要するに野党側がいつも言う「無能」ということではない
か。

 もともと民主国家では指導者は常に批判に晒されるもので、それが仕事の一部だ。それ
にいちいちむきになって反論したり、抗議したりしていたのでは大物ではない。「近いう
ちに」と言いながら、なかなか解散しないため野田首相は「嘘つき」と言われた。内心は
ともかく、それで野田首相は、怒り狂いはしなかった。遅くはなったが、小学生時代の成
績表には「バカが付くほど正直といわれた」と反論したうえで、解散日を宣言、民主党内
からも「バカ正直解散」といわれた。政治家は言い訳ではなく、実績で答えるべきだ。

◆公約反故で支持率低下

 馬総統は4年前、「狂勝」して総統に就任したものの、選挙戦の公約は次々に反故にして
きた。昨年は、民間のベアを促すのだといって公務員の給料を3%アップしたが、民間企業
の7割以上は賃金凍結だ。

 馬総統の呼びかけは無視されていると批判され、「ベアをすれば、企業は赤字で経営破
たんするから止むを得ない」と前言を翻した。ならば国家財政は史上最悪の赤字で破綻寸
前なのになぜ公務員のベアをしたのか。選挙の票狙いといわれても仕方ない。

 こんな調子だから民間の世論調査では支持率が13%にまで低下した。10月の失業率はま
た上昇、若者は7人に1人が失業。平均給与は14年前の水準のままだ。

◆与党内でも「無能」の酷評

 だから与党陣営でも馬総統批判は広がる。王建煊・監察院長は「馬総統は自分の歴
史的評価(歴史定位)を求めているが、もう確定している。それは『無能』だ」と酷評し
た。

 確かに馬総統は歴史上の自分の評価を気にしているともいわれる。だから中国との関係
改善で、やがては統一を果たし「ノーベル平和賞」をねらっているのだとも。統一の暁に
どれだけの台湾人が喜ぶのだろうか。顔写真に卵をぶつけられるだけでは済まないかもし
れない。「歴史定位」は一般市民が決めるもの。まずはよい政治をすることだ。

 小学2年生の女の子がコンビニでお菓子を盗み捕まったという記事が載っていた。単身の
母親は2人の子を抱え、7月から失業、家賃も払えず、追いたてを食っている。ろくに食事
もできずに職探しに必死で、もちろん娘も満足に食べていない。それで万引き。こんな世
の中を直すのが政治家の責務だろう。

 「棺を覆いて事定まる」という。馬総統の「歴史定位」は捕まった女の子やその母親た
ちが決める。(了)


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