2012.8.30 産経新聞【40×40】より転載
山田吉彦 東海大教授
尖閣諸島と台湾との距離は約170キロメートル。尖閣・石垣島間とほぼ同じだ。中国は「尖閣諸島は台湾の一部なので中国の領土だ」と主張している。この主張は意味をなさないが、東シナ海の安定の鍵は、台湾の動向にあると私はみている。
馬英九総統は、今月1日に「東シナ海イニシアチブ」構想を発表した。この構想は、東シナ海の情勢に関して日本との平和・互恵を柱に対話を継続し「対立行動の自制」「争議の棚上げ」「海洋資源の共同開発に向けたシステムの構築」などを目指すものだ。これは、明らかに日本へのラブコールである。現実に馬総統は、同時期に与那国島に無許可で接近した海軍の司令官を叱責した。しかし、日本政府は、このような台湾の意思表示にまったく対応していない。
日本国内では、台湾情勢に関する信頼できる報道が少ない。的確なのは、本紙の吉村剛史特派員の記事ぐらいだ。他のメディアは、台湾報道といいながら中国の視点から伝えられているものが多い。一部のメディアは、台湾が中国と共同で尖閣問題に対処するという臆測記事を流したがまったくのデマである。筆者は8月に台湾を訪問し、国会議員、学者、官僚などと意見交換をしたが、中国との共同展開などあり得ないとの見解であった。
かねて台湾は、東シナ海の日本海域内における漁業の許可を要望している。閣僚クラスと会談したときも、漁業さえ認めてくれれば尖閣問題には触れないと話していた。この考えは、馬総統の東シナ海イニシアチブにも表れている。しかし、すでに16回も行われた日本と台湾の漁業交渉には進展がない。これは、外交問題、領土問題、中台関係など日本の縦割り行政では解決しえない内容が包括されているからだ。
東シナ海南部では、日台の境界線付近でマグロの延縄(はえなわ)漁をめぐるトラブルが絶えない。そこで、一部、台湾漁民に日本海域内での漁業を認めるかわりに、日本側の主導で漁場でのルール作りを民間レベルで進めてはどうだろうか。東シナ海問題における政府の対応は、遅々として進んでいない。尖閣諸島を守るのも民間主導の方が近道のようだ。