2012年6月8日産経新聞より
平和安全保障研究所理事長・西原正
■南シナ海に学び「空白」を作るな
尖閣諸島をめぐる日中緊張は激化しそうな気配だ。南シナ海諸島をめぐる東南アジア複数国と中国との対立はさらに複雑で、日本にいい教訓を与えてくれる。
≪すきを突いて出てくる中国≫
南シナ海における最初の領土紛争は、1974年1月ベトナム戦争末期のどさくさに紛れて、中国が艦船と空軍機で、当時、南ベトナムが支配していたパラセル(西沙)諸島から同国兵を排除し、実効支配を始めたことである。ついで88年3月、中国がベトナム統治下のスプラトリー(南沙)諸島の赤瓜礁を攻撃し、ベトナム兵70人を殺害して実効支配下に置いた。
中国はこのように「力の空白」に乗じて実効支配を広げてきた。92年9月、米海軍がフィリピンから撤退すると、中国は同年11月には漁船に擬装した海洋調査船を多数派遣し、95年2月、フィリピンの排他的経済水域(EEZ)のパラワン島近くのミスチーフ環礁に軍事構造物を建設した。
≪素早く手打ったマレーシア≫
中国の動きに敏感に反応したのはマレーシアであろう。同国は85年に、ラヤンラヤン島(長さ約7キロ、幅約2キロの環礁)に人工島を造成し、滑走路とリゾートホテルを建設、海軍を常駐させた。2008年8月、ナジブ同国副首相がラヤンラヤン島を訪問し、翌年3月には、バダウィ首相が夫人、陸海両軍の司令官を帯同して同島の駐屯兵を慰問している。
これに不満を募らせた中国は、10年4月、「漁船保護」の名目で武装した漁業監視船「漁政311号」など3隻を派遣した。マレーシア軍は駆逐艦2隻、哨戒機を急派して対応したという。
中国の国家海洋局所属の「海監総隊」の「海監83号」が国営石油会社ペトロナスのガス田海域で資源探査をしていたとの疑いが生じると、マレーシアは、サバ州都コタキナバルに哨戒ヘリを配備する航空基地を設けた。
東南アジア諸国は、兵器の近代化によって中国に対抗しようとしている。11年の国防費は前年比にして、マレーシアは25・5%、フィリピンは37・6%、ベトナムは24・1%、インドネシアは10・7%の増強ぶりであった。これらの国が主として調達してきたのは潜水艦、対潜ヘリ、戦闘機、早期警戒管制機などである。例えば、ベトナムはロシアから潜水艦を6隻、フリゲート艦2隻、戦闘機20機を購入した。
中国の台頭、進出をにらみ、外交の舵を対米接近へ切ることも怠りない。10年7月にハノイで行われた東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)で、クリントン米国務長官と楊潔●中国外相が、南シナ海における「航行の自由」と中国の「核心的利益」をめぐり大論争をした折にも、ASEAN側はクリントン支持の発言をした。昨年11月にバリで行われたASEAN首脳会議でも同様の展開になった。
米国防総省が10年に出した「4年ごとの国防計画見直し」(QDR)では、東アジアの同盟国との関係強化以外に「インドネシア、マレーシアおよびベトナムとの新しい戦略関係の構築」をうたっている。ベトナム海軍は米海軍との合同演習をここ数年、毎年ベトナム沖で行っており、また米艦船をダナン港などに招いている。マレーシアも静かに米国との関係を強化していると伝えられている。
中でもフィリピンは米国に急接近している。11年11月には、クリントン長官がマニラ湾に停泊していた米艦船上で米比同盟の重要性を強調した。また今年4月には、スカボロー岩礁で中国漁船を拿捕(だほ)したフィリピン軍艦と釈放を要求する中国巡視船とが対峙(たいじ)していたとき、米比合同海軍演習をパラワン島海域で実施している。そして4月末には、海上安全保障の連携強化を目指す米比閣僚会議(2プラス2)が初開催された。(にもかかわらず、この間、中国はフィリピン産輸入果物の検疫を害虫発見を理由に強化し、中国人観光ツアーを相次いでキャンセルして、漁民の釈放を要求している)
≪日本がくみ取れる5つの教訓≫
こうみてくると、尖閣問題への教訓は5点に要約できる。
一、「力の空白」を作らない。海上保安庁、自衛隊による警戒、守りを怠らず、そして十分な装備を配備することが重要である
二、接岸およびヘリポートの施設を造って、自衛隊を常駐させ、同時に釣りなどの場とすること。時には首相のような要人が現地を訪れることが必要である
三、日米同盟の強化は言を俟(ま)たない。米国が尖閣を日米安保条約の適用範囲としたことは日本側に極めて有利になっている
四、中国の恐喝的報復への対応策を講じておく。また中国の脆弱(ぜいじゃく)点を予(あらかじ)め研究して、効果的に使えるように用意しておく
五、尖閣防衛の力をつけつつ、位負けせずに、武力衝突を避ける道を探る。ASEAN側が中国との間で協議してきた相互自制の行動規範なども参考になる(にしはら まさし)
●=簾の广を厂に、兼を虎に