台湾経済の最大の課題は内需拡大だ(2)[民進党主席 蔡 英文]

10月27日発売の「週刊東洋経済」(東洋経済新報社発行)が台湾の蔡英文・民進党主
席への単独インタビューを、「台湾経済の最大の問題は内儒不足。消費喚起策を」と題
して掲載している。日本のメディアが民進党主席としての蔡英文氏へのインタビューを
掲載したのは、恐らくこれが初めてではないだろうか。混迷の度を深める台湾の経済問
題から対日関係まで幅広く、かなり具体的に答えている。

 実はインターネットでもこのインタビューは掲載されていて、活字版は2ページだが、
それよりもかなり長い。同じ内容だが、刈り込まない分だけわかりやすい。そこで、こ
こではインターネット版から紹介したい。

 もちろん、本誌で紹介したからといって、蔡英文氏の主張に賛同している訳ではない
ことをご了承願いたい。本誌では先に、馬英九政権の行き詰まり状況に対して「ようや
く民間の勢力が動き出した。それが10月25日行われた民進党の反政権集会の参加者60万
人という数字によく表れている」と述べたように、李登輝元総統も同党主催の反政権デ
モへの参加を呼びかけ、民間が馬英九政権に対して明確に「ノー」と言いだし、ようや
く民進党や民間が動き出した状況を、よりよく理解するために紹介する次第だ。

 だから、先に「世界」11月号(岩波書店、10月8日発売)が馬英九総統への単独イン
タビュー「対中関係−争議を棚上げし、現実を直視する」を掲載したが、それと読み併
せてみるのも面白いだろう。

 この「週刊東洋経済」には、李登輝元総統が一昨年の12月3日発売の12月8日号から「長
老の智慧」と題したエッセイを5回にわたって寄稿したことがある。本誌でも全編を紹
介したが、本会ホームページでも掲載している。

・その1 台湾の基礎を築いた後藤新平 独自の精神性にこそ惹かれる
・その2 現実と仮想との混乱を憂う 最も重要なのは信仰心
・その3 アジアでは米中の覇権争い 日本は自信を持って行動を
・その4 有能な人間を特別部局に 試験だけに強い人材は無用
・その5 台湾はすでに一つの独立国 「新台湾人」が育ってほしい

 なお、インターネット版には小見出しが付していないので、編集部で付したことをお
断りする。また、長文なので2回に分けてご紹介したい。         (編集部)

■蔡 英文(さい えいぶん)
1956年生まれ。台湾大学法律学科卒業、米・コーネル大学法学修士、英・ロンドン政経
学院(LSE)法学博士。帰国後は経済部国際経済組織首席法律顧問、政治大学、東呉
大学で教授。90年代後期、当時の李登輝総統の顧問となり、李登輝・前総統が1999年に
提出した両岸「二国論」(台湾と中国は特殊な国と国の関係)の起草者といわれている。
民進党政権誕生後、行政院大陸委員会主任委員(大臣)に起用され、対中国政策を担当。
2004年に民進党入党、同年の立法委員(国会議員)選挙の比例代表制全国区で当選。2006
年に行政院副院長(副総理)。本年5月18日、民進党主席に当選就任。

■週刊東洋経済
http://www.toyokeizai.net/shop/magazine/toyo/detail/BI/a7555152ec84ae6ae91c89b2cdee9ee7/
*まだ書店にありますので、活字版もどうぞ。


【「週刊東洋経済」11月1日特大号(10月27日発売)第6171号】
*本誌掲載はインターネット版

台湾経済の最大の課題は内需拡大だ(2)

                              民進党主席 蔡 英文

 2008年1月の立法院(国会)選挙で大敗。さらに同年3月の総統選挙で、対抗馬の国民
党・馬英九氏に敗れ、政権の座を明け渡した台湾・民主進歩党(民進党)。1986年の結
党以来、台湾の民主化をリードしてきた民進党だが、8年間にわたる政権実績、特に経
済政策が支持されず、陳水扁前総統のスキャンダルも重なり、結党以来の満身創痍の状
態にある。

 そのいわば、結党以来の最大の危機に直面した民進党が、トップの主席に選んだのが
蔡英文氏だ。最大野党として、現政権の経済政策や中国、対日関係をどう見ているのか。
堅調だった台湾経済も世界経済の混乱を受け減速、現在の馬政権の支持率も急落してい
る。台湾にいま求められる政治・経済的課題は何か。蔡主席に単独インタビューした。

                       (聞き手:福田恵介 撮影:黄威勝)

■台湾領土の釣魚台は重要だが、日本との関係はさらに重要

 ——対日関係についてお聞きしたい。日本からすれば、外省人である馬英九総統は
「反日」というイメージがぬぐえない。総統選前にたびたび来日し、「反日」という誤
解はある程度解いたように思われたが、就任早々の尖閣諸島(釣魚台)問題で、「やは
り反日」との印象を日本政府に植え付けてしまった。

 政策については、政策を考える人と制定する人は別次元だ。政策そのものについては、
民進党と国民党の間に方向性での違いがなさそうに見えるかもしれないが、その程度で
違いがある。

 結局は人が大事。すなわち、対日関係に関する問題を思考する人、政策を執行する人
が重要だということ。彼らは、その成長の背景や教育の背景、文化の背景、社会の背景
が、その関係の重要性と本質の存在を理解するのに十分なものでなければならない。

 民進党が政権を担当していた期間、日本との関係が大幅に改善された。これは主に、
民進党が使った「人」が、日本の背景を理解し、日本の文化を理解していたからだ。政
策の制定者が日本の文化を理解し、日本の社会を理解していた。そのため、日本との関
係は非常に近くまで引き付けられる。

 国民党の表面的な政策は民進党とそれほど大きな違いはなく、馬英九総統が対日政策
を語る時にも民進党とたいした違いはないように聞こえる。しかし、彼の成長の背景を
理解する必要がある。さらに彼の政策のアドバイザーたちの成長の背景が、日本の社会
の問題や文化の背景をより深く理解するに足るものなのかどうか、これには大きな疑問
がある。

 民進党としては、日本との関係が非常に重要であることを理解している。しかも日本
は、少なくとも短期的に見て戦略的利益でわれわれと一致している。戦略的な角度から
見て、また文化的、社会的な要素の背景から見て、日本と友好的関係、協力的関係を維
持することは、最も良い政策的な選択肢だ。

 しかし馬英九政権の角度から見れば、たんにあいまいな概念で日本と良好な関係を維
持すると言っているだけだ。彼らはより深い戦略的な思考には入っていない。社会の連
結、文化の連結の角度からこの問題を見ていない。従って、政策は表面的には差が大き
くないように見えるが、実際の効果と執行は、おそらく大きな差が出てくるはずだ。

 われわれ民進党は少なくとも短期的に見て、戦略的利益は日本と一致している。また、
日本の社会とは親しく付き合うことが可能であり、日本の社会は友好的だと感じている。
われわれは8年間の政権担当期間中、日本との関係を大きく近付けるために本当に多く
の心と力を割いてきた。

 ——個人的に、日本との関係があれば、教えていただきたい。

 日本語を3年間勉強してみたことがある。日本語は私が最も得意な外国語ではない。
おそらく、あまり上手ではない外国語だろう。

 台湾は日本に統治された期間があり、日本が台湾を統治した期間について一定の評価
がある。つまり、日本人には誤りもあったが、台湾に対する貢献もあった。これは、わ
れわれが自ら体験したことであり、われわれは独自の評価を持っている。

 私の家族について言えば、日本との関係はまずまずだ。私はよく日本を訪れている。
観光したりあちこちを見て回ったりする。多くの台湾人と同じように、私も日本の文化
に対して強い興味がある。

 私は政治家となってからそれほど長くないので、日本の人脈は多くない。知り合いの
大部分が貿易交渉を担当していた時に知り合った貿易担当の官僚たちだ。ただ今は貿易
問題に従事していないので、こうした付き合いは続いていない。

 ——対日関係については、今後、どのような点を強化したいか。

 戦略面で強化したい。というのも、戦略全体の利益を共同で確認することは、台日関
係にとって最も重要な作業だ。この対話は継続中だ。テーブル上に限らず、多くの場合
は私的でテーブル上に表れないものだ。こうした対話は、われわれは継続して進めるし、
強化していく。

 日本政府はより積極的に台湾と対話を行うべきだ。特にこうした共通の戦略的利益の
確認は、重要な作業だ。アジアでは今後10〜20年、多くの変化が発生するだろう。こう
した変化の中で、台湾と日本はどの程度協力でき、互いに最大の利益を獲得できるかが
課題だ。

 日本では1年に1回、首相が交代しているが、政策あるいは対話のシステムにおいて
の連続性を希望している。また政府間の対話システムのほかに、政党間の対話システム
も非常に重要だ。1年に1回、首相が交代する状況の中で、政党というものが政府より
も政策面において重要な対話のシステムになっている。このため、日本の主要政党と連
続性のある対話を維持することを希望している。日本の政府、政党を問わず、民進党と
緊密な対話を保ってくれることを望んでいる。

 釣魚台の問題については、民進党が政権を担当して以来、非常に明確な政策がある。
釣魚台は台湾に属している、ということだ。釣魚台が台湾の領土だと主張している。

 しかし、日本も自分たちの領土だと主張していることは知っている。領土の主張の上
では衝突している。しかしこのことが短期内に解決できないのであれば、領土の概念か
ら導き出される経済利益について、共同で発展させることができるはずだ。この前提の
下で、相互に討論することが可能だ。領土の問題については、それぞれが各自に主張す
る。しかし領土の概念から引き出される経済利益は、双方が共同で享受する。これがわ
れわれの基本的な理念だ。

 しかし私は、釣魚台は非常に重要だが、台湾と日本の戦略的利益に関する共同での思
考はより重要だと考えている。

 漁業問題については、漁業利益は「共通利益の享受」の一環である。その前提で、日
本の漁民なのか台湾の漁民なのかを問わず、このエリア内での活動がどのような共同の
規範を受けるのかを明確に規定しなければならない。日本はこの点でより積極的になる
べきだろう。皆で話し合って規範を決めれば、衝突を減らすことができる。

■陳水扁政権の失敗に学ぶ民進党再生の具体策

 ——陳水扁政権がなぜこれほどスキャンダルにまみれてしまい、政権運営もうまくい
かなかったのか。民進党はそれをけん制できなかったのか。

 民進党は陳水扁総統が政権を担当していた期間、基本的に彼1人の指導に服してきた。
多くの人が自分の判断を放棄してしまった。この時期、政党としての民進党は、陳水扁
政権のシステムの中に吸収されてしまった。このため、民進党の存在が効果をなくして
しまった。

 今後、党には自分自身の思考、自分自身の運営が必要だ。つまり、われわれが政権を
担当する期間、政権運営に欠陥があれば、党がいつでも監督し、バランスを取ることが
できるようにするのだ。

 これまでの政権担当時期には、党が政府によって吸収されてしまった。政府の最高の
ポストは総統だ。このため彼1人の思考が、民進党全体の成敗に影響を与えたのだ。こ
れが将来、われわれが設計と運営において特に注意しなればならない点だ。

 現在、そのような党にするためにシステムを再建しているところだ。これまで、党は
選挙マシンにすぎなかった。これからの党は、民進党全体の支持者の核心だ。このため、
われわれは政策的思考を行い、組織を行い、政権党との間で攻防を進めなければならな
い。

 つまり、台湾主体意識の強い有権者全体の、あるいはそうでなくても少なくとも選挙
で民進党に投票した有権者の基本的な指導部となるべきだ。そのためには、党の機能を
強化しなければならない。在野勢力を指導する政党であるには、多くの人材が必要だ。
そして、一定の資源が必要だ。そうすることで、在野勢力を指導する核心としての機能
が発揮できる。

 ——陳水扁政権時代、なぜその理想を完全には実現できなかったのか。

 その方向に進めたが、完全に実現させることはできなかった。その原因は主に、われ
われにとって初めての政権担当だったことだ。正直、経験不足、人材不足だった。

 また、民進党は一度も立法院(国会)を掌握できなかった。このためわれわれが政策
を処理する際、しばしばボイコットを受けた。さらに、台湾の政治体制が改造されてい
なかった。現在の政治体制は、中国の「中華民国体制」を引き継いだものだ。何層にも
重なった非常に大きな政府の体制を、この小さな台湾に適用したものだ。この体制は、
小さな経済体にはふさわしくない。小さな政治体であれば、臨機応変の運用ができるは
ずだ。従って政府の改造は優先的に考慮すべきだ。

 ——党の改造のために、どこから着手しているのか。

 われわれには党綱領があるが、それぞれの時期に応じてさまざまな「決議文」によっ
て党綱領を解釈している。それぞれの時期の「決議文」は、それぞれの時期の必要を反
映させ、党綱領をどのように解釈するかという内容が盛り込まれている。民進党は非常
に柔軟性を持った政党だ。従って、党全体のシステムまたは体質を改造するのに、必ず
しも党綱領を調整する必要はない。ただ、こうした前提の下で、どのレベルで党綱領の
新しい解釈を表現する必要があるのか、これについてわれわれは思考しているところだ。

 従って、民進党に必要なのはこの党の組織体をより完全なものにすることだ。そして
より多くの人材をこの組織体に取り込み、より戦闘力のある組織体にしなければならな
い。これが最も重要なことだ、

 われわれとしては、各種の選挙で勝利することを希望している。それによって地方で
も中央の民意機関でも、より大きな力を発揮する機会を持つことができる。そのため、
人材が非常に重要だ。若い人材にさまざまな経験を積ませ、将来、政権に復帰した時、
十分な人材を使えるようにしたい。

 さらに、われわれは自分たちのすべての政策を検討する。政権運営時代の政策、それ
が党の基本的な価値とどれだけの差があるのか。これをどう調整していくのか。どのよ
うに調整すれば、現在の社会の需要に対応することができるのか。こうしたことに現在
着手している。

■「92年コンセンサス」と台湾の主権問題

 ——馬英九政権が中国との関係について採用しているのは、「92年コンセンサス(九
二共識)」、つまり「1つの中国、各自解釈(一個中国、各自表述)」の考え方だ。現
時点で、中国との関係を改善するにはこの考え方しかないのだろうか。

 国民党の認識は、「92年コンセンサス」を受け入れなければ対中関係の発展はないと
いうものだ。私はこれに同意できない。われわれは「1つの中国(一個中国)」原則を
受け入れてはいない。だが、双方には一定程度の対話があった。

 民進党政権時代、急進的すぎると見えるような動きも一部あったが、われわれは台湾
海峡両岸の安定を維持してきた。両岸間の関係を次第に正常な軌道に乗せていった。そ
のため、私は「1つの中国」原則あるいは「92年コンセンサス」を受け入れることが、
台湾にとって唯一の道だとは思わない。主権を犠牲にして平和の目的を達成するのであ
れば、その政府は能力がある政府だとはいえないだろう。主権を犠牲にすれば平和が得
られることは皆が知っているが、これは最も怠惰なやり方だ。

 主権を犠牲にしない状況の下で平和安定を維持することこそ、1つの国家の政府が行
うべきことだ。しかも彼らの「92年コンセンサス」は、国民党が伝統的に言ってきた「1
つの中国、各自解釈」よりさらに悪い。国民党が「1つの中国、各自解釈」が「92年コ
ンセンサス」だというのなら、なぜ「92年コンセンサス」を受け入れなければならない
のか。「1つの中国、各自解釈」を受け入れればそれでよいではないか。

 つまり、「92年コンセンサス」というのは、実際には中国の主張する「1つの中国」
原則に傾倒したものだ。中国は「1つの中国、解釈しない(一個中国、不表述)」とい
う立場だ。

 ——陳水扁・前総統の「それぞれ1つの国(1辺1国)」の主張は、中国側に受け入
れられなかった。

 われわれはこの問題を必ず解決しなければならないのだろうか。われわれは、台湾が
1つの国家であると主張している。われわれは、相手が台湾を1つの国家として承認し
てほしいと願っている。もし今のところ承認したくないなら、それはそれで構わない。
しかしそれで直ちに戦争が発生するとか、往来が断絶することを意味するものではない
のだ。

 つまり、世界にはただちに解決できない問題がたくさんある。しかし皆の共同の責任
は、この地域の安定を維持することだ。この地域の安定を維持するために、台湾だけが
代償を払わなければならないのでは不公平ではないか。これは皆の共同の責任ではない
か。米国や日本、さらにはすべてのアジア諸国の共同の責任ではないか。しかし主権の
上で代償を払っているのは台湾だけだ。他の国は代償を払っていない。
                                    (了)



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