私ども日本李登輝友の会は、文化交流を主とした日本と台湾の新しい関係を構築することを目的として活動している民間団体です。数年前から、百科事典や中学校の社会科地図帳などで台湾を中国領としたり、日本が台湾を中国に返還したというような見過ごしがたい誤記を訂正する活動を展開しています。
特に今年度は中学校教科書の検定年に当たり、「学習指導要領」を定めて教科書検定を司る文部科学省には、ぜひこれらの誤記を訂正し、日本の将来を担う中学生に正しい知識を提供していただきたく、ここに訂正要望書を呈する次第です。
そこで次に、中学校の社会科地図帳は現在、帝国書院の『新編中学校社会科地図初訂版』、東京書籍の『新編新しい社会科地図』の二冊が使用されていることから、この二冊のどこが誤記なのかを指摘します。
帝国書院の『新編中学校社会科地図初訂版』(平成十七年三月三十日検定済)
【誤記1】
一八頁、二〇頁の地図のなかで、台湾と中華人民共和国の間に国境線が引かれておらず、台湾の太平洋側に国境線を引いて、台湾が中華人民共和国の領土に組み込まれた表記をしています。
周知のように、我が国は、昭和二十七年(一九五二年)四月発効のサンフランシスコ平和条約において台湾に関する主権を放棄しました。しかし、その後、台湾がどの国家に帰属するかについては一切取り極められていません。
また、昭和四十七年(一九七二年)九月の「日中共同声明」において、中華人民共和国政府は「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する」とする一方で、日本国政府は「この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重」するとし、台湾が中華人民共和国の領土であるとは承認していません。アメリカやイギリスも、台湾を自国領とする中華人民共和国の主張をアクノレッジ(認識する)という立場で、決して承認はしていません。
そもそも我が国は、サンフランシスコ平和条約において台湾に対する領土的処分権を喪失しているため、台湾を中華人民共和国の領土と承認する権限はなく、そのため「台湾の領土的な位置付けに関して独自の認定を行う立場にない」というのが政府の公式見解です。
したがって、台湾を中華人民共和国の領土とすることは日本政府の見解に悖る表記であり、現に中華人民共和国が台湾を領有している事実がないことに照らせば、地図帳のように台湾を中華人民共和国の領土とすることは誤りです。
【誤記2】
二一頁から二二頁の「中国の資料図」における七つの中国地図は、いずれも台湾を中国の領土として描き、『中国地図集』や『中国統計年鑑』など中華人民共和国が発行した資料を基に作成しているようです。
しかし、これは台湾を中華人民共和国の領土と承認していない日本政府の見解に悖る表記であり、台湾は中華人民共和国の領土でない以上、台湾を自国領と主張する中華人民共和国が発行する書籍に掲載された図版を日本の中学生が学ぶ地図帳に転載して使用することは、誤った認識を与えますので、このような資料の使用は検定で極力制限すべきです。
【誤記3】
一二九頁の「統計資料」において、二十七番目に中華人民共和国の統計が出ていて、国土面積を九六〇(万k!))と表記しています。
しかし、帝国書院の中学校地図帳の昭和三十八年版では中華人民共和国と中華民国を共に国名とした上で、中華人民共和国の面積を九五六一(千k!))、中華民国の面積を三六(千k!))と表記し、同四十七年版では中華民国は島名として台湾とした上で、中華人民共和国の面積を九五六一(千k!))、台湾の面積を三六(千k!))と表記しています。そして、昭和五十六年版では中華人民共和国の面積を九五九七(千k!))と表記し、「中華人民共和国の人口・面積・人口密度には台湾を含む」と注釈を付しています。
つまり、中華人民共和国が昭和五十六年までに台湾の国土面積に匹敵する領土を獲得した事実はない以上、現在の九六〇(万k!))という表記に台湾の面積が含まれていることは明らかであり、台湾を中華人民共和国の領土の一部と表記していることになります。しかし、台湾が中華人民共和国の領土でない以上これも誤りであり、正確に「九五六(万k!))」と表記すべきです。
東京書籍の『新編新しい社会科地図』(平成十七年三月三十日検定済)
【誤記1】
帝国書院と同様に、一二頁、一四頁の地図のなかで、台湾と中華人民共和国の間に国境線が引かれておらず、台湾の太平洋側に国境線を引いて、台湾が中華人民共和国の領土に組み込まれた表記をしていますが、先に述べたような理由で、これは誤記です。
【誤記2】
一二頁の図版「アジア各国の独立」の中で、日本の領土だった台湾について「1945 中国へ返還」と表記しています。しかし、日本が一九四五年に中国へ台湾を返還していたら、どうしてその後のサンフランシスコ平和条約で台湾を放棄できるのでしょうか。平和条約締結の時点まで、法的に台湾が日本の領土と国際的に認められていたからこそ「放棄」が成立するのであり、「返還」した領土を「放棄」することはあり得ませんので、これも明白な誤りです。
また、四七頁の「国土の変化」では、「1951年9月サンフランシスコ平和条約による」「日本が放棄した地域」として朝鮮半島や台湾が黄土色で描かれています。しかし、同時に「台湾 中国へ返す」とも表記されています。これでは台湾は「日本が放棄した地域」なのか「中国へ返」したのか、判然としません。この表記も、日本は台湾を中国へ返還した歴史事実がない以上、「日本が放棄した地域」のみの表記で十分であり、「台湾 中国へ返す」という表記は重大な誤りです。
【誤記3】
一四頁の図版「中国の行政区分」で、台湾が中国の領土として表記され、これは中華人民共和国発行の「中華人民共和国行政区画簡冊 一九九九年版」に掲出された行政区分を転載したと出典名が付されています。
しかし、これも帝国書院の「誤記2」で指摘したように、台湾を中華人民共和国の領土と承認していない日本政府の見解に悖る表記であり、台湾は中華人民共和国の領土でない以上、台湾を自国領と主張する中華人民共和国が発行する書籍に掲載された図版を日本の中学生が学ぶ地図帳に転載して使用することは、誤った認識を与えますので、このような安易な資料の転載は検定で極力制限すべきです。
【誤記4】
一五頁から一六頁の「中国の主題図」における「!)中国の地形」をはじめとする九つの中国地図は、いずれも台湾を中国の領土として描き、『中華人民共和国地図集』など中華人民共和国が発行した資料を基に作成しているようです。
しかし、これも帝国書院の「誤記2」で指摘したように、このような資料の使用は検定で極力制限すべきです。
【誤記5】
一二五頁の「!)世界の国の人口、文化、産業、日本との貿易(1)」において、二十七番目に中華人民共和国の統計が出ていて、国土面積を九六〇(万k!))と表記しています。しかし、帝国書院の「誤記3」で指摘したように九六〇(万k!))という表記に台湾の面積が含まれていることは明らかであり、台湾を中華人民共和国の領土の一部と表記していることになりますので、これも誤りであり、正確に「九五六(万k!))」と表記すべきです。
【誤記6】
一二七頁の「世界の大都市の人口」において、中華人民共和国の都市名として「タイペイ(台北)(台湾)(1999年)」と表記しています。これは明らかに台北市を中華人民共和国の都市名の一つとしていますので、重大な誤りです。
【誤記7】
裏表紙に中華人民共和国の地図が黄土色で描かれ、この地図には台湾も同じ黄土色で描いていて、台湾を中華人民共和国の領土としていますので、これも誤りです。
以上、帝国書院と東京書籍の地図帳の誤記を指摘いたしました。このような指摘は本会だけが為すところではなく、最近の国会でも取り上げられています。
去る五月十九日に開かれた衆議院外務委員会において、岡田克也外務大臣、武正公一外務副大臣、文部科学省から中川正春副大臣が出席する中、中津川博郷議員(民主党)が出席者に中学校地図帳のコピーを配布し、問題の台湾表記について、「台湾の東側、太平洋側に国境線を引いて、台湾を中国領としている」など、これまで本会が指摘してきたような誤記例を挙げて質問、「日本がまるで台湾を中国の領土であることを受け入れているかのような対応、印象を与える」「こんな地図を見たら、台湾というものは中国のものだと思われる」との感想を述べつつ、外務省に「日中共同声明」についての見解を質しました。
それに対して、武正外務副大臣は「中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重しているが、これを承認するとの立場ではない」と答弁、日本は台湾を自国領と主張する中華人民共和国の主張を「承認していない」と言明しています。
つまり、台湾を中華人民共和国の領土として表記することは、日本政府の見解に悖る措置であることは明らかであり、早急に訂正されるべきです。
また、「義務教育諸学校教科用図書検定基準」では「未確定な時事的事象について断定的に記述していたり、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げていたりするところはないこと。」「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること。」と記していることに鑑みても、台湾を中華人民共和国の領土と表記し、日本が台湾を中国に返還したとする記述は「一面的な見解」であり、「必要な配慮」がなされていないことが明らかである以上、早急に訂正されるべきです。
今年度が中学校教科用図書の検定年に当たることから、文部科学省は長年に亘って多くの誤記がある地図帳を合格させてきた検定姿勢を改め、今年度検定でこれらの誤記を訂正し、日本の将来を担う子供たちに正しい知識を伝えるよう要望いたします。
なお、先の衆議院外務委員会において、中川文部科学副大臣は「外国の国名の表記は原則として、外務省編集協力の中の『世界の国一覧表』というものがあるんですけれども、これによって表記をすることというふうに決めております」と答弁しました。しかし、『世界の国一覧表』は二〇〇七年版まで発行され、二〇〇八年版以降は発行されていません。そこで文部科学省は「義務教育諸学校教科用図書検定基準」で「(2)外国の国名の表記は、原則として外務省編集協力「世界の国一覧表」によること。」を「(2)外国の国名の表記は、原則として外務省公表資料等信頼性の高い資料によること。」と、平成二十一年三月四日付で改訂しています。
ついては、中川文部科学副大臣の答弁は誤りであり、この答弁の訂正も地図帳の誤記訂正と併せて要望いたします。
川端達夫文部科学大臣におかれてはご多忙のことと存じますが、この要望へのご回答は書面にて速やかにお願い申し上げます。
平成二十二年七月二十一日
日本李登輝友の会
会長 小田村 四郎
文部科学大臣
川端 達夫 殿