安倍外交、台湾攻撃阻止に布石 [産経新聞論説副委員長 矢島 誠司]

昨日、安倍首相が辞意を表明した。青天の霹靂、寝耳に水とはまさにこのことだ。健
康上の問題が大きかったとも言われているが、このような身の引き方は真に残念である
しか言いようがない。誰よりも首相自身が口惜しかっただろう。記者会見ではその無念
がにじみ出ていた。

 特に台湾問題に携わる関係者には、安倍首相が「主張する外交」を展開し、中国との
関係改善を実現しつつ、中国に対して言うべきことは言ってきたその姿勢が、日台関係
に直結していただけに落胆は大きい。「戦後レジームからの脱却」とは、不自然な日台
関係を正常化する意図も込められていたのである。

 先に、日本政府が台湾の国連加盟申請不受理に異例とも画期的とも言うべき「不適切
申し入れ」をしたことを伝えた際に「今回、日本政府は非常に大事な措置を敢行した。
安倍首相だからできた措置であり、中国もこれには口出しできない。これは安倍首相が
進める『主張する外交』の典型的事例となろう」(9月8日発行、第607号)と書いた。

 安倍首相が辞任したとて、この評価は変わるものではない。産経新聞の矢島誠司・論
説副委員長も同様の視点でこの「申し入れ」措置を評価している。「SANKEI EXPRESS」
から紹介したい。                   (本誌編集長 柚原正敬)


安倍外交、台湾攻撃阻止に布石 矢島誠司
【9月12日 SANKEI EXPRESS 地球随感】

 「職を賭して…」などと首相がいわざるを得ないほど、国内政治では苦難続きの安倍
内閣だが、外交面では重要な布石を着々と打ってきている。

 布石はその一手だけをみれば小さなものだが、いずれ将来の歴史を左右する。もっと
も、その布石が常に正解とはかぎらないので要注意ではある。

 先週9月7日付(一部地域では8日付)の産経新聞が報じた次のニュースもそんな重要な
布石の一つであった。

 「日本の国連代表部が、台湾の国連加盟申請を不受理とした国連事務局に対し、『台
湾に関する地位認定の解釈が不適切だ』とする異例の申し入れを行っていた」というも
のだ。

 日本が「不適切だ」と指摘した国連事務局の「台湾の地位に関する解釈」とは、潘基
文(パンギムン)・国連事務総長(63)が台湾の申請を退けた際に言ったと伝えられる
「台湾は中華人民共和国の一部」だとする解釈のことを指しているものと思われる。

 報道によれば、この申し入れは8月に「米国に続いて行われた」という。

 これがなぜ重要な布石かといえば、日米が台湾の国連加盟を支持することにつながる
ということではなく、中国による台湾への武力行使を防ぐ一手になり得るからである。

 潘事務総長の台湾の地位に関する解釈を認めてしまえば、「中国の一部である台湾の
独立反乱分子への武力使用」ということで中国の台湾攻撃を正当化してしまいかねない。
事務総長の解釈はそれほど危険、と日米は判断したのだろう。

 台湾の陳水扁(ちんすいへん)総統(56)は7月19日、今年初めて「台湾」名義での国
連加盟申請を潘事務総長に提出した。それまでは「中華民国」という名義で、1993年以
来14年連続で国連へのいわば復帰加盟申請を続けてきたが、今回は復帰ではなく、新規
加盟という申請をしたことで、台湾の国連加盟問題は新たな段階を迎えたといえる。

 この申請に対し、潘事務総長は7月23日、国連における中国の代表権を中華人民共和国
に与えた1971年の国連決議2758を不受理の根拠とし、さらに「台湾は中華人民共和国の
一部」だとする台湾の地位認定に関する解釈を述べたとされる。

 これには陳総統も、「国連決議2758は中華人民共和国に台湾国民の権利を代表する権
利を与えていない。台湾が中華人民共和国の一部とも言及していない。国連事務局に加
盟審査をする権限はない」とする抗議書簡を事務総長に再送した。

 日米とも、日中共同声明や米中上海コミュニケなどで中国の主張を尊重する姿勢を示
しているが、台湾が中華人民共和国の一部であると認めたことは一度もない。日本の政
府答弁書でもそうなっている。

 米国の「一つの中国」政策も「単にアメリカは一つの中国政府しか認めないという意
味にすぎない。直視すべき現実は台湾海峡を隔てて異なる2つの国家が存在することだ」
とジョン・タシク元米国務省中国首席分析官は著書『本当に「中国は一つ」なのか』
(草思社)などで述べている。

 台湾が中国の一部でないのなら、中国の台湾への武力攻撃は重大な国際法違反となる。
今回の申し入れは、「台湾は中国の一部」とする中国にクギをさすものともなった。

 安倍政権は中国との関係改善を実現しつつ、中国に対して言うべきことは言うという
姿勢を見せた。「主張する外交」とはこういうことだろう。(論説副委員長)



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