アンディ チャン
シンガポールで行われた中台首脳会談、いわゆる馬習会の結果につ
いていろいろな評論が出ている。これまでの評論は中国と台湾(中華
民国)と言う立場で書かれているが、台湾人の立場が欠けている。台
湾人は馬英九の「売国発言」に反対である。
台湾は中国の領土ではない。つまり馬英九は「台湾に巣食っている
中華民国亡命政府」の代表であっても「台湾の土地と台湾人を代表
する」権利はない。馬習会の得失とはどんなものか、中国、中華民
国と台湾の三方面から考えてみたい。
●「世紀の握手」とは中華民国の降伏だった
シンガポールの馬習会で馬英九と習近平が81秒の長い握手をした。
諸国の報道ではこの握手は蒋介石と毛沢東の「蒋毛会談」の握手か
ら66年ぶりの歴史的握手であると書いたが、実は中華民国政権が中
国共産党政権に降参した握手である。
重慶会談で蒋介石と毛沢東が握手したのは1945年であり、今年から
数えて70年目である。メディアが「66年ぶり」と書いたのは、国
民党政府が台湾に亡命した(つまり蒋介石が中国大陸から追い出さ
れた)1949年から数えて66年目である。つまり中華民国が中国大
陸から追放されてから66年ぶりの再会と握手だから「歴史的握手」
とは中華民国の代表馬英九が中国の習近平に降伏した握手である。
台湾は中国の領土ではない。だから馬英九が勝手に台湾の土地を売
ったと抗議するのは理屈に適っているが、中華民国が降伏したのな
ら台湾人民が抗議することはない。中華民国を追い出すチャンスで
ある。
●馬習会の結果
馬習会で習近平は「92年コンセンサス」(92共識)により台湾海峡
の両側は一つの中国であり、台湾独立を許さないと述べた。つまり
台湾は中国の領土であることを強調した。馬英九は「92共識」によ
り、海峡の両岸は同じ中国に属し、両岸の和平発展を強調した。こ
の結果は前からあった陳腐な「海峡両岸は一つの中国」を述べた同
工異曲である。
しかし「92年共識」は存在しない。92年に中華民国側の海基会(海
峡交流基金会)と中国側の海協会(海峡両岸関係協会)が会談を行
った際に、中国側は「台湾は中華人民共和国の一部である」と主張
し、中華民国側は「台湾は中華民族の土地であり、台湾の中華民国
政府が中国を代表する」と主張し、双方の合意はなかった。
2000年になってから台湾の行政院大陸委員会の蘇起主任委員がこの
協議の結果を「92共識」と呼んだ。実際、当時の総統、李登輝氏は
合意があったとの報告は受けていないといい、香港協議に出席した
当時の海峡交流基金会理事長の辜振甫氏自身が合意の存在を認めて
いない。つまり92共識はウソである。
92年の協議で中華民国は「台湾と大陸は中華民国の領土」を主張し、
中国は「大陸と台湾は中華人民共和国の領土」と主張している。つ
まり「中国」とは中華民国なのか、中華人民共和国なのか、今でも
合意はない。馬習会で馬英九は「中国は中華民国であると言わなか
った」ので実質的降伏と言われたのだ。
●馬習会、習近平の意図と結果
馬習会は中国の習近平が提起したものである。中国の目的は何か。
第一は、台湾の総統選挙で國民黨に有利な影響を与え、在台中国人
が台湾において優勢を維持すること。しかし、今のところ国民党に
勝算はないし、多くの評論が示すように中国の介入が逆効果になっ
ている。馬英九は売国奴と呼ばれ、民意調査では逆に民進党の蔡英
文の人気は3%あがって46%、国民党の朱立倫は20%を大幅にリー
ドしている。国民党に勝ち目はない。もっと大きな問題は立法委員
の選挙で国民党が過半数を取れないことだが、馬習会は逆効果で国
民党が3分の1を取れないかもしれなくなった。
第二は、92共識を中台交渉の「架け橋」とし、民進党に一つの中国
を強制的に承認させること。たとえ蔡英文政権になっても「一つの
中国」を中台交渉の条件とさせる意図である。馬英九が「架け橋」
作ったら退任後も影響力を維持できる。しかし台湾人は一つの中国
を認めない。逆に馬英九が92共識を強調したことは売国行為である
として売国奴、通敵罪で告訴すると言われている。蔡英文は92共識
のウソを認めず「一中一台」で交渉するだろう。
第三は、サービス貿易協定の締結と中台間の入国手続きの簡素化な
どで台湾に影響力を維持すること。サービス貿易協定は台湾人が極
力反対している。馬英九が強引に協定を結べば再びヒマワリ学生運
動が起きる。
第四は、中華民国はスプラトリー群島に太平島と呼ぶ島の主権を主
張しているから、南シナ海問題で中国と合作してアメリカと東南ア
ジア諸国の「南シナ海の領土問題」に反対すること。スプラトリー、
パラセル諸島は日本が「新南群島」と呼んでいた島々で、サンフラ
ンシスコ講和条約で日本が主権を放棄したが主権の所有を明らかに
していない島々である。台湾人は太平島問題よりも米国との関係を
維持する方が大切だ。
第五は、台湾をAIIBに招致して中国経済に援助すること。台湾は
AIIBよりもTPP参加を要求している。馬英九政権の8年で台湾の経
済は大幅に衰退した。過去8年の経済成長は1%で大卒のサラリー
は10年後退したと言われる。
●大中華思想と中国人第二世代
結論として中国と中華民国が馬習会で得たものよりも失ったものの
方が大きかった。台湾人の独立意識が高まった。台湾生まれの中国
人第二世代にも台湾意識が普及した。
習近平は中華民族を強調して台湾独立反対、中台統一を推進するつ
もりだった。しかし中国人第二世代は中華思想よりも台湾の民主、
人権を歓迎し、台湾は生まれ故郷、「愛台湾、反統一」となった。
馬習会で92共識を強調したのは逆効果で台湾アイデンティティが
「台湾共識」となった。この結果は来年一月の選挙で明らかになる
だろう。