【論文】台湾建国こそ李登輝元大統領の目標

台湾建国こそ李登輝元大統領の目標

多田恵(日本李登輝友の会理事)

日本李登輝友の会の総会で、某理事(ここではI 氏と呼ぶ)が、
同会が推進している正名運動は、李登輝元大統領の考えに
沿ったものなのかと質した。本稿はこれについて検討するもの
である。

まず第一に指摘したいのは、李登輝元大統領は2003年の台
湾正名運動大規模デモの総召集人だったのである。

I氏が配布していた文書で主張しているのは「修正的中華民国
在台湾論」である。台湾の李登輝学校の出している雑誌(
2006年8号)に掲載されたその内容で、ここで問題にする部分
は、その骨子の次の部分である。

「(1)1945年、蒋介石が台湾に進駐し、その統治が開始さ
れることによって、台湾・澎湖諸島・金門島・馬祖島が『中華
民国』の領土の一部となった」

「(2)1949年、中華人民共和国が大陸部分のみを領土とし
て(それまで大陸及び台湾を領土としていた)中華民国から
分離独立した。」

「その中華民国は1996年の総統選によって台湾共和国に
成り代り、それに伴って主権独立国家たる地位もその共和
国に継承された。」

これは、「台湾が中国に領有されたあと中国が分裂した」、と
いう見方であって、中国国民党や中華人民共和国の主張と同
じである。中国国民党や中華人民共和国は、台湾は「中国」
のもので、内戦によって分裂していると主張している。

この論の問題点は、中国の正統政権の地位を、中国国民党
と中国共産党が争っている という構図になり、中国が台湾侵
略に際して「国内問題」だと主張する口実を与えるものである。

また、事実関係についても、(1)の事実は無い。1952年発
効のサンフランシスコ条約で日本が台湾に関する権限を放棄
したのである。したがって、上の論が、台湾と中国が同一の
国家を構成していたとする1945年から1949年において、
中国は台湾に関する権限を取得してはいない。

(2)は、あくまで一つの可能な見方であって、中華人民共和
国も「中華民国」もそれを認めていない。「内戦」モデルによる
武力侵攻を招いてしまう大変危険な論であると言わざるを得
ない。

国家の三要素は、領域と国民と主権である。「中華民国」は
1949年にその領域をほぼ完全に失った。そして 、すでに60
年が経ち、中国に併呑される以外には、「回復」する見込みは
ない。民主国家台湾が中国を併呑するために血を流すという
のは考えづらい。「中華民国」は、サンフランシスコ講和条約
以前に、国家としての実態を失っていたのである。

一方、台湾は、サンフランシスコ講和条約によって、日本から
分離され、独自の領域となったのである。したがって、国家
台湾はこのときに胚胎した。しかし、領土に台湾を含まない
中華民国憲法や、すでに中華人民共和国乗っ取られた「中華
民国」の国名を用いていたのでは、主権を主張することが出来
ない。したがって、李登輝元大統領が主張している台湾憲法
制定が必要なのである。

なお、李登輝学校の雑誌に論が掲載されたことは、検討に値
する主張であると言うだけであって、必ずしも、絶対的に正しい
と認められたわけではないだろう。

また、I氏は、参考資料として、漫画『台湾論』(2000年)で紹
介されている李登輝元大統領の言葉、「中華民国在台湾」「台
湾中華民国」、また漫画「新・ゴーマニズム宣言」(サピオ
2009年11月11日掲載)で紹介されている「なにも台湾は独
立を宣言する必要はない。中華民国を台湾化すればいい」とい
う言葉を紹介している。

「中華民国在台湾」は、「中華民国」ではない。つまり、「中華
民国在台湾」という言い方は、台湾は中華民国ではないという
ことを含意しているのである。実務派で知られる李登輝元大統
領のことであるから台湾の情勢に合わせて、一歩一歩、「台湾
の民主化」を 進めているのだ。そしてこの「台湾の民主化」の
内実をよく観察されたい。

また、「中華民国を台湾化する」という表現を、法的に見たらど
う解釈できるか考えられたい。ここでいう「中華民国」は、国家
ではなく、「中華民国体制」のことである。李登輝元大統領の、
この言葉は、台湾を台湾として、しっかりした国家に整備するこ
とを別の言い方で表現しているにすぎない。李登輝元大統領
のまなざしは、台湾憲法の制定も見据えているのである。

このように「中華民国」という言葉は、中国に1949年まで存在
していた国。蒋介石の政府。台湾を支配している体制。台湾に
関する間違った国名など、さまざまな意味合いで用いられるの
であるから、内実を確かめなければ、議論が空回りしてしまう
のである。

実際、I氏自身も上記文書の(1)で次のような誤りを犯している。
「1945年…台湾・澎湖諸島・金門島・馬祖島が『中華民国』の
領土の一部となった」としているが、金門島・馬祖島はもともと
中華民国領土であって、台湾及び澎湖諸島と由来が異なって
いるのである。これは、「中華民国」が何を指しているか十分に
検討せずに論を進めているための誤りではないか。

参考までに、最近までの李登輝元大統領の関連発言を紹介する。

1.2003年9月6日、台湾での正名運動大規模デモの総召集
人を務めた李登輝元大統領は、「いまの『中華民国』は正常な
国家ではなく、領土もなく、ただ国名を台湾にかぶせているだけ
である。中華民国はすでに消え去っているのだ。」と語り、(民
進党)政府の改革に協力して台湾主権を主体とする国家を建設
するよう呼びかけた。いつの日か、私たちの国家の本当の名前
「台湾」を唱えることが出来ることを望む、と表明した。
(自由時報2003年9月7日 http://www.libertytimes.com.tw/2003/new/sep/7/today-t1.htm

2.「2012年(の大統領選挙)に能力がある人が出てくることを
期待する。それでこそ転機が訪れ、政治制度を変え、台湾自身
の憲法を持つことが出来る。そのとき中華民国はなくなり、台湾
共和国を立てることが出来る」(自由時報2010年10月27日)。

3. 「 台湾が直面する問題の解決は、…日本との関係、アメリ
カとの関係、そして中国との関係における台湾の態度を明確に
させたうえで「台湾憲法」を出す。同時に、国名も「中華民国」か
ら「台湾」に変える。」(『WiLL』2011年2月号、p.44)

4.台湾の政治状況を日本の明治維新期における大政奉還にな
ぞらえ(自由時報2011年3月17日)、台湾の政治状況を中華
民国体制から台湾人民が主権を回復する過程だと捉えているの
ではないかと解釈されている。

5.「台湾の憲政にはまだ解決しなければならない問題がたくさ
んある。あらためて「台湾基本法」を制定すべきだ」;「名目的に
は中華民国という国名を何度も言っているが、世界では中華民
国はほとんど存在していない。だから『正名運動』が、今後、重
要なことになってくる。台湾人民とリーダーの国家アイデンティ
ティーおよび主体的な認識を強化すべきであり、これが台湾の
二十 一世紀における極めて重要な課題である。」(自由時報
2011年3月22日)

6.「台湾には民主制度があるが、正常な国家ではなく、主体意
識が確立できず、民主改革への反動者が国家装置をいまだに
掌握し、台湾主体意識を捻じ曲げて、民主の発展を抑圧してい
る。みんなが団結し自信を持ちさえすれば、台湾は必ず憲法制
定、正名という目標を実現できる。」と呼びかけた。また、「これま
での憲法修正は、制約の中で進むための便宜的措置に過ぎな
かった。中華民国憲法を凍結し、憲法修正条文を定めたが、新
憲法制定によって一気に目標を達成することが出来なかったこ
とは、非常に不満であったが、当時の政治環境ではやむをえな
かった。」と語り、最終目標が、憲法制定・台湾正名であること
を示した。

また、I氏は李登輝元大統領が蒋介石を肯定しているという見方
を示した。I氏が総会当日に(一部に)配布した資料には、漫画
『台湾論』の李登輝元大統領の考えとして紹介された、「蒋介石
と蒋経国という二代にわたる偉大な先人の存在がなければ…台
湾はとうの昔に中国共産党に支配されていたに違いない」という
箇所が添付されている。

歴史は、正しいか間違っているか、一概に言うことはできない。
歴史の事実には、よい側面も悪い側面もあったであろう。『台湾
論』が描かれたのは民進党がはじめて政権を取った年である。
少数与党として、国民党から首相を任命するなど、中国国民党
からの協力が必要であった。蒋介石や蒋経国が台湾人に対し
て行った悪行は、今や誰でも知るところとなった。しかし、李登
輝元大統領は、自らを抜擢し、活動の場を与えた人物を悪く言
うことはしなかった。これが李登輝元大統領の品格である。そし
て、蒋介石は確かに悪いが、いまや、中国に台湾を売ろうとし
ている在台シナ人に比べれば、ある意味では、ましということが
出来るかもしれない。李登輝元大統領が、蒋介石を積極的に
評価していると見るべきか、疑問があるのではないか。

なお、4月に刊行された王育徳 (著)『「昭和」を生きた台湾青年
日本に亡命した台湾独立運動者の回想 1924-1949』では、李
登輝元大統領が、台湾独立運動のリーダー・王育徳先生を訪ね
ていたことが明かされている。李登輝元大統領は、票欲しさのた
めに「独立」という言葉を振り回して、これから進めようとする国
造りに無用の障害を招くような浅はかな人間ではない。いかにし
て、事実上の独立を確固たるものにするか心を砕いておられる
のである。台湾独立の理念を宣伝し、台湾の人民や世界に準備
をさせることも必要で崇高な働きであるが、李登輝元大統領は、
「中華民国体制」の中にいて、そして今は外にいて、中と関わり
つつ、事実上の独立を確固たるものにするときの障害を除去しよ
うと努められてきたのではないか。こうして李登輝元大統領と独
立運動家は、内と外から、台湾を建設 しているのである。李登
輝元大統領の目標が台湾人民の国家建国であることは、これら
の行動を見れば明らかである。


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