西太平洋進出狙う中国
日台結ぶ島嶼線が要害に
平成国際大学教授 浅野和生
本年秋、中国共産党第19回全国代表大会が開催される。「中華民族の偉大な復興」を掲げた習近平が総書記に再選されれば、あと5年でその「中国の夢」を完成させようとするだろう。そして、「中国の夢」は、西太平洋の悪夢となるかもしれない。
1936年3月7日、ドイツ軍がベルサイユ条約を破ってラインラントに進駐を開始したとき、フランスもイギリスも国際連盟も、ドイツの条約違反を批判したが、具体的な対抗措置をとらなかった。
ドイツ軍の電撃作戦の生みの親、装甲軍団長ハインツ・グデリアンは後年、「もし、36年にフランス軍がラインラントに進軍すれば、我々は敗北し、ヒトラーは失脚していただろう」と述べた。ヒトラー自身「ラインラントへ兵を進めた後の48時間は私の人生で最も不安なときであった。もし、フランス軍がラインラントに進軍してきたら、貧弱な軍備のドイツ軍部隊は、反撃できずに、尻尾を巻いて逃げ出さなければならなかった」と述懐している。
次いで38年9月29日、チェコスロバキアのズデーテン地方の帰属問題を解決するため、英、仏、伊とドイツの首脳がミュンヘン会談を持った。当時、対独宥和《ゆうわ》政策を掲げた英仏首脳は、これ以上の領土要求を行わないことを条件に、ヒトラーの要求を受け入れ、9月30日、ズデーテン地方は「平和裏」にドイツに併合されることになった。しかし、ドイツはこれに満足せず、翌年3月にはチェコスロバキアを解体、さらに9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵攻して、第2次世界大戦の火蓋《ひぶた》が切って落とされた。ドイツとの戦争回避を優先した英チェンバレン首相の宥和外交の結末は、平和ではなく史上最悪の世界大戦となった。
ところで2017年の世界では、南シナ海に中国が進出、サンゴ礁を埋め立て、西沙(英語名パラセル)諸島の永興(同ウッディー)島に3000mの滑走路を建設するなど、島々の中国軍事基地化が進んでいる。さらに、中国は尖閣諸島の日本の領有権を脅かし、海軍艦艇を沖縄、宮古島を超えて遊弋《ゆうよく》させている。その中国の意図は、南シナ海、東シナ海の聖域化であり、米海軍艦艇の接近阻止、領域拒否戦略の実践である。
つまり、「中国の夢」は、アメリカと太平洋を二分して、アメリカと並ぶ大国となることであり、さらにはアメリカを凌駕《りょうが》することである。中国は、そのために台湾の併呑《へいどん》を進め、西太平洋への進出を図ろうとしているのだが、来る共産党大会で総書記再選を目指す習近平は、今年さらに実績を積もうとするかもしれない。
これに対して、日本はもとより欧米各国は、世界第2の経済大国との関係を重視し、経済への影響を懸念して衝突を避けようとし、中国の南シナ海での行動を容認している。つまり、日米その他良識派は、対中宥和外交を採っているのである。80年前のドイツのラインラント進駐、ミュンヘン会談は歴史の鑑《かがみ》にならないか。
トランプ米新政権のアメリカが、いかなる外交、防衛政策をとるかは予断を許さないが、明らかなことは、トランプ大統領がどうであれ、中国の意図は変わらないということである。そして、日米そして台湾と、東アジアの自由主義、民主主義国家の足並みの乱れは、「中国の夢」実現を早める。
1年前、1月16日の総統選挙で、台湾の民意は、「台湾は中国ではなく台湾である」と主張する民進党の蔡英文候補を圧倒的多数で選出した。中国は、台湾は「中国」に属すという「一つの中国」原則を認めるよう、蔡英文総統に再三圧力をかけているが、彼女はこれを認めていない。
一方、日本では、安倍首相が蔡英文総統の誕生に祝意を表した。安倍首相と蔡英文総統は旧知の間柄であり、自由と民主主義、基本的人権と法の支配を尊重する日本と台湾を、価値観を共有するパートナーとして認め合っている。しかし日本政府は、日中共同声明の「一つの中国」原則を理由に、台湾が「中国」の一部ではないと認めない。日本は、台湾の民意を尊重して、台湾は中国に属さないと認めるべきである。このままでは、「中国の夢」を阻止することができない。
中国の太平洋進出を拒む天然の要害が、日本から沖縄、台湾を結ぶ島嶼《とうしょ》線である。中国から見れば、ともに目の前の障害物となる日本と台湾は、価値観も共有する運命共同体である。しかし、この「海の万里の長城」は、アメリカの支援を受けなければ保つことができない。長城の出城として、韓国が加わればなお良いが…。
今や日本にとって、米国の戦争に巻き込まれることより、モンロー主義の影がちらつくアメリカが、東アジアの同盟国を見放すことが危険なのである。だから、アメリカと対峙しようとする中国の太平洋進出を阻むため、東アジアに米軍を留めるよう、日台はトランプ大統領に説かなければならない。
日米台が協力すれば、習近平の「中国の夢」を押し止どめ、東アジアに十年の平和と繁栄をもたらすことができるだろう。
(あさの・かずお)