【李登輝元総統】「蔡焜燦さんを偲ぶ会」弔詞

【李登輝元総統】「蔡焜燦さんを偲ぶ会」弔詞

追悼の辞

 本日、東京で蔡焜燦先生を慕う皆さんが集まり、偲ぶ会が行われるにあたり、追悼の言葉を述べ
たいと思います。

 昭和2年生まれの蔡焜燦先生は、大正12年生まれの私とは4つ違い。同じく日本時代に生まれ、日
本の教育を受けて育ったいわゆる「日本語族」です。

 戦後、台湾と日本は別個の国となり、その関係も大きく変わりました。日本の皆さんを前にして
こうしたことを言うのは憚られますが、台湾が日本のことを想い続けているのに対し、日本はあた
かも台湾の存在を忘れ去ってしまったかのような時代が長く続いたのです。

 こうした台湾の「片思い」ばかりが続く日台関係に風穴を開ける、大きな功績を残された方のひ
とりが蔡焜燦先生でした。

 特に、国民作家でもあった司馬遼太郎先生が台湾を訪れ『街道をゆく 台湾紀行』の取材をされ
るにあたり、蔡先生は「老台北」として水先案内人としてだけではなく、台湾の文化から風土、宗
教、台湾人の気質にいたるまで、台湾に関するありとあらゆる知識を司馬先生に授けました。

 一冊の本を書くにあたって万巻の書を読むと言われた司馬先生さえも舌を巻くほどの博覧強記ぶ
りを見せたと聞いております。

 蔡焜燦先生がお膳立てをしたといっても過言ではない『台湾紀行』は歴史的、文明史的視点で台
湾をくまなく巡り、場所や人々の行いを綴ったものでした。

 そしてこの本は、台湾が日本の統治から離れて半世紀以来、台湾のことを知らない日本人、最良
の隣人である台湾に関心を持たないたくさんの日本人に、直接大きな啓蒙作用をもたらしたのです。

 さらに、半世紀前に台湾より引き揚げ、台湾を自分のふるさとと想い、台湾を愛している日本の
人々に絶大な感動を与えました。そして、40数年来、強権政府のもとで育てられた台湾の子供たち
に、自分の国台湾とは何か、ということを教えてくれたのです。

 1990年代前半という、台湾の民主化が胎動を終え、まさに一歩ずつ歩み始めたこの時期に著され
た『台湾紀行』は歴史的文書に位置づけられるべきものだと評価しており、それに大きな貢献をさ
れたのが蔡焜燦先生だと私は信じています。

 実際、蔡焜燦先生の記憶力は常人離れしており、ある宴会の席で、昭和20年に私が基隆から日本
内地へ船で向かった話をしていたら、突然蔡先生から「総統閣下!その船はもしかして『吉備津
丸』ではありませんか。私もその船に乗船して内地へ行ったのです」と話され、大変驚いていたこ
とを覚えております。

 これほどまでに共通点の多い蔡焜燦先生と私ですが、その底流にあるのは、純粋な日本教育を20
歳前後まで受けて育った元日本人ともいうべき精神世界を有していること、そして日本の精神や文
化を評価するとともに、日本のことがどうしようもなく気懸かりで、どうか日本人にもっと自信を
持ってほしいと心から願っていることに他なりません。

 蔡焜燦先生が日本の皆さんへ必ずといっていいほど呼びかけたのが「日本人よ、胸をはりなさ
い」でした。日本が自信を持ち、台湾とともにアジアを引っ張っていくことを強く望まれた蔡焜燦
先生の心の叫びともいえるでしょう。

 幸いにして、日本人の皆さんはここへ来て少しずつ自信を取り戻して来ているかのように見えま
す。これはまさに日本人に自信を取り戻させることに晩年を捧げた、民間外交官ともいえる蔡焜燦
先生の功績でしょう。

 どうか日本の皆さんにはぜひとも蔡焜燦先生の思いを継いで、日本と台湾のために心を寄せ続け
てくださることを願っております。

 最後になりますが、蔡焜燦先生の数々のご功績に対し、心から尊敬と感謝を捧げ、謹んで御冥福
をお祈り申し上げます。

 2017年10月8日

                                  台湾元総統 李
登輝


台湾の声

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