【早川台湾レポート第2回】「鳥蛋とばあちゃん」

【早川台湾レポート第2回】「鳥蛋とばあちゃん」

 台湾は人と人の距離が近い。 旅行や出張でもたびたび感じてきたことだが、暮らし始めてみると、それをより一層深く感じることになる。台湾の人々はみな人なつっこく、おせっかい(笑)だ。

 授業初日、出席名簿の名前を教授が読み上げていく。台湾人の名前は普通3文字(李○輝とか林○良とか)。2文字の人もいるがあまり多くない。私の名前はどう聞いても外国人。教授が私の名前を呼ぶと、手を挙げる私に教室中がいっせいに注目する。合間の休憩時間には、何人かの学生が「日本人でしょ?」「なんで台湾で勉強してるの」と話しかけてくる。授業が終わると「またね!じゃね!(日本語)」と声を掛けられる。この程度のフレーズは台湾の学生は誰でも知っている。日本のドラマをよく見ているからだ。そんな台湾の若者たちの気質の一面を語るエピソードがあったので紹介したい。

 ところは台中市一中街。台中第一高級中学(中部一の進学校、高級中学とは高校のこと)に隣接し、周囲を国立台湾体育大学や国立台中技術学院に囲まれた学生街で知られる。夜は11時過ぎにはどの店も店じまいを始めるので夜市とまでは言えないが、食べ物から衣類、雑貨を売る店や屋台が立ち並び、周囲のビルには予備校や自習室が集っている。休日ともなると、中部一帯から学生が集まり、さながら「ミニ原宿」の様相だ。

 先日のこと、この一中街を歩いていると、屋台に行列が出来ている。中国語では、長蛇の列を「人龍」と書くが、まさに言い得て妙。何かと思えば「鳥蛋」だった。「鳥蛋」とは、タコ焼きの鉄板をひと回り小さくしたような穴に、ウズラの卵を落として焼きあがったもの4、5個を串に刺しただけのシンプル料理。いわばタコヤキ形した目玉焼きだ。味付けは塩コショウやトロリとしたソースだけだが、なかなか美味しい。価格はどこで買っても大体20元程度(日本円で70円くらい)。ただ、作り方は卵を焼くだけの単純なものだし、結構どこにでも売っているポピュラーな食べ物なので、どの屋台で買ってもさほど味に差があるとは思えない。わざわざ並ばずとも、さっき通り過ぎた「鳥蛋」の屋台には誰も並んでいなかったのに。疑問を口にすると、一緒にいた友人が「あれ、この行列のわけを知らなかったの?」

 「鳥蛋」を売る陳ばあちゃんは今年78歳。もともと小柄なのに、腰が曲がっているのでさらに小さくみえる。生活のために毎日ここに屋台を出している。屋台といっても、陳ばあちゃんの屋台は台車に小型のプロパンガスを積み、その上に鉄板を置く台を重ねただけの、屋台とも言えないような小さなもの。この商いを数年前から続けてきた。

 商いを始めて間もなく一人の女性(Rおばさん)がやってきて、陳ばあちゃんを真似てすぐそばに同じく「鳥蛋」の屋台を出したという。

 しかし、陳ばあちゃんの焼く「鳥蛋」は、新鮮なウズラの卵を使い、バターもたっぷり塗るので香ばしい。どうしても客足は陳ばあちゃんの屋台へと向かう。それを妬んだRおばさんは、屋台が通れないように通せんぼしたり、「邪魔だからあっちに行け!」と罵ったりと、折にふれて嫌がらせをしてきたという。

 年が明けたある日のこと。Rおばさんは陳ばあちゃんの卵が入った1袋をつぶす嫌がらせをしたが、陳ばあちゃんは取り合わなかった。すると数日後、Rおばさんは「陳ばあちゃんが20キロの卵を壊した。弁償しろ」と因縁をつけてきたのだ。そして、Rおばさんは陳ばあちゃんの商売道具であるウズラの卵4000個を踏みつけてつぶしメチャメチャにしてしまったという。今まで我慢してきた陳ばあちゃんもさすがに途方に暮れて座り込み、泣き崩れてしまった。

 そこで怒ったのは、これを目撃していた近くの店員や通りすがりの学生たち。ある者は証拠として壊された卵の写真を撮り、3人の女子学生が陳ばあちゃんを近くの交番へ連れて行った。近くの店員たちは何千元かを集めて陳ばあちゃんに渡そうとしたが、陳ばあちゃんは決して受け取らなかったという。

 それからの行動が早かった。すぐさま「陳ばあちゃんを助けようブログ」が立ち上げられた。それを見た学生たちが並び、陳ばあちゃんの屋台は人龍を作り出した。聞くと10分以上待つこともしばしばだとか。それでも皆、気にもせずに並んでいる。なるほど向こうの屋台が閑古鳥だったのはこのためだったのか。学生と思しき女のコがお金を受け取ったり、看板持ちのバイト学生がバターを塗るのを手伝っている、片手に看板を持ちながら。彼らはみんな自発的に手伝うために集まってきたという。

それから数度、屋台を通りかかったが、1ヶ月以上経った今でもかなりの混み具合で忙しそうだ。相変わらず何人かの学生と思しき女のコが手伝っている。

 私はこのエピソードをことさら美談に仕立て上げたいわけではない。ただ、一つの出来事をきっかけに若者たちがばあちゃんの手助けをしようとするその心意気が気持ちいいなと思う。

 ただ、ブログにはこうも書かれていた。「卵を壊したRおばさんも、夫を亡くし、子供と80過ぎの老母を抱えている。どっちの「鳥蛋」を買って食べてもいい。私たちが買うことで、それぞれ一人で生活を背負っている人を助けることが出来るなら」。台湾は人と人が近い。そして寛大な一面を見せられることが多い。

 願わくは、こうした温かい気持ちを、流行や話題として一過性のものではなく、いつまでも長く持ち続けて欲しいということだ。一時期だけ行列をするのでなく、時々買うだけでもいいから末ながく心に留めておいてほしい。新しい店がオープンするとバッと行列し、3ヶ月もすると見向きもしない台湾人の飽きっぽさ(笑)がちょっと心配だが、そんなことはないように願っている。

私も並んで陳ばあちゃんの「鳥蛋」を買ってみた。焼きたてホクホクで、塩コショウの味がちょうどいい。結構病みつきになりそうだ。

  夜11時過ぎ、小柄な体に大きなリュックを背負って陳ばあちゃんが店じまいしている。これまた若者たちが台車を押すのを手伝っている。それを横目で見ながら、昨年9月に可愛がってもらった祖母を93歳で見送った私は 鼻の奥がツンとなるのである。


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