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王明理 台湾独立建国聯盟日本本部委員長
2016年1月16日、台湾人である蔡英文氏が総統に選出され、立法院の過半数の議席も台湾派の民進党が占めた。
それは、「8年ぶりの政権交代」以上の意味を持つ出来事である。日本の自民党と民主党の政権交代になぞらえることはできない。平和な日本で、同じ日本人同士が政権を争うのとは全く違う意味合いを台湾の選挙は持っている。これは、台湾人が民主主義制度を活用して、70年間の中国人支配から脱した、歴史に残る選挙であったことを銘記するべきであろう。
台湾人は1945年に始まった中国人による植民地体制から戦後70年にしてやっと脱却する道を切り開いたのだ。これまでの世界史の中で、独裁者または独裁国家の下で呻吟していた国民が、外部からの助けを借りずに、かつ一滴の血も流さずに、自ら自由を勝ち取り、政権を奪い返した例はない。戦後70年目にして、台湾人はやっと中国人から政権を奪い返し、自らの手で台湾の運営を担えるようになったのである。そういう意味で、今回の選挙結果は、台湾人にとってだけでなく、人類の歴史上においても非常に大きな意味をもつものであった。
2000年から8年間の陳水扁総統時代は、国会(立法院)は国民党が過半数を占め、行政、司法、検察、軍・警察機構も全て、国民党の傘下にあり、思うような手腕を発揮できなかった。今回、民進党は単独で立法院定数113議席のうちの68議席を獲得し、さらに台湾独立意識の高い時代力量党が5議席を獲得した。国民党は35議席に激減した。
これによって、台湾人は、やっと政治を自らの手に取り戻すことに成功したのだ。いや、取り戻すというのは正確ではないかもしれない。実は、遡れば、中華民国の前は、日本、清朝、鄭成功、オランダに支配されてきた歴史がある。台湾人が自分たちの意志で政治を担うのは、歴史上初めてのことなのである。
蔡英文は当選後の演説で、少しも浮ついた様子はなく、むしろ「勝って兜の緒を締めよ」という日本の諺さながらに、台湾国民全体に向かって、謙虚に共に台湾のために全力を尽くそうと呼び掛けた。もうすでに、敵は国民党や親民党ではなく、敵は台湾の民主主義や自由を脅かそうとする勢力であると見据えているようであった。
選挙戦で蔡英文が訴え続けたのは「現状維持」。4年前までそれは国民党の専売特許だった。当時は、現状維持=中国から侵略されない状態の維持であった。実際に常時2000基のミサイルを向けられ、「少しでも台湾独立の気配を見せたら武力行使するぞ」という「反国家分裂法(2005年制定)」を定めて台湾を脅かす中国に対して、台湾人はいつも恐怖心を抱いてきた。「国民党を選べば中国とうまくやっていけるし、経済も良くなる」という馬英九のアピールを信じた台湾人が多かったことは確かである。
しかし、皮肉なことに、馬英九が中国と接近すればするほど、経済状態は悪くなり、産業は空洞化し、さらには、国の根幹まで呑み込まれそうになってしまった。人々の願っていた「現状」は維持できなかったのだ。
たまらず立ち上がったのが、若者達である。「今、声を挙げなければ、台湾に未来はない。台湾は中国の一部ではない、独立した国家であるべきだ」という意思を示したのが、2014年のひまわり学生運動であった。彼らが立法院の中で歌った歌は、国民党に強制された中国語ではなく、台湾語であったことが象徴的であった。あの時から、今回の選挙結果が生まれたとも言える。
今回、台湾人の考える現状維持のレベルは明らかに以前とは変質していた。より積極的に、台湾のアイデンティティの維持、民主主義、自由な生活の維持を国民が念頭に置くようになってきたからだ。
台湾人が真にNOをつきつけたのは、馬英九政権の経済政策ではなく、中国寄りの精神・政治姿勢なのである。蔡英文政権は骨抜きにされた台湾経済という大きな宿題を抱えて、スタートしなければならない。台湾経済は、日本以上に中国に依存しているから、中国を怒らせては台湾はやっていけないだろうとの分析もある。しかし、圧倒的な中国の軍事力、経済力を突きつけられても、台湾人は失うわけにはいかないものを選択したのだ。それは、台湾という国のアイデンティティである。
経済は国家あってのものであり、経済のために国家の尊厳を売り渡すのは本末転倒である。台湾人の選択は、非常に賢明だといえよう。似たような問題を抱える国々も、台湾の姿勢を尊重し、見守るべきであろう。
民進党になって、今後、日本との関係はどうなっていくのかと不安視する向きもあるようだが、その心配はないと言える。苦しい時代を生き抜いて弾圧や不平等にも耐えてきた党であり、何が台湾人にとって大事なことであるか分かった上で、つまり私利私欲や党の利益のためではなく、人々の暮らしを優先して考える政党であるから、日本との関係を最重要視するのは当然である。民進党の基盤である台湾人は、日本の統治を受けた人々で、戦争中は日本兵として戦い、戦後もずっと日本を慕ってきた人々である。
逆に、戦後、国民党が台湾で施した教育は中国教育、反日教育であったし、現在の国民党政権は親中派で、中共の台湾統一の野望に協力する姿勢を取って来た。
日本もアメリカも、やっと信頼できるパートナーを台湾島に持つことができたことを喜ぶべきであり、防衛その他の利害関係の一致する国として、台湾と協力体制をとっていくことが急務である。台湾は小国であるばかりか、中国の圧力により、国際社会から国家として認められていない。台湾は、中国の「台湾併呑」の野望と対峙するためにも、日米の力を頼りとするしかない。支援がなければ、中国の脅迫の前にいずれは屈せざるを得ないかもしれない。台湾人はそれを望んでいない。
戦後、台湾人がどれだけ苦しんできたかに思いをはせ、今やっと手に入れた自分たちの手による政治を台湾の人々がどれだけ大事に思っているかを理解し、東日本大震災の折の台湾人の日本への多大な援助を思い出してほしい。
台湾の新しい門出は日本を安心させ、より良いパートナーシップを結ぶことになると確信している。