【寄稿】亡くなられた阮美「女朱」さんと二・二八事件について

【寄稿】亡くなられた阮美「女朱」さんと二・二八事件について
                           

  台湾独立建国聯盟日本本部委員長 王 明理
                            

すでに報道があったとおり、二・二八事件の遺族であった阮美「女朱」(げんみす)さんが11月29日に亡くなられた。心から御冥福をお祈りしたいと思う。

ちょうど、ここしばらくの間、二・二八事件のことを考え、『台湾青年』第六号の特集号、『二・二八事件の真相』(李筱峰著・蕭錦文訳)、『台湾二二八の真実―消えた父を探して』(阮美「女朱」著)を再読していた。1947年の二・二八事件から来年でちょうど70年であるが、この事件は台湾史における重大事件であるにもかかわらず、まだ正確に調査が終わっておらず、解明されるべきことが多く残っている。政権が国民党から民進党に代わり、求められている転型正義の一つである。そのさなかの訃報だった。

二・二八事件で父上、阮朝日(げんちょうじつ)氏を失った阮美「女朱」さんは、生涯をかけて二二八の真実に迫ろうと努力を続けてきた。1947年3月12日に連れ去られた阮朝日氏は『台湾新生報』という新聞社の社長であった。もちろん、何の罪も犯したわけではなく、二・二八事件にも関与していなかった。しかし、台湾人のインテリであり、オピニオンリーダーであったことが、中国人(外省人)には邪魔だったのだろう。

当時、阮美「女朱」さんと母親は行政長官・陳儀に陳情書を何度も書いたそうだが、陳儀の返事は「阮朝日など捕えていない」というものだった。この状況は私の伯父、王育霖の場合と非常に似ている。伯父は、戦前まで京都地検の検事を務め、戦後帰台した後は新竹市で検察官を務めた。阮氏同様、二・二八事件には全く関与していなかったが、3月14日、家にいるところ連行され、家族が有力者に釈放してもらえるよう散々頼み込んだが、
「王育霖など捕えていない」と相手にされなかったのだ。どちらも殺され遺体も壊滅されたと目されている。

行方の知れない父親の事を阮美「女朱」さん家族はずっと探し続けた。その彼女の微かな希望を絶ったのは、私の父、王育徳の書いた『台湾ー苦悶するその歴史』の一ページだったという。

「事件から20年も経ったある時、日本に来て、あなたのお父様の書いた『台湾―苦悶するその歴史』を読んでいたら、犠牲者のリストの中に、私の父の名前があったの。私はそれで、ああ、父はとっくに死んでいたのだと知ったのよ」

 美「女朱」さんからそう聞いた時の何とも言えない気持ちは、今も忘れられない。
 実際には、その本より前に、私の父王育徳が発行人であった『台湾青年』第六号(1961年2月28日号)の「著名人被虐殺者名簿」のなかに、すでに阮朝日氏の名前が挙げられている。この号は、世界で初めて二・二八事件について詳しく書かれた出版物であるが、戒厳令下の台湾ではもちろん読むことは不可能であったので、肝腎の台湾人が知ることはできなかったのである。

 父親の死を確認したあと、阮美「女朱」さんは一層熱心に、鬼気迫るほどに事件の解明に奔走し、集められるだけの資料と証言を求め続けた。特に、1987年に戒厳令が解除され、翌年、李登輝氏が総統になってからは、可能な限り調査に邁進した。今年5月にお会いした時も、病身でありながら、まだ心残りがあると話していた。

 国民党の残虐な大量殺戮がなければ、美しく才能に恵まれた彼女は、明るく幸せな一生を送れたはずである。3万人の二・二八事件の犠牲者の蔭に、その数倍の家族の苦労と不幸があったことを忘れてはならない。

殺された3万人の犠牲者は、日本教育を受けた知識人がほとんどである。もし、彼らが生存していたら、文化や知識は継承され、戦後の台湾にとってばかりでなく、日本にとってもどれだけプラスであっただろう。台湾に残された日本統治時代の一番の宝である“人材”を、中国人はいとも簡単に葬り去ったのである。

この二・二八事件は国民党の言論統制のために、ほとんど外国に知らされなかった。そのため、日本人で知っている人は少数であるし、実は、台湾人でも実態をよく知らない人が多い。二・二八事件以後、この件を口にすることは反政府的であると見なされるため、タブーとなり、犠牲者家族でさえ、語り継ぐことを怖れた。民主化が確実なものとなるまで、台湾人は口を開かなかったのである。これは、ナチやポルポトの大虐殺にはない特徴である。つまり、虐殺を行った政府が、以後も40年間にわたり一党独裁体制を維持し、引き続き、反政府的な人物を常時監視し、戒厳令の下で逮捕、処罰を行い続けたために、

二・二八事件の実態が長期間、台湾でも海外でも認知されなかったという事情である。
過去を正しく認識することは辛いことではあるが、絶対に必要なことである。ドイツ人はナチスの罪を忘れず、風化させないよう国を挙げて努力している。その毅然とした姿勢が、国としての矜持になり国際信用にも繋がるのだ。

将来に向けて難しい舵取りを求められる台湾の蔡英文政権であるが、だからこそ、国民党の負の遺産と向き合い、台湾人が長年抱えている心理的圧力からの解放を果たすことが求められている。


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