亡くなられた阮美姝さんと二・二八事件について  王 明理

【メルマガ「台湾の声」:2016年12月8日】亡くなられた阮美姝さんと二・二八事件について

台湾独立建国聯盟日本本部委員長 王 明理

すでに報道があったとおり、二・二八事件の遺族であった阮美姝(げん・みす)さんが11月
28日に亡くなられた。心から御冥福をお祈りしたいと思う。

ちょうど、ここしばらくの間、二・二八事件のことを考え、『台湾青年』第6号の特集号、
『二・二八事件の真相』(李筱峰著・蕭錦文訳)、『台湾二二八の真実―消えた父を探して』(阮
美姝著)を再読していた。

1947年の二・二八事件から来年でちょうど70年であるが、この事件は台湾史における重大事件で
あるにもかかわらず、まだ正確に調査が終わっておらず、解明されるべきことが多く残っている。
政権が国民党から民進党に代わり、求められている転型正義の一つである。そのさなかの訃報だっ
た。

二・二八事件で父上、阮朝日(げん・ちょうじつ)氏を失った阮美姝さんは、生涯をかけて
二二八の真実に迫ろうと努力を続けてきた。1947年3月12日に連れ去られた阮朝日氏は『台湾新生
報』という新聞社の社長であった。もちろん、何の罪も犯したわけではなく、二・二八事件にも関
与していなかった。しかし、台湾人のインテリであり、オピニオンリーダーであったことが、中国
人(外省人)には邪魔だったのだろう。

当時、阮美姝さんと母親は行政長官・陳儀に陳情書を何度も書いたそうだが、陳儀の返事は
「阮朝日など捕えていない」というものだった。この状況は私の伯父、王育霖(おう・いくりん)
の場合と非常に似ている。

伯父は、戦前まで京都地検の検事を務め、戦後、帰台した後は新竹市で検察官を務めた。阮氏同
様、二・二八事件には全く関与していなかったが、3月14日、家にいるところ連行され、家族が有
力者に釈放してもらえるよう散々頼み込んだが、「王育霖など捕えていない」と相手にされなかっ
たのだ。どちらも殺され遺体も壊滅されたと目されている。

行方の知れない父親の事を阮美姝さん家族はずっと探し続けた。その彼女の微かな希望を
絶ったのは、私の父、王育徳の書いた『台湾─苦悶するその歴史』の一ページだったという。

「事件から20年も経ったある時、日本に来て、あなたのお父様の書いた『台湾―苦悶するその歴
史』を読んでいたら、犠牲者のリストの中に、私の父の名前があったの。私はそれで、ああ、父は
とっくに死んでいたのだと知ったのよ」

美姝さんからそう聞いた時の何とも言えない気持ちは、今も忘れられない。

実際には、その本より前に、私の父王育徳が発行人であった『台湾青年』第6号(1961年2月28日
号)の「著名人被虐殺者名簿」のなかに、すでに阮朝日氏の名前が挙げられている。この号は、世
界で初めて二・二八事件について詳しく書かれた出版物であるが、戒厳令下の台湾ではもちろん読
むことは不可能であったので、肝腎の台湾人が知ることはできなかったのである。

父親の死を確認したあと、阮美姝さんは一層熱心に、鬼気迫るほどに事件の解明に奔走し、
集められるだけの資料と証言を求め続けた。特に、1987年に戒厳令が解除され、翌年、李登輝氏が
総統になってからは、可能な限り調査に邁進した。今年5月にお会いした時も、病身でありなが
ら、まだ心残りがあると話していた。

国民党の残虐な大量殺戮がなければ、美しく才能に恵まれた彼女は、明るく幸せな一生を送れた
はずである。3万人の二・二八事件の犠牲者の蔭に、その数倍の家族の苦労と不幸があったことを
忘れてはならない。

殺された3万人の犠牲者は、日本教育を受けた知識人がほとんどである。もし、彼らが生存して
いたら、文化や知識は継承され、戦後の台湾にとってばかりでなく、日本にとってもどれだけプラ
スであっただろう。台湾に残された日本統治時代の一番の宝である“人材”を、中国人はいとも簡
単に葬り去ったのである。

この二・二八事件は国民党の言論統制のために、ほとんど外国に知らされなかった。そのため、
日本人で知っている人は少数であるし、実は、台湾人でも実態をよく知らない人が多い。

二・二八事件以後、この件を口にすることは反政府的であると見なされるため、タブーとなり、
犠牲者家族でさえ、語り継ぐことを怖れた。民主化が確実なものとなるまで、台湾人は口を開かな
かったのである。これは、ナチやポルポトの大虐殺にはない特徴である。つまり、虐殺を行った政
府が、以後も40年間にわたり一党独裁体制を維持し、引き続き、反政府的な人物を常時監視し、戒
厳令の下で逮捕、処罰を行い続けたために、二・二八事件の実態が長期間、台湾でも海外でも認知
されなかったという事情である。

過去を正しく認識することは辛いことではあるが、絶対に必要なことである。ドイツ人はナチス
の罪を忘れず、風化させないよう国を挙げて努力している。その毅然とした姿勢が、国としての矜
持になり国際信用にも繋がるのだ。

将来に向けて難しい舵取りを求められる台湾の蔡英文政権であるが、だからこそ、国民党の負の
遺産と向き合い、台湾人が長年抱えている心理的圧力からの解放を果たすことが求められている。

*原文では、阮美姝さんが亡くなられたのは11月29日となっていましたが、28日ですので訂正
しています。

*阮美姝さんの葬儀は12月17日に台北市内で執り行われる予定です。葬儀にご参列を希望され
る方は本会事務局までご連絡下さい。


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