2018.1.30 産経新聞
米国のトランプ大統領の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)についての新たな言明が世界に激震を広げた。スイスでの世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)での1月26日の演説で大統領はそれまでのTPP拒否の立場を一転させ、復帰の意図があることを明確にしたのだ。
「米国はTPP加盟の諸国とも互恵の2国間貿易合意を交渉する用意がある」
「TPP加盟の数カ国とは合意があるが、その他の加盟国とも個別あるいは集団での交渉を考える」
それまでの同大統領のスタンスを知る側にはびっくり仰天の逆転である。だが彼がつい口を滑らせたとは思えない。この演説は世界の政財界リーダー向けに事前に準備されていた。しかも大統領はその前日、米国のCNBCテレビのインタビューでもTPPについてはっきり復帰の意図ともいえる同趣旨の発言をしていたのだ。
トランプ政権は明らかに政策の変更としてTPPへの復帰や再交渉を試みる方向へと動いてきたのだ。もちろん米国のその切り替えは簡単ではない。だがトランプ政権はこの時点でなぜTPP政策を逆転させるにいたったのか。
この疑問への現時点での最有力な答えはトランプ政権の国際通商・財政担当のデービッド・マルパス財務次官がトランプ演説直後に述べた説明である。
「TPP政策のシフトの理由はここ1年間に起きた状況の変化だが、最大の要因といえるのは中国の経済的侵略がグローバル規模で激しくなったことだ。トランプ政権としての中国の略奪的な経済慣行へのより深い理解が、TPPの効用を再認識させるにいたったといえる」
マルパス氏は著名な国際エコノミストで歴代共和党政権の国際通商関連の高官を務め、トランプ氏の政策顧問には選挙戦の早い時期に就任していた。
マルパス次官の指摘する中国ファクターの重みはトランプ演説自体でも強調されていた。同大統領はダボス会議での演説でTPP再交渉を提起する直前の部分で、明らかに中国を激しく非難していたのだ。
「米国は大規模な知的財産の盗用、不当な産業補助金、膨張する国家管理の経済計画など不正な経済慣行をもはや放置しない。この種の略奪的行動は世界市場をゆがめ、米国だけでなく全世界のビジネスマンや労働者に害を及ぼしているのだ」
トランプ大統領はそのうえで公正で互恵の貿易システムが国際的に必要だと述べ、TPPに言及していったのである。
同大統領やマルパス次官のこうした言葉を追うと、今回のトランプ政権のTPP再考の理屈のプロセスがかなり明確となる。貿易面でのここ1年の中国の不公正な膨張は激しく、「米国第一」という思考からみてもその膨張による米国の被害を防ぐために、本来、対中抑止の意図があるTPPを利用することが賢明だという判断が大きくなってきた、ということだろう。
マルパス次官は、TPP再評価の要因として米国経済が好転して、この種の国際経済協定への交渉を容易にしていることや、米国を除くTPP11カ国が協定枠組みを1月23日に確定し、米国にとってTPPの全体像の把握を容易にしていることをも挙げていた。(ワシントン駐在客員特派員)
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