楠木正成の統率力第21回】千早から退却する敵を追撃

楠木正成の統率力第21回】千早から退却する敵を追撃
【楠木正成の統率力第21回】 千早から退却する敵を追撃
         

家村 和幸

 ごあいさつ

 こんにちは。日本兵法研究会会長の家村です。

 楠木正成がわずかな兵で守る千早城を、幕府の
大軍が落とせなかったことは、人々に幕府の衰えを
感じさせ、後醍醐天皇に味方する武家を増大させる
結果となりました。その中でも、源氏の子孫である
足利高氏は、執権・北条高時への反感が強く、京都
へ上る途中で天皇のもとへ使者を送り、密かに討幕
の綸旨(天皇からの命令書)を受けました。高氏は、
各地の武士に密書を送って六波羅攻めに協力させ、
ついに六波羅探題を攻め亡ぼしました。これにより、
幕府による千早城の攻略は中止させました。

 千早城の寄手(=攻撃軍)は、奈良方面に向かい
退却しましたが、その間に楠木勢に追撃され、野伏に
襲われ、あるいは山野に迷い、数多くの死傷者を出し
ました。

 今回は、この時の楠木正成による追撃について紹介
いたします。

 それでは、本題に入りましょう。

【第21回】 千早から退却する敵を追撃

(「太平記秘伝理尽鈔巻第九  千葉屋城寄手敗北の事」より)

▽ 千早の寄手、奈良へ退却

 元弘3(1333)年5月10日の午の刻(正午頃)に、六波羅
が攻め落とされたという話が寄手側に広まると、それぞれの
陣はあわてふためき、兵の中には東西南北に走り散る者も
いた。千早城内では、その日の朝卯の刻(午前6時頃)、
正成が京の近くに忍ばせておいた野伏が来て、このことを
報告していた。

 楠木は城の正面のやぐらに兵を上らせて、「六波羅では
珍しい御遊(宮中などで催される歌舞や管弦の会)がござ
いまして、東の方へと向かわれておられますなあ。そなた
の陣ではご存じないのでしょうか」と大声で叫ばせた。

 これを聞いた寄手の人々には、「城では何かを叫びなが
ら、勇んでいるようだが。気がかりだ」と言う者もあった。

 「どうせまた、楠木が何かを仕掛けているのでしょう。
用心しておいてください」とのことで、諸人が不安になって
いるところに、京から諸大将のもとへ次々と報告が来た
のであった。その日の未の下刻(午後3時頃)には、それ
ぞれ陣を撤収して、奈良へと退却した。

▽ 勇も智謀もない寄手の退却ぶり

 千早から奈良までは、六里(約23.6Km)の道のりである。
軍勢を進めるのに、一日の路程である。疲れた敗れた兵が
夜中に引くとすれば、どうして散り散りにならずにおられよう
か。また、兵は10万に少し足りないぐらいであれば、近国の
野伏など何ほどのことがあろうか。そうであれば、その日は
陣を取ったまま静かにしていて、次の日、卯の刻(午前6時
頃)に備えを堅くし、手順を守って嶺々を占領しながら軍を
前進させようとすれば、何の問題があるだろうか。

 また、京を攻めた軍勢が一日か二日中には、よもやここ
まで攻め寄せることはないのを、

 「高氏が今夜に到着いたしましょう。赤松が明日には
後詰めすることでしょう」

 と雑人・下部が語るのを本当のことと思って、夕暮れが
近づいてから兵を引き、山地を越えるのは、大いに間違っ
たやり方であろう。兵はこのような時に、臆病になるのだ。

 将に謀と勇があれば、兵に向かって決して死にはしない
ということ、京勢が三日や五日のうちには攻め寄せてこな
い理由、さらに、京勢が寄せて来たならば、全部が集まらぬ
うちに迎撃して、十死一生の(死中に活を求める)合戦をす
るような戦い方を説いて、諸大将がうちくつろいでおれば、
兵の心は落ち着くのである。その上で敗れるとき、遠国の
兵は将から離れないものである。その付近の地理を知ら
ず、親しい人もいないからである。近国の兵とは散りやす
いものである。それは、地理を知り、また、親しい人が周辺
の近いところにいるからである。

 寄手の兵は皆、東国の者たちであるから、どうして散るこ
とがあろうか。あのように引いてしまったのは、勇と智謀が
無いからである。

▽ 正成が説く「正しい退却の仕方」

 正成はやぐらに上って、東国の兵が敗走するのを見て、
家の子・郎従に語った。

 「あれを見てみよ。数十万の兵でも、将の心が臆病で
愚かならば、全く役に立たないものであるぞ。

 正成ならば、今夜は無理だとしても、城を攻めて強烈な
一撃を与えてから引き退き、翌日の辰の刻(午前8時頃)
に軍勢を出して、嶺々を占領して兵を備え、多くは谷を退
却させよう。兵のうち3千を後ろから定められた編成どおり
で退却させ、それ以外の兵は軽快に編成にこだわらず、
峠に登らせ、備えを堅くさせて、先に嶺々を占領していた
兵はまた、その嶺から向かいの嶺まで引き上げさせるなら
ば、野伏であれ正成の兵であれ、出て行って追尾するこ
とはありえないだろう。

 敵にとっての難所(=地形的に克服困難な場所)は、
退却する際には味方にも難所である。そうであれば、
条件は同じである。去年からここに滞在していれば、
地理にも精通しているであろうから、へたに城から
出れば寄手にとって格好の撃破目標となるだろう。
こうした備え、こうした手順で戦う敵であれば、城まで
も落とされることになるぞ。

 人の家が富みながら、その子孫が武を知らないこと
ほど、遺憾なことはない。」

 楠木がこのように言うと、湯浅彦六が「峠より彼方(あなた)
では、どのように退却するのでしょうか」と尋ねた。

 そこで、正成は答えた。

 「峠のあちら側にも砕けている(峠を越えて通過する)嶺々
が多い。峠よりこちら側にて列の後ろから引いてくる兵には、
峠で備えを堅くさせ、その前に峠に上げていた兵には、その
先の嶺の砕けている場所を占領させて、備えを堅くする。
嶺が広いか狭いかによって陣取る勢の多い少ないも異なる。

 このようにして峠に3千を残して備えを堅くし、残りの軍勢は、
先に述べたようにして引け。そうすれば、城を出て追尾する
軍勢が峠を下ろうとするところを討とうと反撃するのに、あちら
側の嶺に備えていた兵と、3千余騎の備えを乱さずに引いて
きた兵が一つになって戦いを決すれば、たちまちにして勝つ
ことであろう。」

 郎従たちは皆、心底から納得したのであった。

▽ 正成、追撃を命じる

 楠木は、敵が引くのを見て、300余人を千早城から出撃させ、
敵を追尾させようとして、次のように下知した。

 「各々、あれを見よ。野伏が嶺々に満ちているではないか。
あの者たち100人ずつに、我々の前で敵を追うようにさせよ。

 『手柄があれば必ず恩賞があるぞ』と楠木殿が仰せられて遣わ
されたのだと叫んでみたまえ。欲心深い野伏どもが追わないこと
など、よもやあるまい。その後ろについて、三百人を百人ずつ三つ
に備えて、敵の反撃が容易な場所では、遠くから矢を射るように
せよ。敵の反撃が困難な場所では、分散して走り寄って、射ったり、
切ったりして敵を倒すようにせよ。

 万一、敵が全力で返してきたならば、城に駆け入ったりしてはな
らない。あの深山を目指して引くようにせよ。とにかく早く風のよう
に動かれよ。」

 そして、

 「見ておられたように、石弓・大木を数多く岸(=城の急斜面)に
準備してあるので、城のことはあなた方がおられずとも、ご安心な
されてよい」

と言って出撃させた結果は、『太平記』のとおりである。

 寄手は一度も反撃することなく、隊列も組まずバラバラに引いて
いったので、数えきれないほど多くの者が討たれた。それにもかか
わらず、大将たちは兵より先に連れ立って退却したので、一人も
討たれなかった。しかし、このようなことになって、どうして無事を
喜ぶことなどできようか。

(「千早から退却する敵を追撃」終り)

(以下次号)

(いえむら・かずゆき)

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● 著者略歴

家村和幸 (いえむら かずゆき)
1961年神奈川県生まれ。元陸上自衛官(二等陸佐)。
昭和36年神奈川県生まれ。聖光学院高等学校卒業後、
昭和55年、二等陸士で入隊、第10普通科連隊にて陸士長
まで小銃手として奉職。昭和57年、防衛大学校に入学、
国際関係論を専攻。卒業後は第72戦車連隊にて戦車小隊長、
情報幹部、運用訓練幹部を拝命。
その後、指揮幕僚課程、中部方面総監部兵站幕僚、
戦車中隊長、陸上幕僚監部留学担当幕僚、第6偵察隊長、
幹部学校選抜試験班長、同校戦術教官、研究本部教育
訓練担当研究員を歴任し、平成22年10月退官。

現在、日本兵法研究会会長。

http://heiho-ken.sakura.ne.jp/

著書に

『真実の日本戦史』
⇒ http://tinyurl.com/3mlvdje

『名将に学ぶ 世界の戦術』
⇒ http://tinyurl.com/3fvjmab

『真実の「日本戦史」戦国武将編』
⇒ http://tinyurl.com/27nvd65

『闘戦経(とうせんきょう)─武士道精神の原点を読み解く─』
⇒ http://tinyurl.com/6s4cgvv

『兵法の天才 楠木正成を読む (河陽兵庫之記・現代語訳) 』
⇒ http://okigunnji.com/1tan/lc/iemurananko.html

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●本土決戦準備の真実ー日本陸軍はなぜ水際撃滅に帰結したのか(全25回)
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