【楠流兵法】─孫子と闘戦経の実践─(7)

【楠流兵法】─孫子と闘戦経の実践─(7)
【楠流兵法】─孫子と闘戦経の実践─(7) 〜河陽兵庫之記 弐 その3〜

 軍事情報別冊より転載
  

                家村和幸

▽ はじめに

 読者の皆様、新年あけましておめでとうございます。

 日本兵法研究会の家村です。

今年は日本を取り巻く国際環境が大きく変化する年になりそうですが、そうであればこ
そ「日本とは、日本人とは何か」という原点に還って、先ずはしっかりと「己を知る」
ことが重要ではないでしょうか。私は「兵法」という観点からこの課題に取り組み、
はなはだ不十分ながらも皆様に研究成果をその都度紹介していこうと考えております。

 さて、前回に引き続き、私が兵卒(一等陸士)だったころの演習の体験談をいたしま
す。

 昭和56年秋、私は連隊訓練検閲に参加しました。検閲が終了し、駐屯地に戻ってか
ら数日後のある日、中隊事務室の文書係であるM1曹から連隊訓練検閲に参加したこと
をテーマにして自衛隊機関紙「朝雲」への投稿記事を書くように命ぜられました。

 以下は、昭和56年10月22日の自衛隊機関紙「朝雲」に掲載された私の投稿記事
です。拙(つたな)い文章ではありますが、当時、一兵卒として演習に参加した時の情
況がよくわかりますので、全文を紹介させていただきます。

(引用開始)

 快い満足感に浸る

    状況終了のラッパの音

             一士 家村和幸

 非常呼集ラッパが明け方の駐とん地に響きわたり、状況が始まって十一時間余の後に
我が第十普通科連隊は然別(しかりべつ)演習場に到着した。今演習は自分にとって入
隊以来初めての大規模な防御戦闘で、四月以来幾度かの陣地構築の訓練成果を発揮すべ
き時でもあった。

 過去二回の現地における演習はいずれも長雨にたたられたが、今回は雲一つない絶好
の演習日和り。小隊の陸士は殆どが後輩隊員で、中には初めて演習に臨む者もいたため
、自分も単に小銃手としての任務を全うするのみならず先輩隊員として彼らの良き手本
を示さねばならなかった。

 連日のえん体構築は日を追うにつれより強固な、より充実したものとなり、地形地物
に相応した数多くの立派な陣地は、撤収してしまうのが惜しい程のものばかりであっ
た。戦闘予行においては、班長から組長を命ぜられた。演習で他の隊員を指揮すること
など、かつてないことであり、班長の号令を組員に適確に伝えられるかどうか、離脱は
スムーズに行えるだろうかなど、非常に不安であり、一等陸士である自分にとっては重
荷にさえ感じられた。しかし任された以上、自分なりに最大限の努力をし、班長から数
多くの指摘を受けなからもどうにか無事その任務を遂行することができた。

 中隊の戦闘予行を終え、前方の山々にこだまする状況終りのラッパの音を耳にした時
は、真に感慨無量であり快い満足感のみが残った。それはまた一つの使命に向かって一
致団結してまい進する部隊の中において自分もその一員たりえたことの誇りでもあっ
た。

 今後の演習に参加するにあたっても、今演習で得た数多くの戦陣訓がかけがえのない
ものとなるであろう。特に防御戦闘という地味ではあるが、これからの自衛隊がますま
すその練度の向上をすべきものを、一隊員として第一線で訓練し得たことは何にもまし
て貴重な体験であった。(一〇普連一中)

(引用終わり)

 さて、それでは本題の楠流兵法『河陽兵庫之記』に入りましょう。今回は、第二章の
後段部分を現代語訳で紹介いたします。これをもって「人間観察学」とも言うべき第二
章を終了します。

(平成24年1月3日記す)

▽ 三 通

 人の長たる者、将帥たる者は皆、物的欲求さえ捨て去ってしまえば、得られないもの
は何も無い。それゆえに、あらゆる道理を明白に理解して、よく物に通じていなければ
ならない。

通じるという事については、別途伝授したいことがあるけれども、先ず自らの心に通
じ、そして他人の心に通じるまでに究(きわ)め、自他の道に通暁することができれ
ば、後には自ら天心の道にも合致するものである。

よく時機(事の起こる「機=チャンス」)に一致し、あらゆる道理に通じて三通心(自
心に通じ、他心に通じ、天心に通じる)に全てを任せるならば、天地のあらゆる事柄を
測(はか)り知ることができる。ましてや人の心などは測るに足らないものである。
このようになれたならば、匹夫(身分の低い男)といえどもけっして賤しいものではな
い。

困窮(貧賤)と栄達(富貴)は、元来、天の然らしめるものと、自ら得るものとの二つ
の側面がある。それゆえに、人というものは外面から背くことも内心から背くこともあ
り、人々の和を図るにも心と体の二つを考えて、将軍たる者は、自ら心に羞じることは
無いか、ということを思わねばならない。

このようにしてこそ、後には様々な人を知るための「知」も又、出来てくるものであ
る。人の心を映し出す鑑(かがみ)が曇りなく明らかであればこそ、後には天をも測り
知ることができるのである。

 天を測り、時を測りながらも、人の情を測ることがない。これを「人に逆らう」とい
う。時に到ってその状勢を測りながらも、事機をつかむことが出来ない。これを事機に
昏い(暗い)という。

智者(道理をわきまえた人)は、天地にも逆らわず、事機にも暗くなく、鑑が明るく澄
んでいて全ての影が消えてしまうようなものである。自己の私情をもって人を振り回さ
ず、人に先立って万事を治める。

それゆえに、危機に瀕した者がいればこれを安心させ、恐れる者がいればこれを悦ば
し、叛こうとする者がいればこれを懐柔し、たしなめられる者がいればこれを伸ばし、
弱者にはこれを助け、強者にはこれを抑え、讒者(他人を貶めるために偽りを言う者)
にはこれを覆し、謀略を図る者にはこれを親しくし、実直なものにはこれを称揚し、
曲がった者にはこれを挫き、忠実な者にはこれを賞し、罪を犯す者にはこれを戒める。
全てはその至情によってこれらのことを計るのだと言えよう。もっともその中において
官位、家禄、死罪等の権限をはじめとして、あらゆる機転がこれらによってのみなされ
るものではないということを、智ある人(道理をわきまえた人)は理解し、適切に事を
成さねばならない。

▽ 威 令

 将帥というものがたった一人の身をもって、天下国家数百万億兆の人々を束ね、人々
が俯(うつぶ)してその命令を聴き、仰いで視ることなく、息を静めて心から屈服して
これに従うということは、けっして容易なことではない。それゆえに将とは常にもろく
危うい任務なのである。

もしも自他への法制の適用が適正になされる者でなければ、人はどうして従うことがあ
ろうか。危機に処してその危うさを慮(おもんばか)らないような者は、主将にしては
ならない。上の立場にありながら下の者の心情がわからず、自分は安穏としながら民の
困難を思い煩(わずら)わないならば、大衆の怨みをどうすることもできなくなるので
ある。

雑草を双葉のうちに摘んでおかずに放っておけば、後で斧を用いなければならなくな
る。小さな火のうちに救出しないで、大きな火炎になってからどうしようというのか。
水がわずかに漏れているうちに塞がなければ、後には江河となってしまう。

例えば、身分の低い者への刑によりこれを令すべきなのに、将帥に適用する法を以って
厳しく罰することで、人をその命令に全く違反できなくさせるのは、即ち孫武や穣苴の
類である。偉勲を高く賞すべき時に賞を与えずこれを威圧し、贅沢三昧の貴族たちばか
りを取り立てることで、人がその命令に従わなくなるのは、即ち夏の桀王、殷の紂王の
類である。これゆえに、命令は軽々になしてはならない。

古き昔の良将には、命令の四箇条というものがある。

これを示すのに進退を以ってする。それにより、人は禁止されていることを知る。

これを理解させるのに仁義を以ってする。それにより、人は礼節ということを知る。

これを重視するのに是非を以ってする。それにより、人は勧善ということを知る。

これを決定するのに賞罰を以ってする。それにより、人は忠信(忠節と信頼)というこ
とを知る。

禁止・礼節・勧善・信頼は、いわゆる師の大経(たいけい:不変の条理・法則)であ
る。

これまでに、命令が正しいものであって人がこれに従わなかったことは無く、人がこれ
に従って心が剛毅になるときには死を恐れなくなる。兵自ら進んで死んでゆくようであ
れば、戦(いくさ)は必ず勝つ。このようにして我が士卒の全員が道義に殉ずる時は、
貧しく賤しい身分であっても天地の中で何ら恥じるところがなく、たとえわずかな兵力
であっても大敵を恐れることもないということを知って、上級と下級の皆が「義」の心
を鉄石のごとく強固にする時、初めて「大治 ※」による統治がこの道の上に止まるこ
とを知っておかねばならない。

(※ 掲載第二回「河陽兵庫之記 壱 その2」の「▽順徳」参照)

 従来、人の世の栄枯死生の事は天命であり、いささかも人間の思慮や按排(あんば
い)の及ぶものではない。進んでも死なず、退いても生き残れないこともあるのだとい
うことを肝に念じて、無益な工夫などせず、未練の分別を捨て、専らに、ただ後世の名
を汚してしまう事が何であるかを知り、兵が皆執着を離れて、目指すべき道を勇ましく
躍進すべきである。このことをしっかり承知しておかねばならない。

何より惜しんでも惜しみきれないものは、後世でその名に嘲(あざけ)りを受けること
である。命は棄てることも棄てないこともあるが、ひとたび名を穢されては再び還るこ
とが無い。ましてや人生の生死無常は、電光石火に跡無きよりも儚(はかな)く、露よ
りも化(あだ)なるもので、幻よりも定めなき物であればこそ、いかなることがあろう
とも一時の身命により、末代に残すべき家名に瑕(きず)をつけることがあってはなら
ない。そんなことがあれば、嘆き、又さらに慷慨(こうがい:世の中のことや自己の運
命を憤り嘆くこと)することとなろう。

このような心をよく分別すれば、上下親疎の隔ても無くなり、ただ一日の心中を互いに
勇気づけ、元気づけ、万一にも公私の「義」に赴くところ、これを逃れ難い時には、
諸人の表に立って名誉を後の世に顕(あら)わすことを思うべきである。

各々が我心の「大治」を治めようとすることを知る時には、四方に敵はいなくなるもの
である。四方に敵無くして、治(平時)にも勝ち、乱(戦時)にも勝つ。これを知るた
めの令である。

(以下次号)

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