民主党・長島昭久議員の台湾総統選挙視察報告(完結編)

(3月28日・その3)

いよいよ投開票日。

どんよりとした曇り空。絶好の投票日和だ。

午前10時から、李登輝前総統との面談が予定されていたが、前日の銃撃事件に大きなショックを受けられ、また、連日の選挙応援の過労が重なり、体調がすぐれないということでキャンセルとなってしまった。まことに残念だったが、事情は十分に理解できる。(それ以降、今日まで公式の場に姿を現しておられない。総統選挙の決着がつくまでは、とてもそんな気分になられないのであろう。ご心痛いかばかりかとお察し申し上げる。)

そこで、少し時間を繰り上げて、金美齢さんの投票について行くことに。台湾全土に1万3,000ヶ所余の投票所が設置されている。市内の小さなスペースに投票所が設けられており、有権者は自分の戸籍が登録されている地区で投票しなければならない。投票は、所定の欄(投票用紙の1番が陳・呂の現職コンビ、2番は連・宋の野党コンビ)に戸籍とともに登録されている印鑑で捺印する仕組み。これなら、乱筆で字が読めないとか、アメリカのようにパンチの穴が十分に開いてなかった、などといったトラブルはなさそうだ。有権者が続々と詰め掛けており、投票率の高さをうかがわせた。

投票所前でハプニング。

投票を済ませた金さんを囲んで談笑しているところへ、いきなり中年の男が割って入って、金さんに向かってなにやら叫んだのである。・・・以下がそのやり取り。

男「俺は、2番に投票したぞ!」

すかさず、金さんは「私は1番よ!」

すると、男は振り向きざまに金さんを指さして、

「とっとと日本へ帰れ!」

間髪入れずに、金さんは立ち去る男の背中めがけて、「とっとと中国へ帰れ!」

まるで活劇を観ているようだった。一瞬のできごとだったが、総統選挙の緊張感がひしひしと伝わる場面であった。その後、投票率は順調に伸びて、最終的には80%に達した。

そして、開票。午後4時に投票箱が閉まり、6時から一斉に開票集計に入った。6時過ぎに警察学校の敷地内に特設された中央選挙管理委員会の開票センターへ。

会場には、各国のメディアが集結し、開票結果を見守っていた。私たちも、日本をはじめ、欧米メディアの記者をつかまえては、彼らの予測を聞いて回った。いずれも大接戦で予断を許さなかった。そんな外野の声をよそに、集計作業は整然と着々と進められ、ついに午後8時前に、3万票足らずの僅差で現職の陳・呂コンビの勝利が確定した。

その時すでに、金さんは選挙特番出演のためテレビ局へと向かっており、残ったご主人の周英明さんらと喜びの握手。・・・しかし、この瞬間から混乱が始まったのである。台湾の政府関係者の表情は一様に硬い。

2万9,000票差の大接戦で、33万票余の無効票。

数日前の世論調査で、百万票ちかくの大差をつけて勝利の予測もあった連・宋陣営としては、納得のいかない敗北ということに。前日の総統暗殺未遂事件が影響したことは確実。

敗北を素直に受け入れることの出来ない連・宋陣営は、直ちに総統府前に集結し(といっても、たまたま国民党本部が総統府前にあるだけのこと。まさか、国民党が野党になることなど考えもしなかったロケーションである。)、「選挙無効、票の数え直し」を求めて座り込み抗議集会が始まった。私たちが、一晩中、地元テレビの伝える模様に釘付けとなったことはいうまでもない。

その後の状況は、報道でご案内のとおりだが、次回の最終回では、総統選挙の総括と、20日の午後に懇談したダグラス・パール米国駐台大使の分析を紹介したい。彼は、ワシントン時代からの友人で、お父さんブッシュ政権でホワイトハウスの国家安全保障会議のアジア上級部長を務めたなかなかの戦略家の一人。興味深い彼の分析は、今後の中台関係、米台関係を占う上で非常に参考になる。

(3月31日・その4 完結編)

現状と展望に触れる前に、総統選挙の総括をしておこう。

台湾の有権者はじつに絶妙のバランス感覚を発揮したと思う。統一や中国の干渉を許すあからさまな親中路線にはNOを突きつけつつ、独立へ向けて一気呵成にことを進める動きにも一定のブレーキをかけたのである。同時に行われた公民投票の不成立も微妙な数字によってもたらされた。全有権者の45%強が投票したということは、初めての試みであることと、連宋陣営が投票ボイコットを呼びかけたこととを考え合わせると、まずまずの投票率だったと思う。同時に、これを一応不成立にしたことで、公民投票の結果に神経を尖らせていた中国政府を安堵させることができた。それでも、まったく成果がなかったわけではない。今回の試みを端緒に次回以降の公民投票の可能性を大きく開くことになったからだ。

現状については、日本へも刻々と伝えられているが、?陳総統が、じつに潔く再集計を受け入れ、?国民党内の世代交代が加速化するとともに国親連合の亀裂が次第に明らかとなり、?静観していたアメリカが、中央選管の当選証書交付を受けて、陳総統に対し祝福メッセージを発したことにより、事態は遠からず収拾される方向へ向かって動き出すと思う。「かんべえ」こと畏友・吉崎達彦兄の言を借りれば、「自らの安全保障の基盤である民主主義を、台湾の人々が取り返しのつかぬ程まで傷つけるようなことはしないだろう。」

今後を占う上で、重要なポイントは3つあると思う。第一に国内融和。12月に控えている立法院選挙(総選挙)へ向けて、野党側の内紛も予想される中で、どこまで安定政権の基盤を整えられるか、が陳政権の2期目のカギを握る。

第二に、そのためにも、今回ギクシャクした米台関係を早急に修復しなければならない。その点で、米国の台湾代表部のダグラス・パール氏(駐台大使にあたる)の話はアメリカの懸念を端的に表すものであった。すなわち、陳政権の持っている3つの潜在的な脆弱性である。?「中国は決して軍事的な冒険には出てこないだろう」という過信、?「いざとなったら必ずアメリカが助けてくれるであろう」という過信、?中国研究に深くかかわる人々を「危険人物」として排斥する傾向がもたらす大局的見地の未成熟、が台湾政府の状況判断ミスにつながる可能性を指摘された。

?について、私からは、元国民党の最高指導者であった李登輝前総統の対中認識と戦略性を過小評価すべきでない、と指摘させてもらったが、たしかに、中台関係のような一触即発の危機をはらんだ情勢においては、相互の「状況判断ミス」が大事に発展する危険性を常に考えなければならない。この点は、日本も常に念頭に置きながら、友人として、時宜にかなった真摯なアドヴァイスをして行くべきであろう。

第三は、これら国内的、国際的基盤を固めなおした上で、どこまで大胆に対中政策を転換し、中国との両岸交流を促進できるか、が最大の課題だ。

いずれにしても、台湾海峡をめぐる情勢は、中国の軍近代化の動向やアメリカのこの地域へのコミットメントの推移とあわせ、私たち日本としても目が離せない。単なる現状維持政策では現状を維持できない、という世界史の現実を直視して、地域の平和と安定を確保するための不断の努力をしていかねばならない。



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