李登輝前総統会見記 [時局心話會代表 山本 善心]

【2月21日・28日 山本善心の週刊「木曜コラム」第170号・171号】

李登輝台湾前総統会見記

                          時局心話會代表 山本 善心

 2月15日、弊会(時局心話會)の企業経営者からなる30余名の訪台団が、東京・名古
屋を出発。到着後すぐ呉阿明氏(「自由時報」董事長)を表敬訪問、翌日の朝刊で会見
の様子が報じられた。滞在中は李登輝前総統と会見、また選挙事務所に謝長廷総統候補
を訪ねて激励する。しかし台湾総統選の最中にもかかわらず、街中が静かな印象を受け
たのは筆者だけであろうか。

 テレビ番組は馬英九候補の動静で埋め尽くされ、謝氏の映像が少ないという印象を受
けた。「これでは馬氏が圧倒的優勢と思われても仕方がないね」という参加者の声を聞
く。15日の午後5時から弊会主催のシンポジウムが開かれ、陳雅琳氏(ニュースキャス
ター)は今回の総統選について、黄石城氏(前国務大臣)は李氏総統時代のリーダーシ
ップ論などを元側近として語った。

 翌16日午後3時より、我々一行は淡水にある李氏の研究所を訪問した。

 当初は1時間の予定であったが、話に熱が入り2時間近くに及ぶ。弊会の参加者は普
段から勉強熱心な方々ばかりで、活発な質疑に前総統も思わずにっこり。下記は李氏の
講演内容の要約である。

【日本に残された課題】

 台湾政局の混乱、民主政治の行き詰まり、アメリカとイスラム圏の衝突、アメリカの
国内機構の麻痺、ロシアと中国、中東紛争の長期化など、国際問題は数多くの課題を抱
えている。今回は「東アジアにおける主導権をめぐる日中競争と日本のとるべき対策」
など、日本と中国の経済関係、リーダーシップの問題に焦点を絞って話をしたい。

 2月18日、私は『最高指導者の条件』という著書をPHPから出版する。これは総統
としての12年間の経験を述べたもので、主に以下の項目について触れている。今回は日
本語での出版だが、台湾の選挙関係者にもいずれ読んでほしいと思う。

!)指導者が持つべき哲学:信仰、信念、使命感など
!)組織を率いる力:リーダーシップ、現場主義、決断力、愛国心、エリートの育成など
!)上に立つ者の行動原理:忍耐力、惻隠の情、大局観、発想の転換、行動力と意志など

 国際社会の状態が激変する中、東アジア情勢も変貌を遂げている。60年前の敗戦から
起ち上がり経済大国として再生した日本は今、物質面のみならず生命力と創造力を持つ
国として生まれ変わるべき時に来ている。小泉元首相による政治改革は画期的だったが、
まだ改善すべき点が残されている。

 まず憲法を改正し、自衛隊が海外で自由に活動できるようにしなければならない。国
家安全会議の設立が安倍内閣消滅とともに挫折したのは残念だった。安全会議は、強い
内閣を生み出すためになくてはならない機構であった。

 また教育基本法の改正を通じて、国民のアイデンティティを確立することが求められ
る。アメリカ式の自由散漫な教育が行われている現状を廃し、日本人の品格と教養、愛
国心を養うことは、教育の基本であろう。

【アジアの状況と覇権争い】

 北京オリンピックの今年、アジア情勢に動乱が起こる可能性は低いだろう。

 だが2009〜10年、アメリカと中国の間で太平洋の覇権をめぐる争奪戦が発生すること
は考えられる。そしてアメリカがイスラム対策に縛られたままでいれば、アジア地域の
政治は第二次大戦時まで後退するかもしれない。政治覇権をめぐる競争が活発化する中、
東アジアのリーダーシップ競争の主力は日本と中国になるだろう。

 では新たな東アジア情勢の中、日本は果たしてアジアのリーダーシップをとれるか?
 残念ながら、今は程遠いと言わざるを得ない。週刊「東洋経済」でも発表したことだ
が、日本は依然として旧来のやり方から抜け出せていない。まず、金と権力さえあれば
よいという体質・派閥政治から脱却しなくてはならない。そのような改革制度を作り出
すのが政治家の役割だ。

 日本の政党政治のもとでは残念ながら、小泉元首相でさえ全面的な改革に踏み切れな
かった。民主国家であれば、総理は立候補制で決めるべきではないか。台湾も同じ問題
を抱えているが、根回しで元首を決める制度はやはり問題がある。

【新たな時代に対応せよ】

 たとえばバブルの後始末の問題がある。1985年以降、大量に入ってきた外貨が日本銀
行に集中した。金余りによるインフレーションが土地や株の高騰をもたらし、それがバ
ブル崩壊につながった。そのツケが今も日本を苦しめている。

 しかし台湾では私の在任中に各官僚を説得して、外貨を中央銀行に入れず、各銀行で
預金する方針をとった。そのためインフレは起こらず、90年代のアジア金融危機も無事
に乗り切ったのだ。また実現しなかったが、郵便貯金の撤収も視野に入れていた。

 かつて、お金とは計算のための道具であったが、今では商品そのものになっている。
つまり金で金を買う時代であり、昔のやり方では通らない。世界金融資本が世界を回っ
ているのだ。この時代を乗り切るためには新しい状態に対応した考え方が求められる。
アメリカのサブプライムローン問題に世界が引きずられているのも、金融が世界を回る
グローバリゼーション化によるものだ。

 電子産業についても、台湾の企業はいわゆるバーティカル(垂直的)な方法はとらず、
むしろ横に広がる形=分業を重視する態勢をとった。最初から半導体を作ることはなく
まず設計から入り、政府が技術者に貸し付けて会社を作らせ、減税・免税する措置を行
った。台湾はNECやシャープのような日本の大企業の下請けから国際的にシェアを広
げ、現在、電子産業ではアメリカ、日本、ドイツに次ぐ世界第4位のシェアを持ってい
る。

【今こそ新しい指導者を】

 経済でも技術でも世界に突出する日本だが、必要なのは優れた指導者だ。中国の指導
者に対抗できる人材はおらず、冷凍食品問題でも強く出られない。中国はいま大きな変
化を迎えつつあり、国内でもさまざまな問題を抱えているが、それをどう利用しどう助
けるか、正しく判断して行動に移るべきではないか。

 現在、伸び悩んでいる日本の国内消費を促進するため、オリンピックも大いに利用す
るべきだ。参加者や観客に、日本の持つ技術や商品で何が喜ばれるかを考え、ギョーザ
問題に拘泥するよりまず物を売ったほうがよい。

 アジアの主導権争いにおいて、自国の経済・金融・国のパワー・文化をもって中国に
頭を下げさせる指導者が、日本にはいない。日本にそれができないのは、政治が現場を
見ていないからだ。

 一例を挙げると、私は先日の靖国参拝について「中国への挑戦なのか」とマスコミに
聞かれたが、これは私の個人的な問題に過ぎない。実際、中国もほとんど何も言ってこ
ない。これを挑戦だなどというのは20年以上前の考え方である。韓国も歴史認識を選挙
や外交の道具として長年使ってきたが、新大統領である李明博氏はもうこの問題にこだ
わっていない。それが正しいのだ。

【指導者の条件とは】

 経済、技術で大きな力を持っていながら、指導者がだらしなさ過ぎるのが日本の現状
である。これも週刊「東洋経済」で述べたことだが、アジアで米中が覇権を争う中で、
日本はもっと主体的に行動し、東アジアを指導する国としての自信を持つべきだ。軍国
主義は論外だが、東アジアの安全保障にはもっと関与してよい。経済協力などさまざま
な分野でもっと自信を持ち、幅広く活躍してほしい。

 指導者になりたがる者は多いが実際にその地位につける者は少なく、成功する者はさ
らに稀である。指導者に必要なのは常人の及ばない気概、自らを激しく奮起させ新たな
未来を作る能力だ。成功の機会は限られているのが現実であり、鍵を握るのはやはり素
質と能力である。指導者にこの二つが不可欠なのはもちろんだが、指導者を選ぶ側にも
やはり素質と能力が必要となる。

 さらに民主国家における指導者は、民に対して誠意をもって民意をくみ、長期的な計
画をもって国民の幸福に寄与するべきだし、民もそのような人材を選ぶべきだ。その意
味では指導者も民も、出発点と願望は同じなのだ。

 これが指導者を選ぶ側として、また指導者として私が自他の経験から得た、指導者の
条件である。


質問 「中国の台湾侵攻の可能性はあるのか」

─ 今後、西太平洋において、恐らくアメリカと中国のシーレーンをめぐる争いが起こ
るだろう。かつて地政学上の視点から「沈まない航空母艦」と呼ばれた台湾だが、いま
大事なのは航空母艦などではなく、武器と戦略である。一方、武器という点において、
ミサイルやロケットのような電子産業ではむしろ日本が優勢なので、日中間に戦争が起
きることはまずないと考えられる。台湾問題についても同様だ。

 中国はアメリカの原子力潜水艦やミサイルの能力などを恐れており、対米関係にはひ
どく気を遣っている。国際関係においては「戦わずして勝つ」が重要であり、日本も自
分の持つ経済力や技術力をもっと発揮すべきではないか。

質問 「政治が弱くリーダーシップある指導者もいない日本が、力を発揮するにはどう
 したらよいか」

─ 軍国主義に戻るのではなく、民主主義の制度内で力を集めるべきだ。今のような政
党政治の権力争いにとらわれずに、政治家は未来の日本のあり方についてのメッセージ
を国民に発信してほしい。

質問 「経済が強いと言っても、日本は多額の借金を抱えている。企業も多額の税金を
 徴収されることを諦めざるを得ない状態だ。これらの難関を打開するにはどうしたら
 よいか」

─ 税金を下げることだ。台湾では企業から営業税や営業所得税を取っていたが、私は
総統時代にこの2つを統合、税率を27%から17%まで引き下げた。その結果、税収がア
ップしたのだ。税率が高すぎると国内に金が貯まらない。贈与税も45%から10%にまで
下げ、浮いた35ポイントを国のために振り向けるようにした。経済学的なマーケットメ
カニズムでは金持ちにしか金が行かないから、富を公平に分配するには政府が手を入れ
なければならない。

質問 「日本の官僚や政治家はアメリカという壁に阻まれている。その現状を打破する
 ために、李閣下のような外部からもっとメッセージを発信していただきたい」

─ いずれ中国とアメリカが覇権争いになったとき、アメリカは日本を頼らざるを得な
い状況にある。しかし先の戦争以来、アメリカは日本に圧力をかけるのが癖になってい
る。

 アメリカ人は実際的な反面、哲学に欠けるところがある。日本人は技術の他にも自然
との調和力など優れた精神性・世界観を持っているのだから、こうした素晴らしい面を
もっと自覚して、アメリカの壁を打ち破るべきだ。まず憲法、教育基本法を見直して、
日本文化の伝統的な良さを取り戻す必要がある。

質問 「これからは台湾、日本、韓国の3国がしっかり手を携えて、中国と共存してい
 かなければならないのではないか」

─ 台湾の安全は日本に握られていると言っても過言ではない。中国も変わってきつつ
あるが、旧態依然としたところがまだ残っている。アジアの価値を下げる皇帝型・帝国
的な中国のやり方は改めるべきだ。

質問 「本日のようなお話を日本の学生にも聞かせたい。大学関係者なので、ぜひ李前
 総統をお招きしたいが、いかがだろうか」

─ 日本の若い人たちに、精神的な道徳や伝統・文化の重みを国が伝えていない。日本
人が目先の利害にばかりとらわれていれば、真の進歩などあり得ないだろう。日本人特
有の精神とは「大和魂」であり「武士道」であると思う。それは日本人の行動基準であ
り、生きるための哲学だ。機会があれば、いつでも日本で講演させてほしい。

質問 「最近出回った『台湾の民主化の道』というDVDによると、『李登輝は一体
 何者だ』『コロコロ考えが変わる』との批判が一部にあるようだが」

─ 台湾大学史学科の呉密察教授は、「李登輝氏は大正世代に生まれて徹底的に日本の
薫陶を受け、忍耐・自制・秩序を重んじ、公のために奮闘・努力する精神を身につけた
人である」と言っている。この考えに私は同意するが、実践躬行(じっせんきゅうこう、
自分で実際に行動すること)が述べられていない。日本的教育は、武士道の実践に意義
があるからだ。

 時代は大きく変化している。人間の考えや行動は、時代の変化に適応することが肝要
だ。世界がどんどん変わっているのに、政治や経済が変わらないなら国が衰退するだけ
だ。しかし、国の精神や伝統・文化、企業の理念・哲学は未来永劫変わってはならない。

質問 「一国の指導者であった李前総統から、指導者の条件について聞かせていただき
 たい」

─ 指導者であるのは容易なことではない。団体の大小を問わず、基本的に考えの違う
人々を従え、同じ目標に向かって前進するわけだから、大変な挑戦といえるだろう。ピ
ーター・ドラッカーは「知識のある人ほど管理しにくい。しかし、知識のある人を使う
ことは目標を達成する最良の方法だ」と言っている。

 指導者は専門家と違い、側に立ってしっかり努めればよいというのではない。いつで
も最前線に立って、随時判断し、決断し、実行しなければならない。

日本の企業の社長・会長は「トップは物事を“現場”で処理しろ」と言っているが、企
業がバブル崩壊後の業績悪化から立ち直ったのは、経営者が現場を重視したからではな
いか。

※訪台の写真集は弊会HPを御覧下さい。
 http://www.fides.dti.ne.jp/~shinwa/jikyokushinwakai/08taiwan.html

時局心話會
東京都台東区池之端2−2−8 3F
電 話:03-5832-7231 FAX: 03-5832-7232



投稿日

カテゴリー:

投稿者: