1月31日に発売された台湾誌「壹週刊」における李登輝前総統のインタビュー記事につ
いて、本誌でも共同通信と朝日新聞の記事を掲載した(2月1日)。
一連の報道では、李登輝前総統が「大幅な政策転換を表明」「独立追求の主張を否定」
(共同)、「従来の立場を百八十度ひっくり返す発言」(朝日)、「方針転換を表明」(日
経)とあったが、いったいどこをどう読んだらこのような報道になるのだろうか、と訝し
さばかりが残った。後で「壹週刊」の記事を確認して、本誌でコメントを付けずに紹介し
たことを悔いている。
李登輝前総統は「大幅な政策転換を表明」もしていなければ、「従来の立場を百八十度
ひっくり返」してもいない。「壹週刊」で、台湾は正常な国家とは言い難く、正名運動も
制憲運動も必要だと明確に述べられている。翌日のTVBSというテレビのインタビュー
でも「今日の台湾に見合った憲法が存在しておらず、国号を(台湾に)変更する必要があ
る」という見解を改めて表明されている。
李登輝前総統は微塵もぶれていない。その見識の深さに新聞記者の理解がついていけな
いか、色眼鏡で見ているかのいずれかだ。
この李登輝前総統の発言について、台北に語学留学している青森李登輝友の会事務局長
の中西功氏より、1月26日に台湾団結聯盟主席に就任された黄昆輝氏の発言を踏まえた的確
な論考をいただいたのでご紹介したい。タイトルは編集部で付した。
(メールマガジン「日台共栄」編集長 柚原正敬)
李登輝前総統の台湾主体路線は全く変わっていない
愛台湾の方々、心配しないでください
台北 中西 功
台湾社会のことなのですぐに収束すると思われた李登輝前総統および黄昆輝・台聯(台
湾団結聯盟)主席の発言が今なお騒がれ、さらに影響が大きくなっています。2月2日付の
「自由時報」(台湾のメジャーな全国紙)では「(台湾)李登輝友の会解散の声も」など
という記事まで出てしまいました。
私にも、なぜ波紋がここまで広がってしまったのかという心配はあるものの、李登輝氏
や黄昆輝氏の発言に今までの路線と矛盾する所は何もないので、愛台湾の方々は是非とも
気を揉まないでいただきたいと思います。
事の発端は、黄昆輝氏台聯主席就任後の会見での「台聯の基本政策を中道左派に置く(
台湾独立を声高に主張しない)」との発言です。そして、さらに李登輝氏が週刊誌のイン
タビュー上で語った「自分は台湾独立を主張したことがない」「中国へも行ってみたい」
との発言が緑陣営(台湾本土派)を中心に波紋を広げました。
しかしながら、それぞれの発言をよく聞き考えれば、台湾主体路線が全く変わっていな
いのは明らかです。
黄昆輝氏の発言から考えると、台湾はすでに一つの独立した国家であるから、今さら台
湾独立を全面に主張する必要はなく、国名を「台湾」へ正名することや台湾憲法を制定す
るなど正常な国家をつくるための主張が必要だと言っているに過ぎません。
台湾独立問題については、台聯(台湾独立連盟)は「台湾は未だ法理上の主権独立国家
にはなっていない」と主張しているなど、緑陣営のなかでも意見が分かれているものの、
両論ともに台湾主体路線の方向を向いており協調推進可能な差異でしかありません。
また、これほど民主化が進んだといわれている台湾においても、一般社会において政治
の話はほとんど聞かれません。これは、政治の話の前提が「お前は緑か青(台湾と中国と
の統一派)か」であり、逆に言えば、台湾の独立・統一問題以外がなかなか話題にならな
いからです。これではまだまだ成熟した民主主義国家とは言えません。
こうしたなかニュースを見れば、国会での政治家同士の殴り合いや罵詈雑言合戦ですの
で、国民の政治不信・政治離れはかなり深刻です。
今回の「中道左派」発言は、台聯が労働者の生活改善を主張することによって、そうし
た政治離れを食い止めるための方策でもあり、大いに期待したいところです。
日本人の私が言うのもどうかと思いますが、私は台湾の会社に本来の労働組合をつくる
べきだと考えています。台湾にも「工会」と呼ばれる労働組合があるのですが、知人によ
ると実態は会社の御用聞きに成り下がっており、労働者の権利・生活を守るものでは全く
ないようです。ですから、台聯が主体的にこの問題に取り組み、組合を支持母体とした政
党になっていくことができれば、台聯も大きく成長し、また国民も政治について考えてい
けるようになるのではないでしょうか。また、その他にも教育や年金のような国民の身近
な問題にも積極的に取り組んでほしいものです。
さらに黄昆輝氏の発言には、民進党が対中国経済開放を推進しているため多少距離を置
きたい、現在の台聯が民進党の子分のように見られているため独自の存在意義を出してい
きたい、去年の陳水扁総統辞任要求で台聯が賛成を表明した(すぐに撤回)マイナスポイ
ントを挽回したい思惑等も込められていると思います。
ここまで考えれば、李登輝氏の「台湾独立を主張したことがない」という発言は「台湾
はすでに独立国家である」と言っているに過ぎないことは明白です。そもそも群策会(台
湾の民主化・本土化推進を目的とした李登輝氏発起の民間シンクタンク)の会長である李
登輝氏と秘書長である黄昆輝氏の間で、このような本質的な問題についての見解が異なる
ことなどあるはずがありません。
また、「中国へ行きたい」との発言は、「中国にも李登輝氏に訪れてもらいたいと思っ
ている人々がたくさんいる」という内容を受け「それなら行ってみようかな」と冗談半分
で回答したものに過ぎず、それ以上の意味などないのです。
ですから、私はここまで台湾社会が揺れている理由がわからないのです。各県市の李登
輝友の会(台湾)で解散の声が囁かれたり、同会の全国総会で3委員の辞職が要求された
りしているのは、報道の見出ししか追っていないために多くの人が誤解していることに端
を発しているだけではないでしょうか。
1日でも早くこの無駄な論争が収束することを一愛台湾として願っています。