昨日の産経新聞1面には驚かされた。台湾軍で2017年5月1日から2019年6月30日まで参謀総長をつとめた李喜明氏へのインタビューがトップ記事だったからだ。李喜明氏が日本メディアの取材を受けるのは初めてだそうだが、台湾軍人へのインタビューが新聞のトップ記事になったのも恐らく初めてではないだろうか。
実は、李喜明氏には参謀総長に就いた直後の2017年7月に台湾の国防部でお会いしたことがある。軍人のイメージからはほど遠い柔和な表情と誠実な応答ぶりはとても印象的だった。上背があるためか、立ち上がったときに背筋がスッとしており、海軍出身らしい伸びやかな感じも印象深かった。
李喜明氏は現在、民間のシンクタンク「台北政経学院平和安全センター」の執行長を務める。その傍ら、国立政治大学社会科学学院で週1回教鞭を執る兼任教授や国防部傘下の財団法人国防安全研究院の戦略諮問委員、アメリカのシンクタンク「プロジェクト2049 」の客員研究員などもつとめる、台湾を代表する安全保障問題の専門家だ。
インタビューでは、主に中国軍と台湾軍の戦力比較に基づく戦い方や、台湾有事に対する米国と日本の対応について答えているが、日本について「日本は米国から協力を求められた場合にどうするのか、事前に準備しておく必要がある。直接でも間接でも台湾を助けるなら、台湾の防衛戦略や能力を理解していなければ問題が起きる。日本はこの点が全く不足している。日本は台湾との接触を恐れているようだ」と、日本が台湾の防衛戦略や能力を理解しようとしていない現状を指摘し、その原因を「台湾との接触を恐れている」ことにあるようだとの推測を述べ、中国の存在が念頭にあるかのように指摘している。
一方、台湾と米国の関係については「もし米国が軍事力で台湾を助けるとしても、台湾と共同作戦を行うことは難しい。米台間には日米間と異なり、共通の指揮・通信体制も作戦計画もない」と、台湾軍と米軍との共同演習などの必要性について指摘している。
ここまであからさまにしていいものかと心配にもなるほどの率直な受け答えには驚かされた。しかし、これが現状のようで、日本としては台湾側との情報共有に法的制約はない以上、どこを恐れることなく、米国側と諮りつつ、台湾の防衛戦略や能力を理解するために積極的に接触するよう進めてもらいたいものだ。それは、日本の国益にもかなうことなのだ。
下記に1面、2面の記事並びにネット版に掲載された発言詳報を紹介したい。
◆台湾防衛構想「日本の参考に」 台湾・李喜明元参謀総長 【産経新聞1面:2023年1月8日】 https://www.sankei.com/article/20230107-ZYIDPLXLRVMFTEGREBY3MSWWUY/
—————————————————————————————–「台湾の戦略理解が日本の国益」 台湾元参謀総長の発言詳報【産経新聞:2023年1月8日】https://www.sankei.com/article/20230108-BLZFNCDKCBNJVBGXROMODLUEUY/?856703
台湾の李喜明元参謀総長は産経新聞のオンライン取材で、日本は台湾有事に米国からの支援を求められる事態に備え、「事前に台湾の軍事戦略や能力を理解しておくことが国益に合致する」と述べた。発言の詳報は以下の通り。
◆伝統的戦略では台湾は防衛できない
── 軍(制服組)トップの参謀総長として「総体防衛構想」を提唱した理由は
「20〜30年以前、台湾は伝統的な戦力で中国の侵略を抑止できた。だが、中国は経済発展の結果、軍事力が大幅に飛躍し装備は米軍よりも新しい。台湾が伝統的な作戦を続ければ、もはや(防衛は)無理だ」
「中国は台湾侵攻能力を備えつつあり、米軍によると2027年が一つの指標だ。われわれは今後数年で全面侵攻の脅威に直面する。台湾の予算、マンパワー、物資は中国に遠く及ばず、残された時間は多くない。台湾には(自分は中国人か台湾人かという)アイデンティティーの対立がある」
「台湾にはこうした課題があり、伝統的な方式で防衛すれば絶対に失敗する。そこで『拒否的抑止』理論を基に総体防衛構想を提唱し、迅速に非対称戦能力を構築することを求めた」
◆米国から高い支持
「中国を抑止するには、非対称戦能力の構築と練度の高い軍隊、そして強靭(きょうじん)な社会が必要だ。機動、分散、精密、高威力、小規模化によって負けなくする。航空機対航空機、戦車対戦車、軍艦対軍艦の方法は取れない。ウクライナ戦争に非対称戦、小国の防衛策を見ることができる。中国軍を全ての戦場で撃退するのではなく、台湾を占領させない。『勝利』を再定義すれば、必要な投資額は下がり国防資源も足りる」
「中国は長射程ミサイル、ロケット砲、航空戦力、無人機の数量が多い。戦力が容易に破壊されては台湾に次の一歩はない。このため生存率の高い戦力が必要だ。グレーゾーン事態に対処するには伝統的な戦力が必要だが、航空機や軍艦は非常に高価で、非対称戦力に予算を回せなくなる。伝統的戦力は高性能で少数にすべきだ」
「もし開戦すれば、まず戦力を保存する。遠方で(敵を)殺傷することはできない。次に航空機や軍艦が台湾本島に接近すれば、中・短距離の精密・高威力の非対称兵器で攻撃する。派兵して台湾を占領しようとするなら、上陸段階で小型ミサイル艇や機雷、民間の妨害施設構築で阻止する。上陸に成功すれば、正規の陸軍以外に国土防衛部隊を活用する」
「同様の部隊はウクライナで成功した。予備役の志願制で特殊部隊が非対称兵器の使用法を訓練し、分散されたヒット・アンド・ラン方式で敵の補給部隊などを攻撃する。こうして抑止力を構成すれば中国は容易に侵略戦争を発動できない。構想は米国とも協議し、非常に高い支持を受けた」
◆自発的な防衛意志が重要
── 構想は現在、全面的には採用されていない
「軍は過去数十年の作戦方式に慣れ急に改革できない。米国も非対称作戦を採用すべきだと促しているが、構想は私の退役以降、ほぼ取り上げられなくなった。だが3年後(の現在)再浮上している。蔡英文総統は双十節の演説で非対称戦力の強化を訴えた。構想の名称は使わないが、実質的には使っている」
── 蔡総統は兵役期間を4カ月から1年に延長し「国土防衛部隊」を創設すると発表した
「私が提唱した部隊とは異なる。徴兵で編成すべきではない。私が提唱したのは、退役した兵士が自発的に参加し、毎年2回各2週間の訓練を受けて携行式地対空ミサイル『スティンガー』や同対戦車ミサイル『ジャベリン』を用いて小規模で都市や周辺でゲリラ戦を行う部隊で、正規編成の部隊ではない」
「重要なのは自発的に国を守る意志だ。台湾には200万人以上の予備役がいるが、政府には装備も訓練も与える能力がない。徴兵は強制だ。熱意が大事だ。クリミア半島は14年、(防衛)意志が不十分で一瞬で奪われたが、今回(ウクライナ人は)は国土防衛の意志が非常に強い。台湾も同じだ」
◆台湾に長射程ミサイルは不要
── 日本は昨年の安保3文書で、李氏が不要だと主張している長射程ミサイルによる反撃能力(敵基地攻撃能力) の保有を決めた
「日本が策源地攻撃能力を採用した合理性は、台湾より高い。まず財力が異なる。策源地攻撃のミサイルは非常に高価だ。精密誘導を行う科学技術力も台湾は日本に及ばない。日本は米国と同盟関係にあり、米国は日本に協力するが、台湾が(中国本土を攻撃)するのを望まない。日本が購入できる巡航ミサイル『トマホーク』を台湾は買えない」
「台湾には目標を定め、攻撃し、効果を測定するキルチェーンも保有する実力がなく、(ミサイルを)乱打しても効果が分からない。日本は米国の協力が得られる。台湾が特に注意すべきは、長距離攻撃が不正確で、ロシアがウクライナ市民を殺傷しているように中国人民を殺傷すれば、中国共産党は認知戦・宣伝戦に利用する。中国人民が台湾の武力統一に反対する機会が失われ不利だ。通常弾頭では破壊力は小さく、中国を抑止することはできない。日本が策源地攻撃を採用するのは道理があるが、台湾にはない」
◆米軍と共同作戦は難しい
── 中国が武力侵攻する場合も米国は台湾を助けないと思うか
「もし米国が軍事力で台湾を助けるとしても、台湾と共同作戦を行うことは難しい。米台間には日米間と異なり、共通の指揮・通信体制も作戦計画もない。私は構想で(台湾の)攻撃範囲を中・短距離に限定した。米軍が来援する場合、遠距離の打撃を任せれば、同士討ちを避けられる。来援しなくても中・短距離で(中国軍を)攻撃できる」
「バイデン米大統領は台湾を助ける意思があると信じるが、次の大統領は分からない。米国は平時でも台湾で訓練ができない。訓練したことがなければ一緒に戦えない。だが、(米台は)戦場の空間と時間を分け、役割を分担することはできる」
◆日本は準備必要
── 日本との安全保障協力の可能性は
「武力統一でも平和統一でも、台湾が中国に統一されることは日本の利益に合致しない。中国が台湾に武力侵攻し米国が介入すれば、日本は枢要な役割を果たす。日本が加われば対中抑止力は大きくなり、米軍は日本の基地や補給、日本との共同作戦が必要になる」
「ただ、私個人は日本が台湾を助けるとは思っていない。日本は経済、政治、外交上の利益を考慮するからだ。日本が台湾を支援する唯一の状況は、米軍が派兵を決定し、日本に協力を求める場合だけだろう」
「日本が公に『台湾の防衛を支援する』と宣言できないことは分かっている。だが、日本は米国から協力を求められた場合にどうするのか、事前に準備しておく必要がある。直接でも間接でも台湾を助けるなら、台湾の防衛戦略や能力を理解していなければ問題が起きる。これは日本の防衛上の利益にも合致するはずだ。日本はこの点が全く不足している。日本は台湾との接触を恐れているようだ」
「米国でも『台湾に来援する』とは宣言していない。だが、米国は常に多数の軍人が来台して台湾を理解している。支援と理解は別だが、理解していなければ支援はできない。現在の日本(の態度)は、日本の国家利益に合致していない」
◆構想は日本の参考にも
── 尊敬する歴史上の軍事戦略家は
「特にいないが、戦争の形態は常に変化している。第一次大戦では砲艦対砲艦、第二次大戦は航空機対空母で、大和や武蔵は成功しなかった。現在、中国が発明した(対艦弾道ミサイル)東風21、26は2000キロ以上先の空母を攻撃できる。先を見て自らを変える者は勝ち、後ろを見て変化に応じる者は負け、見て変わらない者は滅ぶ。第二次大戦時に、ウクライナが用いた(地対艦ミサイル)ネプチューンが主力艦を撃沈できると想像できただろうか」
「現在の米軍は分散、小規模、機動を重視しており、総体防衛構想とほぼ同じだ。構想は日本の本土防衛にも参考にする価値がある。今後、中国が過去20年と同様、軍事力を増強し続け、日本の軍事力との差が(現在の)中国と台湾のようになれば、構想は一定の参考になるだろう」
(聞き手 田中靖人)
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