日台は半導体設計やインド進出で連携できる  李 世暉(国立政治大学教授)

台湾の国立政治大学教授で「台湾日本研究院」理事長の李世暉氏の経済安全保障論は傾聴に値する。

総統・立法委員選挙直前の今年1月11日から実施した本会の「日本李登輝学校台湾研修団」では、この「経済安全保障から見た台湾選挙」というテーマで講義していただいた。

明確な経済安全保障の観点を持っているのは民進党だけで、国民党にも民衆党にもないという指摘が印象的だった。

このほど、出版されたばかりの著書『半導体最強 台湾 大国に屈しない「チェーンパワー」の秘密』(日経BP、2024年7月26日)の紹介も兼ね、日経クロステックが氏へのインタビューを掲載した。

講義でも「チェーンパワー」について話していただいたが、インタビューで「経済安全保障の要となる半導体サプライチェーン、軍事的安全保障を支える周辺国との地理的つながり、そして世界の自由主義・民主主義陣営との思想・文化的なつながり」の3つを総称した命名だという。

台湾有事にも言及し、「台湾はチェーンパワーで周辺国とつながっており、この地で軍事行動を起こすことはコストが高くつきすぎる。

中国はよほど真剣に検討し、決断しない限りは実行に移せないだろう」との観点から、中国による台湾侵攻の可能性は低いだろうと指摘している。


台湾・政治大学教授「日台は半導体設計やインド進出で連携できる」【日経クロステック:2024年7月26日】https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/09557/

世界の半導体供給基地であり地政学的要所である台湾。

米中の覇権争いの焦点でもある同地域自らは、国際政治のパワーゲームでどう立ち回るべきか。

台湾・政治大学教授で日本の経済安全保障政策や科学技術政策に詳しい李世暉(リ・シーホイ)氏は、著書『半導体最強 台湾 大国に屈しない「チェーンパワー」の秘密』(日経BP)でその道筋を示す。

台湾積体電路製造(TSMC)の日本進出で脚光を浴びる半導体分野を中心に、日台にどのような連携の道があるかを聞いた。

─ 台湾の戦略の指針として著書で提示した「チェーンパワー」とはどのような概念でしょう  か。

台湾の現在と未来を考える上で3つの鎖(チェーン)が重要と考え、それらをチェーンパワーと総称した。

その3つとは、経済安全保障の要となる半導体サプライチェーン、軍事的安全保障を支える周辺国との地理的つながり、そして世界の自由主義・民主主義陣営との思想・文化的なつながりだ。

チェーンパワーという概念は台湾だけに当てはまるものではない。

世界を見渡すと自らを独力で守れるのはほぼ米国に限られ、その他の国は他国との連携が欠かせない。

多くの中規模の国、例えば韓国や東南アジア諸国にとってもこの概念は有効だろう。

─ 3つのチェーンパワーのうち、日台関係では半導体サプライチェーンに注目が集まっていま  す。

日本は半導体分野での連携にかなり積極的だが台湾はそれほどでもない、というのが半導体サプライチェーンにおける現在の関係だと見ている。

日本にとって台湾の半導体産業は非常に重要だが、台湾側にとって日本への進出は選択肢の1つでしかないからだ。

日本進出によってTSMCの競争力が高まるかといえば、そうは言えないだろう。

ところが政治の側面を含む全般的な日台関係では、この関係が逆になる。

台湾は日本との連携に積極的だが、日本側はそれほどでもない。

半導体分野で日本に対する熱意がそれほど大きくないのは、日本の半導体産業に対する台湾側の研究不足によると私は見ている。

日本の半導体産業との連携が台湾の経済発展に果たし得る役割は、台湾自身が認識しているよりも大きい。

台湾の半導体産業は2020年以前には「攻め」の姿勢だった。

2020年以降は経済安全保障の観点から「守り」に転じた。

日本におけるRapidus(ラピダス、東京・千代田)の設立も、日本にとっては守りだと言えると思う。

日本も台湾も次は攻めのフェーズに移る必要があり、日台の連携はその基礎になる。

半導体分野での両者の関係は(製造の台湾、素材や装置の日本といった具合に)大半が補完的で、競合する部分は少ない。

◆ラピダスは台湾の脅威ではない

─ 具体的には半導体分野でどのような連携があり得ますか。

中国に続いてこれから重要になる市場はインドだろう。

中国への依存度を下げる観点からも、台湾の産業界にとってインドは魅力的な市場だ。

インドは半導体産業を立ち上げようとしているが、まだ十分な設備投資はなされていない。

日台の半導体企業が連携してインド市場を攻めるという戦略が採れる。

もう1つ連携が考えられるのは設計分野だ。

米NVIDIA(エヌビディア)が覇権を握るAI(人工知能)半導体をはじめ、半導体設計の中心地は米国だ。

ただ、AI半導体がデータセンターだけではなく製造業のスマート化にも重要であることを考えると、そこで使われる中間的な性能や価格のAI半導体がもっと必要になる。

そこに求められる半導体の仕様や活用法については、日本のものづくり企業に豊富な知見があるはずだ。

この領域で、日台連携のチャンスがあると思う。

例えば台湾の半導体設計企業にとっては、日本に研究開発機能を持つことが選択肢の1つになる。

顧客のニーズをくみ取りやすく、人材獲得でも有利だ。

台湾で優秀な半導体設計者を雇おうと思えば、1年目から1000万円程度の給与が必要になる。

日本では600〜700万円で可能だろう。

台湾の半導体設計最大手の聯発科技(メディアテック)は日本に販売機能を持つが、海外の開発拠点はシンガポールに置いている。

それはシンガポールがメディアテックに対して手厚い支援をしているからだ。

今の日本政府の政策は製造に偏っているが、こうした企業の研究開発拠点を誘致する政策を打ち出せば、日台の設計分野での連携が生まれる可能性がある。

─ ラピダスはTSMCと競合する領域を手掛け、日台連携と逆行するようにも映ります。

マスメディアはそうした論調で報道することが多いが、ラピダスとTSMCは敵対関係にはないと私は見ている。

ラピダスが成功する可能性は必ずしも大きくないと見ているが、成功した場合にはそれはTSMCにとって良い刺激となるだろう。

健全な競争は成長を生む。

競い合うからこそ、協調の可能性も生まれる。

ラピダスとTSMCが一定の範囲で協力する可能性はあるのではないか。

─ 中国と台湾は、半導体分野ではどのような関係にあるでしょうか。

中国の半導体産業の実力  についてはどう見ていますか。

台湾の半導体産業にとって、中国は貿易黒字の源泉となる重要な市場だ。

中国が半導体製造に欠かせない材料や重要鉱物を握っている点では、台湾の半導体産業の急所でもある。

中国から台湾への材料や重要鉱物の輸出が止まれば、台湾の半導体産業が受けるダメージは大きい。

ただし、中国が台湾への輸出制限を発動するようなことがあっても、まずは農産物やプラスチック製品などが対象だろう。

半導体分野はいったん貿易関係が止まると中国にとっても影響が大きいため、制限を加える順番は最後になるはずだ。

中国の半導体産業の実力については、製造装置を内製できるかが分かれ目になる。

現状は大半を輸入に頼っている。

半導体の製造技術や装置では台湾や日本が速く走り続けており、10年後も中国が追いつくのは難しいだろう。

ただ、半導体に決定的な技術転換が起きた場合は中国にもチャンスが訪れる。

自動車で言えば、ガソリン車では中国は日本やドイツに追いつけない。

ところがEV(電気自動車)では競争環境が変わった。

中国の産業発展はいわば手段を選ばない発展であり、他国製品のコピーによって「コストゼロ」で開発しようとする。

どこまで発展するかが予測不能で、半導体にもそれが当てはまる。

─ 中国による台湾侵攻の可能性はどの程度あると見ていますか。

世の中の大半の見方とは反対に、その可能性は低いと見ている。

中国共産党にとって、台湾への軍事侵攻は両岸(台中)関係における最後の手段だ。

それを行使することは、両岸関係を巡るこれまでの政策が失敗だったと自ら認めることを意味する。

政権基盤の弱体化につながるリスクも大きい。

これは非常に危険だと習近平政権は自覚しているだろう。

自らの失敗を認めることは、習政権にはあり得ない。

中国から見た両岸関係では、武力衝突を伴わない現状維持こそが成功を意味する。

ただ、指導者が代わるなど政治体制が変わった場合は、一気に先が見通せなくなる。

習政権がいつ終焉(しゅうえん)を迎えるのか。

軍事的にも産業面でもこれほど重要な国の未来が予測不能であることは、第2次世界大戦後の世界政治における最大のリスクだろう。

世界はこのリスクに向き合い、直ちに対策を打たなければならない。

万一、中国が台湾に侵攻することがあれば、北朝鮮と行動を共にし北朝鮮は韓国に侵攻する可能性がある。

そうなれば、東アジア地域での米国の軍事力の半分は朝鮮半島に割かれ、台湾には残りの半分しか向けられないだろう。

台湾はチェーンパワーで周辺国とつながっており、この地で軍事行動を起こすことはコストが高くつきすぎる。

中国はよほど真剣に検討し、決断しない限りは実行に移せないだろう。

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李 世暉(リ・シーホイ)氏台湾・政治大学国際事務学院日本研究学科教授/台湾日本研究院理事長京都大学大学院経済学研究科博士課程を修了後、慶応義塾大学SFC研究所上席所員、同大学政策メディア研究科特別招聘教授、台湾立法院「半導体戦略国会議員連盟」顧問などを歴任。

専門分野は日本の経済安全保障、日本科学技術政策、日本外交。

2021年、台湾初の日本研究シンクタンク��ぢ台湾日本研究院��ぢの設立を主導し、創立理事長を務める。


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