小馬英九─問題山積で前途遼遠  迫田 勝敏(ジャーナリスト)

【台湾ダイジェスト:2013年3月号】

 春節(旧正月)が明けて、「開工(仕事始め)」の2月18日、馬英九政権も装いを一新し
てスタートした。行政院長(首相)に江宜樺が同副院長から昇格して、この日正式就任。
そのルックスから「小馬英九」とも呼ばれる江宜樺は一部の経済閣僚を入れ替え、最大野
党、民進党主席の蘇貞昌と「朝野対話」に乗り出すなど活発に動き出した。しかし今の台
湾は内外に問題が山積、しかもその解決は容易ではない。前途洋々というよりも、前途遼
遠というべきだろう。

◆52歳、過去最年少の首相

 第25代行政院長に就任した江宜樺は今年52歳。過去50年間で最年少の行政院長だとい
う。基隆市の生まれだが、台北の建国中学から台湾大学政治学系に進み、米国エール大学
に留学した台湾の典型的なエリート。建国中学ではポスト馬英九の有力候補の新北市長、
朱立倫とクラスメートだった。台湾大学で政治学修士号、さらに博士課程を終え、エール
大学で博士号を取得しており、「自由民主の道理」「民族主義と民主誠意」など著書も多
数ある。

 帰国後、中央研究院の研究員を経て母校、台湾大学に奉職した。夫人、李淑珍も台北教
育大学の歴史学の教授だ。その江宜樺が政治の世界に入るきっかけは、大学の同窓でもあ
る馬英九が2008年の総統選に出馬した時に支援したこと。馬政権が誕生すると、いきなり
閣僚級である行政院の研究発展考核委員会主任委員に起用され、馬政権の憲政白書、教育
白書なども執筆、2009年9月から内政部長に転任、八八水害の後始末をした。そして昨年2
月に行政院副院長に昇格した。

◆異例のスピード出世だが…

 その経歴から分かるように江宜樺は異例のスピード出世をしている。政治の世界に足を
踏み入れてわずか5年余で「首相」の座を射止めている。もちろんそれを可能にしたのは、
馬英九。馬英九による抜擢で、最年少の首相を誕生させた。それだけ馬英九の信頼が厚
い。そこから2016年に総統を退任する馬英九の後継者ではないかとも囁かれており、そう
なると、建国中学の同級生、朱立倫と争うことになる。

 江宜樺は支持率が10%台前半で低迷する馬英九の抜擢に応えるよう就任早々から動き出
し、西洋政治思想を学んだ学者らしい考えも示している。馬英九がこれまで要求されなが
らも、事実上、拒否してきた野党との対話に乗り出し、「重大な問題はまず世論調査をし
てから検討する」とも発言し、原発建設問題では住民投票の実施を提案している「小馬英
九」とはいわれるが、「一意孤行(他人の意見を聞かず独断的に行う)」ととかく批判の
悪い馬英九とは少し違う。加えて自閉症の長男を抱え、人間的も大きくなったという評価
もあり、ルックスは似ていても人場永久とは大分違う。」

 しかし今の台湾は問題山積だ。なによりもまず成果が求められるのは、経済だろう。そ
こで江内閣発足に合わせて経済部長、経済建設委員会(経建会)主任委員を更迭した。経
済政策の企画に携わる経建会の主任委員に財経の経歴がある政務委員だった管中閔を充て
るのは分かるが、日本の経済産業相に当たる経済部長に中華航空の董事長だった張家祝と
いうのは多くの人が首を傾げている。この人事は実は馬英九の意向だともいわれ、だとす
れば江宜樺は人事権を完全には握っていないことになり、今後の政策運営に危うさが残る。

◆最大の課題は「脱馬英九」

 実は江宜樺内閣の最大の問題はこの「馬英九問題」だろう。馬英九の抜擢で行政院長に
はなったが、それだけに馬英九の影響力が大きい。馬英九の考え一つでクビになるし、馬
英九が世の中の批判を浴びればそのスケープゴートになるという側面も強いのだ。 

 2009年8月に辞任した馬政権下、初代の行政院長、劉兆玄は八八水害の失策の責めを負っ
て辞めたが、水害対応が遅れたのは劉だけではない。総統自身も同罪だった。

 今回辞任した陳沖は経済不振の責任を取った形だが、これも行政院長だけの問題ではな
いはず。なによりも総統がイニシアティブをとるべき問題だろう。しかしトカゲが尻尾を
切って生き延びるように、馬英九はその責任を行政院長や各閣僚に押しつけて事実上の引
責辞任をさせてきた。だからといって馬英九の言いなりでは経済再生ができるかどうか。

 そこで自由時報は社説で「馬英九の反対をやれ」と書いた。なにもすべて馬英九が言う
ことの反対をする必要はないだろうが、大事なことは江宜樺が世論調査も含めて専門家な
どのアドバイスを取り入れ、時には馬英九の意向に逆らっても、自分の判断で政策運営す
ることだ。つまりは馬英九の影響下から離れる「脱馬英九化」だ。そこまでの覚悟がなけ
ればこの難局を乗り切ることは難しい。(了)

                      (敬称略、ジャーナリスト・迫田勝敏)


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