国際刑事警察機構総裁を収賄で拘束した習近平政権の異常性と異質性

国際刑事警察機構(ICPO=インターポール)総裁の孟宏偉氏が9月末から行方不明になっていたが、10月7日、中国共産党の汚職摘発機関である中央規律検査委員会は「孟宏偉を違法行為の疑いで目下、国家監察委員会が監察・調査している」と発表し、ようやくその消息が判明した。違法行為とは「収賄」だという。

 孟氏は世界192ヵ国が参加しているという国際刑事機構という国際機関のトップにある。しかし、中国共産党にはどうやら一つの駒でしかなく、それも胡錦濤前政権の生き残りで、失脚させられた反習近平陣営の周永康派だったことから「周永康の害毒を一掃する」対象とされたようだ。

 やはり、異常な事件であり、日本経済新聞は「法治の常識が通用しない。そんな現実を、習近平政権は自ら世界に発信してしまった」と、詳しく報じている。下記に紹介したい。

 実は、孟宏偉インターポール総裁は台湾とも関係する。台湾は2016年に国際刑事機構総会へのオブザーバー参加を申請したが認められなかった。これもまた、世界保健機関(WHO)の年次総会に台湾が参加できない状況と同じで、中国人総裁を利用した中国の圧力によるという見方が有力だ。

 また、国際刑事機構が発行する国際指名手配リスト入りを意味する「赤い通知」は加盟国が発行を申請するというが、国際刑事機構は「通知」の発給条件を明確にしておらず、米国議会では「インターポール総裁である中国公安副部長・孟宏偉氏が、中国の都合に合わせて『赤い通知』を発行しているのではないか」と、その中立性も問題視されていた。

 それにしても、法治の常識が通用せず、自己都合を押し付けてくる中国の異質性と異常性に向き合わざるを得ない、その最先端に位置しているのが台湾なのだ。このような中国と付き合わざるを得ない蔡英文政権の苦境は、台湾人のみならず、自由、民主、法治などの基本的価値観を共有する国々にも理解されなければなるまい。

 その点で、米国のトランプ大統領が中国を「米国の国益や価値観と対極にある世界を形成」しようとしているという認識を昨年12月発表の『国家安全保障戦略』で示したことがいかにまともな判断だったか、今回のインタポール総裁拘束事件が証明したようだ。

————————————————————————————-ICPO総裁事件の不気味、「異質な中国」世界に発信【日本経済新聞:2018年10月8日】

 異常な事件と言わざるを得ない。9月下旬から行方不明になっていた国際刑事警察機構(ICPO)の孟宏偉総裁は、中国当局に身柄を拘束されていた。「異質な中国」では法治の常識が通用しない。そんな現実を、習近平(シー・ジンピン)政権は自ら世界に発信してしまった。

 わずか1行だった。「孟宏偉を違法行為の疑いで目下、国家監察委員会が監察・調査している」。7日、中国共産党の汚職摘発機関である中央規律検査委員会が、ネット上に掲載した声明文である。

 その数時間後、こんどはICPOが「孟氏から総裁をただちに辞任するとの連絡を受けた」と発表した。孟氏が中国当局の拘束下にある以上、辞任を強要されたと考えざるを得ない。

 AFP通信によると、孟氏は9月25日にICPOの本部があるフランスのリヨンから中国に向かったあと、消息を絶った。リヨンに住む孟氏の妻から「夫と連絡が取れない」と通報があり、フランスの検察当局が捜査を始めていた。

 現地で記者会見した妻の説明が、この事件の不気味さを物語る。「夫から携帯に『私からの電話を待ちなさい』とメッセージが入ったあと、ナイフの絵文字が送られてきた」。その後、孟氏からの連絡は途絶えた。妻と2人の子どもは現在、仏当局の保護下に置かれているという。

 64歳の孟氏は中国公安省の次官を務めていた2016年11月に、中国人として初めて任期4年のICPO総裁に選ばれた。名門の北京大学法学部を卒業し、公安部門の枢要なポストを歩んできた典型的な中国のエリート官僚である。

 孟氏はどんな「違法行為」を犯したのか。中国公安省の党委員会は8日に開いた会議で、孟氏を「収賄」の疑いで調査していると明らかにした。しかし、身柄拘束の理由はそれだけではないようだ。「周永康の害毒を一掃する」。会議の公告はこうも記している。

 周永康氏は胡錦濤(フー・ジンタオ)前政権の最高指導部メンバーで、公安部門のトップを務めた人物だ。退任後に習近平氏が繰り広げた「反腐敗闘争」で摘発され、失脚に追い込まれた。中国メディアはその周氏が、かつて孟氏を公安省の次官に抜てきした張本人であると伝える。

 漂ってくるのは、権力闘争のにおいだ。孟氏は公安省の次官を兼務しているが、拘束されたときはれっきとした国際機関のトップだった。その孟氏が失脚した背後に党内の権力闘争があったとするなら、国際社会には理解しがたい話である。

 中国で著名人がこつぜんと姿を消す奇妙な光景は、つい最近も目にしたばかりだ。

 米ハリウッドにも進出した人気女優の范冰冰(ファン・ビンビン)さん(37)は、6月から公の場に姿をみせなくなった。税務当局が1億4千万元(約23億円)にのぼるファンさんと所属会社の脱税を認定したのは、4カ月近くたった今月3日である。

 当局は8億8千万元の追徴課税と罰金の支払いに応じれば、ファンさんの刑事責任を問わないとしている。「共産党と国家の良き政策がなければ范冰冰はいない」。ファンさんが3日に発表した国民向けの謝罪文は、まるで党の温情に感謝すると言わんばかりだ。

 世界は「異質な中国」を目の前にし、改めて驚いている。それはトランプ米政権との貿易戦争が激しさを増すなか、仲間づくりを急ぐ習政権にとって少しもプラスにならないはずだ。

 習氏は9月下旬、「貿易保護主義の台頭が中国に自力更生の道を歩むように迫っている」と訴えた。「自力更生」とは外部の力に頼らず、自らの努力で困難な状況を克服することを意味する。毛沢東時代にさかんに唱えられたスローガンだ。

 中国が自己流のやり方に固執し、国際社会の常識を受け入れようとしないならば、世界の混迷は深まるばかりである。

                                (中国総局長 高橋哲史)


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