のある拓殖大学海外事情研究所教授で日本戦略研究フォーラム政策提言委員の澁谷司氏が「3つの
懸念」を表明した。
3つの懸念の1つ目として「本当に何事もなく、総統選挙が行われるかどうか」、2つ目は「民進
党(および民進党系)が総統選挙はもとより、立法委員選挙でも過半数(113議席中、57議席以
上)を制するか否か」、3つ目は「無事に、5月20日、新総統就任式が行われるのか」を指摘してい
る。
いずれも正鵠を射ていると思われる。本誌でも指摘してきたように、最悪は総統選の立候補者が
暗殺されるような事態だ。澁谷氏は2004年の総統選前日に起きた、陳水扁総統と呂秀蓮副総統への
狙撃事件を例に挙げている。
本誌で紹介したように、黄文雄氏も昨年11月26日の「正論の会」で総統選立候補者の暗殺につい
て「国民党の朱立倫主席を暗殺する可能性がある。暗殺すれば選挙中止の口実になる」と指摘し、
台湾在住ジャーナリストの迫田勝敏氏も「立候補者が暗殺されるなどの死亡事故が起これば選挙は
無効となり、馬英九総統は秩序を取り戻すという理由を掲げて戒厳令を布いて憲法を停止し、総統
に留まる可能性もある」と指摘している。
陳水扁狙撃事件ばかりではない。2010年11月の統一地方選挙のときも、投票日前日の11月26日、
新北市議選候補者の選挙応援に来ていた連勝文氏(連戦・国民党名誉主席の長男)が拳銃で撃たれ
るという銃撃事件が起こっている。
2つ目の少数与党というネジレ現象への懸念もさることながら、やはり問題は、蔡英文候補が総
統に当選する可能性がすこぶる高い現在、総統就任式までの4ヵ月という長い空白期間に、総統の
馬英九が中国から軍隊を招き寄せるような状況を作る恐れがあることだ。
この懸念はけっして絵空事ではない。2012年の前回総統選挙で政権交代はなかったが、今回はそ
の可能性が高い。政権交代が行われるまで4ヵ月もの空白期間を迎えるのは初めての事態となり、
この間に、選挙結果を覆す重大な政治事件が起こる可能性を否定できないのだ。
前回総統選挙のときの2011年12月15日、国際法学者の彭明敏氏が主席、李登輝元総統が名誉主席
に就任し、台湾に「台湾公正選挙国際委員会(ICFET)」が発足している。日本からはジャーナリ
ストの櫻井よしこ氏や小池百合子・衆議院議員も加盟している。
今回もすでに台湾公正選挙国際委員会が発動していて、1月12日、日本からは本会副会長でもあ
る田久保忠衛・杏林大学名誉教授などが台湾公正選挙国際委員会メンバーとして訪台している。
澁谷氏が指摘する「3つの懸念」を味読されたい。
◇ ◇ ◇
澁谷 司(しぶや つかさ)
昭和28年(1953年)、東京生れ。東京外国語大学中国語学科卒。同大学院「地域研究」研究科修
了。関東学院大学、亜細亜大学、青山学院大学、東京外国語大学等で非常勤講師を歴任。2004〜05
年、台湾の明道管理学院(現、明道大学)で教鞭をとる。2011〜2014年、拓殖大学海外事情研究所
附属華僑研究センター長。現在、同大学海外事情研究所教授。専門は、現代中国政治、中台関係
論、東アジア国際関係論。主な著書に『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』『人
が死滅する中国汚染大陸 超複合汚染の恐怖』(経済界)等多数。
台湾総統選挙をめぐる3つの懸念 澁谷司(政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授)
【日本戦略研究フォーラム「澁谷司の『チャイナ・ウォッチ』」:2015年1月12日】
http://www.jfss.gr.jp/news/shibuya/20160112.htm
2016年1月16日(土)、台湾では総統(大統領)選挙と立法委員選挙(1院制。日本の衆議院選挙
に相当)が同時に実施される。特に、前者は「第3次政権交代」が起こるかどうか、内外から注目
を浴びている。
1945年、日本の敗戦以来55年間、台湾は国民党の支配下にあった。1996年、李登輝(本省人=早
い時期に渡台した漢民族の末裔)政権下、台湾初の総統民選が実施されている。それまでは、台湾
住民が国民大会代表を選出し、その代表(国民大会)が正副総統を選ぶ間接選挙だった。
「第1次政権交代」は2000年に起きた。同年、野党・民進党は、陳水扁(本省人)候補を擁立
し、初めて国民党から政権を奪取した。これが中華世界における初めての「平和的政権交代」であ
る。なお、2004年、陳水扁総統は再選されている。
2008年、いったん下野した国民党は、馬英九(外省人=1949年、蔣介石と共に渡台した「在台中
国人」及び、その2世・3世)候補を立て、再び政権を取り戻した。「第2次政権交代」である。そ
して、前回、2012年、馬総統は再選された。
今回、野党・民進党は蔡英文候補を擁して、政権奪還を目指している。他方、与党・国民党は朱
立倫主席(外省人と本省人のハーフ)を候補として擁立(昨年10月、突然、洪秀柱総統候補が引き
ずり降ろされている)した。また、親民党は宋楚瑜主席(外省人)が立候補している。各種世論調
査によれば、現時点で、蔡候補の当選が確実視されている。
ただし、今度の総統選挙には3つの懸念材料がある。
第1に、本当に何事もなく、総統選挙が行われるかどうかである。
2004年、総統選前日、陳水扁総統と呂秀蓮副総統が台南で選挙遊説中、暴漢に狙撃された。銃弾
は車に乗っていた正副総統に命中している。幸いに2人とも命には別条なく、翌日、無事、選挙が
行われた。
翌日、陳水扁総統が、国民党の連戦総統候補(副総統候補は親民党の宋楚瑜)を3万票弱で辛う
じて振り切っている。もしも、その銃撃事件で正副総統が命を落としていたら、選挙は延期されて
いた。
今回、立候補している3ペアの誰かが暗殺されたならば、戒厳令が敷かれ、選挙は延期されるだ
ろう。その場合、すでに“レイムダック化”している馬英九政権が延命する。
第2に、民進党(および民進党系)が総統選挙はもとより、立法委員選挙でも過半数(113議席
中、57議席以上)を制するか否かである。
1949年、国民党が渡台して以来、未だかつて“ブルー陣営”(国民党及び国民党系)が立法院で
少数になった事はない。ただ、今度ばかりは“ブルー陣営”が初めて少数派に転落する恐れがあ
る。
逆に、もし“グリーン陣営”(民進党及び民進党系)が立法委員選挙で過半数割れしたならば、
陳水扁政権下同様、蔡英文新総統の政権運営がきわめて困難になるだろう。立法院で法案が通らな
いからである。
第3に、仮に、順調に総統選挙と立法委員選挙が行われ、両選挙で民進党(および民進党系)が
勝利したとしよう。だが、5月20日の新総統就任式まで4ヶ月あまりもある(新立法院<新国会>は
2月1日に召集される)。
昨年11月、突如、シンガポールで習近平中国国家主席と馬英九台湾総統の間で、会談が開かれた
ことは記憶に新しい。ひょっとすると、習馬会談で“平和的”中台統一の“密約”が交わされた公
算がある。
現在の習近平体制は、政治・経済・社会のいずれを取っても行き詰まっている。そこで、習主席
が求心力を高めるため、台湾との統一を目指しても不思議ではない。一方、馬英九は根っからの
「中台統一派」であり、習近平とは両岸統一の志は一緒である(ちなみに、台湾住民の約80%以上
は、当面の中台統一に反対している)。
従って、たとえ蔡英文が当選したとしても、その権力移譲期間(空白期間)に、中国軍が台湾海
峡を渡る可能性を排除できないだろう(実際、昨年7月、中国共産党は、内モンゴルで台湾総統府
に模した建物を建築し、そこで急襲演習を行っている)。
その時、馬英九政権は(台湾軍を動かさず)中国軍を“歓迎”するかもしれない。すると、米軍
は「台湾関係法」(国内法)による台湾防衛が不可能となる。
同法は、中国の台湾侵攻により台湾住民の生命・財産が脅かされた時、米国は台湾にあらゆる援
助を行うと記している。けれども、同法は“平和的”中台統一に関しては、何ら効力を持たない。
そのため、オバマ政権は両岸の“平和的”統一を看過せざるを得ないだろう(ただし、“グリーン
陣営”が島内でゲリラ戦を展開すれば、話は別である)。
果たして、無事に、5月20日、新総統就任式が行われるのか。目下、台湾は重大な岐路に立たさ
れている。