中国の急激な侵略を防ぎ、東南アジア諸国と連携して現状の緩やかな変遷で中国を抑え込む、こ
れが米国のアジア政策見直しの要点である。
米国のアジア政策見直しとはアメリカが中国に強い態度を取るようになったこと、同時に日本重
視、台湾重視と南シナ海への介入である。特に台湾問題でこれまでの態度を変えたのは良いこと
だ。
過去2か月の間に起きた台湾関連のニュースを拾ってみると米国の台湾に対する変化がわかる。
(1)朱立倫の訪中と台湾民間の強烈な反対、
(2)中台関係が中国拒否になった、
(3)米国在台協会(AIT)主席・薄瑞光(Raymond Burghardt)の台湾訪問、
(4)蔡英文・民進党党首の訪米で米国側の破格な歓待、
(5)オバマの「アメリカは南シナ海の領有権を持っていない」発言。
これらの台湾で起きた一連の事件に前の記事(No.544)で書いた。シャングリラ・ダイアローグ
とG7首脳合同発表を合わせれば米国のアジア政策見直しが見えてくる。
●過去2か月に台湾で起きたこと
5月4日、国民党の党首で新北市長でもある朱立倫は中国を訪問して習近平と会見したが、この会
見で習近平が「92年共識(中国は一つというコンセンサス)」が中国と台湾双方の平和の基礎であ
ると強調したのに対し、朱立倫はコンセンサスを認めると言わず、代わりに「両岸同属一中(台湾
と中国は同じく中国に属する)」と述べた。台湾は中国の領土であると発言したにも等しい。
これが報道されると台湾人民は激しく反撥し、朱立倫は台湾を売ったと批判された。朱立倫は
「一つの中国とは中華民国のことだ」と弁解して嘲笑を買った。朱立倫の人望はガタ落ちとなり、
国民党の三大政治人物から脱落した。中国の恫喝は人民の反感を強め、台湾では反中国と反外省人
の声が高くなり、国民党は次の選挙で大敗するかもしれない。
5月10日にRaymond Burghardt(薄瑞光)米国在台協会主席が慌てて台湾に飛んできて馬英九と会
談した。国民党党首が中国を訪問して習近平と会談をしたらアメリカは中国と中華民国にどんな
(公開、非公開の)約束があったのか知りたがるのは当然である。だが彼はこの訪問で国民党側の
公式説明を聞くだけでなく、台湾人民の総意が[NO CHINA]になったことを確認したと言える。
国民党は総統選挙に候補者を出せないでもたもたしている。中国政策も反対が強烈だから、
Raymond Burghardtはこの時点で「国民党に見切りをつけた」のではないか。2012年の総統選挙に
Douglas Paalを派遣して馬英九を支持した時とは大違いである。
Raymond Burghardtのもう一つの任務は、月末に米国を訪問する予定の民進党の党首・蔡英文と
スケジュールの打合せだった。蔡英文のほかにも民間の有名人物に会ったと言われている。
●蔡英文の米国訪問
5月末から12日間の米国訪問に出発した蔡英文は、6月2日ワシントンで公式訪問を始め、参議院
の軍事委員会主席John McCain、民主党議員のJack ReedとDan Sullivan などと会見した。蔡英文
はこの後すぐAIT主任Raymond Burghardtの案内で米国貿易代表と会談した。
続いて3日にはホワイトハウスで米国国家安全会議を訪問し、4日には国務省でアントニー・ブリ
ンケン国務副長官らと面会した。近年における台湾の総統候補者として、最も高いレベルの礼遇を
受けた。このほか、蔡英文は3日にアメリカのシンクタンクCSISにおいてKurt Campbellの主催で台
湾問題について講演をした。
アメリカが1978年に中華民国と断交して以来、台湾の政治家がワシントンを訪問しても国会やホ
ワイトハウスに招待されたことはなかった。蔡英文は野党の党首で総統選挙の候補者が、今回のワ
シントン訪問で破格な待遇を受けたのである。つまり米国は国民党に見切りをつけた、少なくとも
来年は民進党が政権を取るだろうと予測したのだ。これは重要な政策変更である。
●オバマの「南シナ海の領土主権否定」
6月1日、オバマ大統領はホワイトハウスでASEAN諸国の青年代表らと会見した際に、南シナ海に
おける中国の勝手な岩礁埋め立てについて「もしも中国の主張が合法なら諸国はこれを認める。し
かし肘で他人を押し退けるような行為で合法性を主張することはできない」と発言して中国の強引
な領土主張を退けた。
その次にオバマは「アメリカは領土争議の片方ではなく、南シナ海の領土主権も持たない。しか
しアジア太平洋の一国として、国際間の意見の相違は国際標準に従い、外交手段で平和に解決すべ
きで、これはアメリカにも利害関係のあることである」と述べた。
オバマは「アメリカは南シナ海(そして台湾澎湖)の領土主権を持たない」という非常に重要な
発言をしたのである。日本はサンフランシスコ平和条約(SFPT)の第2条bで台湾澎湖の主権を放
棄したが、同時に第2条fで新南群島(パラセルとスプラトリー群島)の主権も放棄した。しかし、
日本が放棄した領土の主権は明らかにされなかった。
放棄された領土の主権が明確でないため、台湾の台湾民政府(TCG)と米国台湾政府(USTG)の
グループは、SFPT第23条に主要占領国アメリカと書いてあるからアメリカは台湾の占領権を持つ」
と勝手に解釈して宣伝(主張)していた。
アメリカが領土主権を明確にしなかったから根拠のない主張ができたのである。だがオバマは
「米国は南シナ海(そして台湾澎湖)の占領権を持っていない」と発言した。つまり「台湾民政府
(TCG)と米国台湾政府(USTG)の主張には根拠がない」ことが明らかになったのである。
●「現状維持」とは緩やかな変遷
これまで米国のアジア政策は「現状維持」だけだった。つまり中国とイザコザを起こしたくない
から、横暴な中国の領土拡張や武力恫喝に対し日本、台湾、東南亜諸国に我慢を要求してきたので
ある。米国のアジア政策見直しとは「我慢にも限度がある」ということだ。
米国が台湾の中国国民党を支持してきた理由は、国民党は台湾独立をしない、民進党が独立主張
をすれば中国が武力で恫喝する、だから米国は民進党を支持せず「現状維持」を押し付けてきたの
だ。それが今回の蔡英文の訪米で米国の態度がガラリと変わった、国民党を見切り、民進党支持に
回ったのだ。
米国は民進党が政権を取っても独立宣言はしないとわかった。それより国民党の統一路線と中国
の南シナ海の領土拡張のほうが危険で中国の台湾併呑はアジアで戦争が起きる。中国の急激な侵略
を防ぎ、東南アジア諸国と連携して現状の緩やかな変遷で中国を抑え込む、これが米国のアジア政
策見直しの要点である。