去る8月21日、中米エルサルバドルが台湾と国交を断絶するとともに、中国と国交を樹立した。これで2016年5月の民進党、蔡英文政権の発足以来、わずか2年半で5カ国が台湾の中華民国と断交して、国交を保つ国の数は17カ国にまで減少した。
中華民国は、第2次世界大戦終結時には、国連の原加盟国であり、安全保障理事会の常任理事国として、世界の主要国であった。しかし、国共内戦に毛沢東の共産党が勝利して、1949年10月に中華人民共和国の建国を宣言し、蒋介石の国民党政府が台湾に移転すると、中華人民共和国と国交を樹立して中華民国台湾と断交する国が相次いだ。
その後、台湾と国交を維持する国の数は、蒋経国政権が終わった88年1月には22カ国に減っていた。しかし、続く李登輝政権の12年が終わった時、台湾と国交を持つ国は29カ国に増加していた。
実は、この間に12カ国が断交したが、19カ国が新たに国交を結んだのである。天安門事件で躓(つまず)いた中国、東欧の民主化ドミノとソ連の解体という社会主義への逆風の中、李登輝政権12年に経済発展と民主化の成果を上げた台湾は、中国からの李登輝政権攻撃の言論とミサイル発射や軍事演習による「文攻武嚇」の中でも国際的地位を高めることに成功したのであった。
しかし、2000年に国民党から歴史的な政権交代を実現した民進党の陳水扁政権では、8年の政権期間に国交国が23カ国にまで減少した。世界の工場として台頭する中国の力が示され、相対的に台湾の立場が弱まったのだが、要は建国以来、共産党の中国は、台湾の併合を目標に、その国際生存空間を狭めるべく圧力を掛け続けてきたということである。
ところが、08年に国民党が政権に復帰して、馬英九総統が対中宥和(ゆうわ)政策をとると、中国は台湾の国交国を減少させようとしなくなった。実際、13年11月にガンビアが台湾と断交して中国との国交樹立を求めたとき、中国はこれに応じなかった。これは馬英九政権の台湾には、圧力を掛けて国際的孤立を深めさせるまでもなく、台湾は中国の手中に入りつつあると中国が認識していたということである。
ところが、16年1月の総統選挙で、中国お気に入りの国民党が敗北して、台湾の自立化路線をとる民進党の蔡英文候補が当選を決めると、まだ馬総統の任期中の3月17日に中国はガンビアと国交を結んだ。最後に、馬英九国民党政権は中国に見捨てられたのである。
ところで、蔡英文政権がスタートすると、同年12月21日に西アフリカのサントメ・プリンシペが、次いで昨年6月12日には中米のパナマ共和国が、相次いで台湾との国交を断った。さらに本年になると、4月30日に中米ドミニカ共和国が、5月24日には西アフリカのブルキナファソが、立て続けに国交断絶した。今回のエルサルバドルを合わせると、4カ月で3カ国の断交である。さらなる国交断絶ドミノの危惧さえ、台湾で囁(ささや)かれている。
これは単なる国交断絶ではない。蔡英文総統が声明で述べたように、中国による「文攻武嚇」であり、短期的には11月に控える統一地方選挙への圧力、そして台湾併呑(へいどん)の長期目標達成のための策略である。
台湾は1990年代半ばまでに民主化を成し遂げ、人権を尊重する法治国家として、日本と価値観を共有する東アジアの平和国家であり、親日国家である。これに対して中国は、共産主義を国是とし、一党独裁で思想信条の自由、信教の自由がない日本とは異質な国であり、アジア太平洋に覇を唱えようとする覇権主義国家である。立命館大学名誉教授の北村稔氏は、中華人民共和国は「社会主義の衣を着た封建王朝」であると喝破している(『中国の正体』PHP文庫、2015年)。その中国が、台湾の生存、発展を脅かすのを、日本は拱手(きょうしゅ)傍観してはいけない。
蔡英文政権は、台湾経済が中国の手中に絡め取られないように、東南アジアおよび大洋州との関係密接化を図る「新南向政策」を進めているが、それが台湾の将来の発展と安定に資するまでには時間を要する。
そこで日本としては、台湾政府自身が希望している環太平洋連携協定(TPP)への参加を積極的にアピールすべきである。TPPは、台湾の新南向政策対象国に加えて、日本やカナダ、メキシコを包含する。さらにアメリカのTPP復帰を実現すれば、台湾にとって、国交断絶した中米、西アフリカの5カ国よりはるかに頼もしいパートナーとなる。
国交国の急速な減少で心許(もと)ない思いをしている台湾国民が、不安から中国への傾斜を強めるとすれば、それこそ中国の思う壺(つぼ)である。内部からの対中統合論こそ台湾を併呑してアジアを勢力圏に収めようとする中国の狙いである。台湾が実質的に中国の傘の下に入ることになれば、日本のシーレーンは危うくなり、西太平洋が中国の海になる。それを阻止するのが台湾のTPP加盟促進という日本からのシグナルなのである。「雪中送炭」、日本が主導的に東アジアの平和と繁栄、安定を強化するため、今こそ台湾にTPPへの参加を求めるべきである。 (あさの・かずお)