中国の習近平国家主席と台湾の馬英九総統が11月7日、シンガポールで会談した。中台分断後初
の「歴史的会談」と喧伝(けんでん)されたが、空疎感の否めない政治イベントだった。相手を官
職で呼ばず、共同会見もなく文書も出さない。その上、馬総統の残り任期はわずか。来年1月の総
統選挙では「一つの中国」を受け入れていない野党・民進党への政権交代が確実視される。
つまり、民主化を経て、将来は自己決定すべきだとの自覚を強めている台湾の民意が置き去りに
された、ということだ。今日、中台首脳会談とは、かく空疎に始めるしかないのだろう。だが、会
談が台湾海峡の平和にとって「歴史的」であるためには、共産党・国民党だけでなく、台湾そのも
のの歴史も主役とならねばならないであろう。
◆多層的な「族群」
ただ、それも一筋縄ではいかない。有史以来、オランダ東インド会社、鄭氏勢力、清朝、日本、
そして戦後の「中華民国」というように、様々な勢力に支配され、「諸帝国の周縁」に位置づけら
れ続けてきたのが、台湾史の特色だからだ。そのため、先住民族と異なる時期にやってきた移住者
集団が折り重なった「族群(エスニック・グループ)」の多層構造が現代に存在している。「四大
族群」とは、原住民、客家(ハッカ)人、ミン南(ミンナン)人、外省人を指す。
王甫昌『族群 現代台湾のエスニック・イマジネーション』は、熟達の社会学者による、このわ
かりにくい現象のわかりやすい解説である。理解の鍵は、族群とは、抑圧や差別で苦境にあると感
じる人々が、それを脱するために「共通の祖先や文化」を持つ集団として「想像」したものである
ことだ。つまり族群とは、「中華民国」が全中国を代表するという虚構が崩れ、台湾社会の様々な
集団が「台湾」という社会に属している、と発想せざるを得なくなった時に生じた現象なのであ
る。
このような族群が共存しているため、台湾史では「誰の歴史か」がつねに問われる。
周婉窈『増補版 図説 台湾の歴史』は、この問いから出発しながら、先史時代から現代まで、
多彩なトピックを提示して各時代の台湾の有り様を描出している。版を重ねて、増補され、日韓英
訳も出て、台湾知識界が発信する台湾史の国際スタンダードとなっている。
台湾の歴史を語る時、1947年に起きた反政府暴動、二・二八事件は避けられない。弾圧で多数の
犠牲者が出たこの事件と傷痕をどう語り、癒やすのかの「移行期の正義」問題が、現代台湾の国
家・社会関係の底にわだかまっている。何義麟『台湾現代史』(平凡社・3024円)は、この事件を
出発点にすえ、その後の見直しを中心とする現代史の再記憶の歩みをたどる。同時に、戦後の民主
化運動史の概観をも提供している。
◆「親日」とは何か
日本との関係も気になるところだ。台湾の人々にとって、日本とは具体的に何なのか。「親日」
を当たり前と思ってしまう怠慢に陥らないため、より台湾人に即して知るべきだ。五十嵐真子・三
尾裕子編『戦後台湾における〈日本〉』とその続編、植野弘子・三尾裕子編『台湾における〈植民
地〉経験』は、日本人文化人類学者が台湾のフィールドで出会う「親日」を一つの社会・文化事象
とし、台湾の現代史家の参加も得て共同研究した、興味深い成果である。異色の台湾論として推奨
したい。
◇若林正丈(わかばやし・まさひろ)早稲田大学教授(台湾地域研究)
49年生まれ。著書『台湾の政治』、編著『現代台湾政治を読み解く』など。