◆はじめに
何の話をしていた時か忘れてしまいましたが、自称「世捨て人」の陳俊郎さんが、「カラスミは
台湾が世界に誇る産物である」、いつか蔡燦耀さんを紹介しようと仰ってくれた。
陳さんは現在89歳。お仕事をリタイアした後、台南の関廟という所に土地を借り、そこに「ホワ
イトハウス」(掘立小屋)を作り、悠々自適、百姓をされている。昔、農業委員会(日本の農林水
産省に相当)に勤務され、その後、種苗の商いを行ったこともあり、農林水産関係の知識豊富な方
です。
今回の「台湾通信」はカラスミについて書かせていただきます。
◆カラスミの「いろは」
陳さんによれば、蔡燦耀さんは「明興商行」という会社でカラスミを製造販売されており、カラ
スミについての知識が豊富であるから、何でも聞くがよいと仰る。
私は台南にある「阿霞飯店」という台湾料理の老舗で、前菜に出されたカラスミの味が忘れられ
ずにいました。呑兵衛である私は、時々カラスミを頂戴したり、自分で購入したりして、カラスミ
を肴に一杯やるのですが、「阿霞飯店」で食べたカラスミの味にならない。一度カラスミの美味し
い食べ方をどなたかにお聞きしようと思っていたところでもあり、そうだ、蔡燦耀さんにお聞きし
てみよう、そしてできれば「台湾通信」の話題にカラスミを取り上げてみようと思い立ちました。
お訪ねする前にすこしは予習しておこうと、ウィキペディア(フリー百科事典)などで調べてみ
ました。
まず、手元の小学館デジタル大辞泉によれば、カラスミは「鱲子」と書き、「ボラの卵巣を塩漬
けにし、塩抜きして圧搾・乾燥した食品。形が唐墨(からすみ)に似る。サワラ・タラからも作
る」とあります。台湾では「烏魚子」と書き、台湾語ではオーヒーチーと発音します。
別の辞典(新潮日本語漢字字典)によればカラスミは「鮞脯」とも書くといいます。「ぼら」は
食用になる海水魚で、背は青く、腹は白い。成長するにつれて、「おぼこ」、「すばしり」、「い
な」、「ぼら」、「とど」と呼び名の変わる出世魚で、「鮱」「鯔」「鰡」とも書くと言います。
カラスミが日本に来たのは安土桃山時代、中国(明)から長崎に来たと言います。カラスミの名
前は、豊臣秀吉が長崎代官にその名前を尋ねた時に、その形状が唐(中国)の墨に似ていたので、
「唐墨」と答えたという言い伝えがあるそうです。
◆蔡燦耀さんのお店訪問
先日(7月1日)陳さんに案内していただき、蔡燦耀さんのお店「明興商行」を訪問し、いろいろ
お話を伺いました。
蔡さんは昭和2年生まれというから今年88歳、子供のころお父さんがカラスミを作るのをよく見
ていたといいます。
支那事変のころと言いますから、昭和12〜13年頃でしょうか、日本にカラスミを出荷する時は木
箱に入れて出荷したと言いますから、その当時、カラスミは相当高級なものだったということで
す。日本ではカラスミは「珍味」の一つとして珍重されていた。日本統治時代は、役人が品質検査
を行っており、甲、乙、丙の3種に鑑定していたそうであるが、今は行っていない。
当時の蔡さんの家はいわゆる三合院で、中庭でカラスミづくりの天日乾燥作業を行っていた。台
南の西海岸に「ぼら」を積んだ漁船が来ると、「ぼら」を買い付けるが、「ぼら」の良しあし、量
によって価格が上下するので、この仕入れには相当緊張したといいます。
日本統治時代のカラスミの消費は台湾内で2/3、日本へ1/3送っていた。数はあまり多くなかった
が、だんだん量が増え、「ぼら」を獲る船も増加していった。
昔の作り方は「ぼら」の卵を塩漬けにするが、この塩加減が大切で、経験がものをいう世界で
あった。買い付けた「ぼら」は腹を丁寧に割き、卵を取り出し、かごに詰めて持ち帰るが、魚は魚
屋が引き取って行った。
現在は、「ぼら」の養殖が発達して量が安定して供給されているので、価格も比較的安定してい
る。台湾近海産の「ぼら」は1〜2割で、台湾の西海岸での養殖が4割、輸入が3〜4割であろう。
養殖は海水1/2、地下水1/2で行うが、土臭いのが難点である。近海産の「ぼら」は12月初め、新
竹あたりで獲れ始め、徐々に南下し、台中、彰化、台南、そして東港あたりに向かう。「ぼら」の
ルートは3つあり、一つ目は黄河付近、二つ目が長江付近、三つ目が長崎・日本海だそうである。
蔡さんのお話によると、「ぼら」の卵の輸入先はアメリカ、オーストラリア、ブラジルなどある
が、フロリダのものはあまりよくない。ブラジル産は土臭くないが、味は台湾に負ける。オースト
ラリア産はアメリカ産よりは良いと言います。エジプトのナイル川河口付近ではぼらがたくさん取
れたが、ダム建設の結果ぼらは取れなくなったそうである。
水分を含んでいる「ぼら」の卵は冷凍して2〜3年もつが、乾燥させて水分がないものは冷蔵で2
カ月は持つ。それ以上おくと黒く変色したり、カビが生えたりするので、早めに食べた方がよいそ
うです。
天日乾燥させる前に、塩抜きしたカラスミを板の上に並べ、その上にもう一枚の板を敷き、その
上にカラスミをならべる。それを5段積み上げるが、形を整えるためである。板の上のカラスミは
卵の上の部分と下の部分を交互に並べて、形が均一になるようにする。
◆カラスミのおいしい食べ方
カラスミの美味しい食べ方について、自分は人に教えられたとおり薄皮を剥いた後日本酒を付け
火で炙り、また酒を付けては炙って、薄く切って食べるが、昔、阿霞飯店で食べた時のようなしっ
とりとした食感がなく、美味しさが足りないと話すと、蔡さんは破顔一笑、「お酒は駄目だよ、酒
がうま味を奪ってしまう」という。また「焼きすぎてはいけない、炭火で焼くのが一番良いが、フ
ライパンでもいい」とのこと。
何と私は一番おいしいものを一番まずく食べる方法で食べていたのだ。念のため、インターネッ
トで「カラスミの美味しい食べ方」を調べましたら、いろいろな方がいろいろなことを仰っていま
す。
ある方は火で炙らないでそのままがよいといい、ある方は日本酒を振りかけて20〜30秒焼くとい
い、ある方は焼酎に浸した後ラップにくるみ、冷蔵庫で3日ほど熟成させるという。
これは自分でいろいろやってみて、自分の舌で確かめて、自分が一番おいしいと思うやり方を決
めろということかと思います。
◆カラスミのいろいろな食べ方
カラスミについていろいろ調べていましたら、実に多くの食べ方があることがわかりました。呑
兵衛の私は、スライスしたカラスミを大根かネギと一緒に食べるか、時にはチャーハンにすること
もありますが、これは蔡さんによりますとイタリア式の食べ方だそうです。
参考までにインターネットで見つけた料理を2、3紹介いたします。
(1)カラスミ茶漬け
ご飯の上に刻みネギ、海苔、小女子などとカラスミを乗せ、お茶をかけで頂くとあります。カラ
スミは指でほぐすのがよいとか。紹介文によりますと、酒を楽しんだ後の残りのカラスミを利用し
て茶づけにした云々とありますが、私の場合、カラスミが残らないことが問題でしょうか。
(2)カラスミパスタ
いろいろな方がいろいろなパスタを紹介されています。目の細かいおろし金で、パスタにまぶす
量のカラスミをおろし、残りをスライスしてパスタと合える。
(3)カラスミピザ
ピザは手作りでも宅配でも冷凍でもよいそうで、スライスしたカラスミを焼き上げたピザにのせ
れば出来上がり。カラスミをピザと一緒に焼かないほうがよいとのこと。
◆おわりに
カラスミの選び方をお聞きいたしました。色は自然な色がよいとのことですが、着色したものも
あり、中々難しいようです。真空パックされているが、封を切って匂いを嗅げば、輸入品か、養殖
か、天然か、蔡さんにはすぐわかるそうですが、素人には無理のようです。結局、しっかりしたお
店で購入するのが一番とのことでした。
蔡さんにお話を伺ってびっくりしたことが一つ。台湾人も日本人もカラスミを珍味として楽しむ
が、中国人はカラスミをあまり好まないそうです。飛行機や机以外は何でも食べる(?!)という中
国人にも好き嫌いがあるということでしょうか。もちろん美味しいといって食べる人もいることで
しょうが……。
尚、蔡さんのお店「明興商行」は、台南市民権路二段198号、永福路と民権路の交差点のところ
にあり、電話番号は06-2222783です。