台湾のデジタル化・社会システムがスゴイ件  藤 重太(富吉国際企業顧問有限公司)

【日本台湾交流協会「交流」:2020年11月号】https://www.koryu.or.jp/Portals/0/images/publications/magazine/2020/11月/2011_04fuji.pdf

 台湾は新型コロナウイルスの見事な対応で感染流入を防ぎ台湾の安全生活と経済を守ってきたことは、台湾をよく知る皆さんなら最も肌で感じ、身をもって感じたことではないでしょうか。米国のアザー厚生長官の訪台などは、台湾の感染症対策の優秀さと世界の中での台湾の存在感を示すきっかけになったと思います。先日も「ついに200日域内感染者を出していない」と世界でも報道され賞賛されました。日本においても今回の台湾のコロナ対策は多くの日本のテレビや雑誌・マスコミでも報道され、オードリー・タン政務委員の存在と活躍などを中心に、台湾への羨望と尊敬、感嘆の念が増したことは、台湾を知るわたしたちにとっては嬉しいことではないでしょうか。

 そして、最近ではこの「台湾のコロナ戦」以外で、注目されているのが台湾の強さのヒミツです。蔡英文総統の強いリーダーシップ、蘇貞昌行政院長や陳時中部長(中央感染症指揮センター指揮官)や行政副院長になった沈栄津前経済部長、呉[金リ]燮外交部長などの優秀な閣僚や官僚の存在、機能する行政や政治制度についても注目されています。日本では、デジタル改革、制度改革が叫ばれていますが、台湾が益々注目されると期待しています。

 台湾において、最も特徴的でおもしろく画期的な制度は、皆さんもご存じの「宝くじ付きレシート(統一発票)」ではないでしょうか。この「統一発票」実は戦後間もない70 年前には、実施されていたことをご存じでしょうか。知っているようで知らない、すでに日本でも有名な「宝くじ付きレシート」についてまとめてみました。

◆台湾で買い物をした時に知る感動

 台湾で買い物をすると「統一発票(レシート)」がもらえて、それが宝くじになっているという話は、すでに日本の台湾通の間では常識になりつつあります。

 買い物をして、そのレシートが当たれば特別賞1000万元(約3600万円)、特等200万元(約720万円)、1等20万元(約72万円)、2等4万元(約14万4000円)、3等1万元(約3万6000円)、4等4000元(約1万4400円)、5等1000元(約3600円)、6等でも200元(約720 円)がもらえます。私もこの制度を初めて知ったときの感動は忘れられません。

 抽せん会は2カ月に1回、奇数月の25日に行われますが、その当選内容が発表されていることはご存じでしょうか。今年9 月25日にも、2020年7−8月のレシートの抽選が行われ、特別賞3600万円に当たった幸運な人が22名、特等720万円は21名生まれています。財政部e-TaxPortal(財務省国税電子サイト)には、特別賞1,000万元と特等200万元に当選した43名のリストが発表されています。リストには、レシートを発行した店名と住所、及び消費項目が公開されています。

 今回の特別賞で3600万円を手にした人のうち、もっとも安い買い物をした人は新北市のスーパーで菓子パン35元(約130円)を買った人でした。他にもオートバイ、たばこ、食品、駐車代、電話代、生活用品などを買った人が、3600万円を手にしています。ここで注目したい点は、デジタル化が進むと何もかもが「見える化」される点で、このシステムは台湾が長年欠けて作り上げた凄い

 システムは台湾が長年欠けて作り上げた凄い仕組みのひとつだと思います。

 https://www.etax.nat.gov.tw/etw-main/web/ETW183W3_10907/

 現在財政部では紙のレシートを廃止して、電子レシートからさらに進んだクラウドレシート(専用APP をダウンロードした携帯電話などの端末を使用して、レシートをクラウドに保存するシステム)を推進しています。現在は移行期のため併用していますが、クラウドレシートの利用者には別途3 億4500万元(約12億4000万円)の当せん枠100万元賞(約360万円)毎回15組、2000元賞(7200円)毎回1 万5000組、500元賞(約1800円)毎回60万組を追加し利用を促進しています。この点でも、台湾は着実に社会のペーパーレス化を進めていることになります。制度推進を徹底的に行うのも台湾らしいです。

◆消費刺激策に隠された本当の目的と秘密

 レシートは買い物をしたらついてくるものなので、外れても損をしない宝くじ、「空くじなし」とは、まさしく台湾の「レシート宝くじ」のことを言うのでしょう。また、先述の「130円の菓子パンを買って3600万円の大金を手にした人」のような幸運な人たちの存在は、多くの人たちの消費を刺激することでしょう。しかし、これらが単に消費刺激策のためだけでないことは、台湾通の皆さんにはご存じだと思います。

 私が初めて「統一発票」を手にした約35 年前はまだ長細い定型サイズの「統一発票」でした。レシートには発票番号(レシート番号=宝くじ番号)と法人名、店舗名と住所、そして台湾独自の企業法人番号(統一編号)そして商品名と金額が書かれていて、店舗で発行されるレシートは二連式(現在は電子化)で、一枚は宝くじとしてお客に手渡され、もう一方はレジスターの中で記録用に保存される仕組みでした。

 そして、「その記録用レシートはそのまま売り上げ記録として税務署に渡されるから、お店は売上げをごまかせない仕組みなんだよ」と、台湾のインテリ学生さんが教えてくれたのを覚えています(現在はオンライン)。そう、本来の狙いは「脱税防止」のためなのです。もし、正式な統一発票をくれない場合は先方に申し出ることもできますし、税務署に通告する事も可能です。少し前の話になりますが、台湾の有名な魯肉飯(ルーローハン 豚そぼろご飯)のお店が統一発票を渡さなかったと検挙され、10 日間の営業停止を受けたことがニュースになりました。これほど今では宝くじとしての「統一発票」は浸透し、脱税検挙にも効果を発揮しているのです。

 実はこのレシート制度は、70 年前の1950 年に仁顕群財政長官(当時 外省人 元杭州市市長)の発案で、翌1951年1 月1 日に運用開始されています。売り上げをごまかすのが当たり前との性悪説で、制度自体でその不正や脱税行為を防ごうとする中華圏らしい発想です。この顧客の心理を突いたレシート宝くじ制度はたいへんな効果を発揮しました。1950年の税収が2900万元だったのに対して、レシート制度を採用した1951年の税収は75%増の5100万元にまで増えたのです。

 その後、1957 年から1965 年に財政問題で一時中断した時期はあったものの、この制度は法整備、制度改革を積み重ねていきました。当初台湾の「当せん金付証票法」で、購入金額の50倍までと規制されていたのを撤廃し、逐次当選金を上げて、現在の金額までになっています。1980 年の「レジスターを使った電子計算機用統一発票システム」の開始で現在の形がほぼ完成されました。同時に営業税法改正で売上額の1%を営業税として徴収して行くことを決定、1988 年には3%、そして現在は5%の営業税を売上げから徴収しています。

 2000年8月30日に電子発票(e-Invoice)制度が始まると、レジスターなどの売り上げ管理の端末と税務署がオンラインで結ばれ、48時間以内に全国の店舗の売り上げ情報が国税局に集約される形になっています。これは全国のB2C の売上げを台湾政府がオンタイムである程度把握していると言えるのではないでしょうか。

 いずれにせよ、台湾の「統一発票」制度は、行政のデジタル化の先駆的な事例の一つと言えると思います。他にも、「統一発票」は台湾社会の役に立っています。レシートの当選を気にしない人達(面倒くさいが主な理由)は、レシートを慈善団体の募金箱に入れる習慣があります。レジ横や街中、空港などでレシートが貯まっている透明の箱はそのためにあります。当たるかわからないレシートですが、レシートを募金箱に入れれば良いことをした気分になります。

◆駐在員が最初に覚える中国語は「統一編号」の番号

 台湾に駐在した会社員が、最初に覚えるのが「統一編号」ではないでしょうか。会社の買い物をしたとき、食事をしたときに、レジで「統一編号」を言うように指導されると思います。この「統一編号」は、台湾の法人版マイナンバー(企業番号)で会社を設立するときに、8 桁のこの企業番号が全法人に割り振られています。台湾の会社の名刺には必ずと言って良いほどこの「統一編号」が記載されているはずです。

 会社の備品・消耗品・福利厚生費・交際費・会議費経費など経費(損金)として台湾で購買・支払いをした場合、レジでこの「統一編号」を店員に告げて、「統一発票(レシート)」にその「統一編号」を記載してもらわなければなりません。「統一編号」が印字されていなければ経費(損金)として計上できません。もし、発行後経費として計上する場合は、面倒な手続き(再発行)をしなければなりません。お店側もレシートの再発行を防ぐために、店員が清算前に「要不要統一編号(トン イー ビィエン ハオ)?」もしくは「統編号碼(トン ビィエン ハオ マー)是多少?」と聞いているのが常になっています。皆さんも「トン イー ビィエン ハオ」もしくは「トン ビィエン」とやり取りしているのではないでしょうか。ちなみに、「統一編号(企業番号)」を記載したレシートは宝くじとしての権利を失います。しかし、販売側の売上げを管理し、企業の経費になる購入金額まで管理できている台湾のレシートシステムは、見事というほかありません。

◆小売りだけでなく全法人が「統一発票」を発行するシステムの凄さ

 台湾の会社で会計経理をする人が、覚えなくてはいけないルールのひとつが「統一発票」の発行業務ではないでしょうか。これができないと顧客へ請求もできません。台湾の法人(営利事業者)は、商品やサービスを提供する際=他者から金銭を授受した際に「統一発票」の発行が義務付けられています。BtoC の小売業やサービス業はレジでレシートを顧客に渡す仕組みになっていますが、小売業ではない企業は財政部の発行する購入した連番の専用伝票(統一発票)に取引内容を手書きで記入し、相手に渡す規則になっています。台湾では、正式な領収書は文房具屋さんで買うのではなく、政府から買うのです。

 この手書き領収書は二種類存在します。相手が、個人などの非営利業者か海外法人の場合は、「二連式統一発票」、相手が営利事業者であれば、「三連式統一発票」となります。統一発票は2カ月単位で管理されています。

 なお、この統一発票の発行を免除されているのは、医療機関、公的教育機関、銀行保険などの金融機関、旅客運輸業者(タクシー、電車、飛行機など)、そして商品の単価が少額な屋台や露天商などの小店舗が対象で、売上高が月間で20万台湾ドル未満と税務職員の審査で看做された営利事業者となっています。

◆レシート以外にも台湾国税局は超厳しい

 電車や飛行機など交通機関などを利用した場合にも厳しい取り決めがあり、切符を購入しただけでは交通費としては認められないのが台湾のルールです。飛行機の搭乗券や電車の切符の半券がないと経費として認められません。台湾で台湾鉄道や台湾新幹線を利用した場合、切符が改札口で吸い込まれず、出てくるのはこれが理由なのです。

 2017年からは台湾に固定営業所がない海外の電子サービス業者(オンラインゲーム課金、APP課金、ダウンロード課金、映像音楽などの配信など)に対する課税もはじめられ、海外e コマース商品購入にも対策が取られました。海外から2,001元(≒7,200円)以上の商品を購入した場合、台湾の購入者が商品代・手数料・運賃と関税の総額に営業税5%か課税され購入者が負担することになりました。また、狡い方法にも対策が為されており、2,000元以下に分割・小分け配送しても、同一消費者が「ひと月に2 回以上もしくは半年に6 回以上」購入した場合は逆に「頻繁輸入者」と認定されて総額に営業税が課税される仕組みになっています。海外からの商品が国内経済に影響させない目的もあるとは思います。

 このように台湾の税金は正確に厳しく取り立てられています。税法上の穴が見つかるとすぐに対処案、対抗策が練られあげていきます。しかも、人為的ではなくデジタル制度でしっかり抜け道を塞いでいます。このように定期的に台湾の会計制度、税制はアップデートされていくので、詳しい情報を知りたい方はぜひ、日本台湾交流協会や台湾の出先機関、会計事務所、法律事務所に問い合わせてください。

◆企業の経済活動を把握している台湾の強さ

 このように台湾では、「統一発票(レシート領収書)」と「統一番号(法人番号)」によって、企業の売上げと企業の仕入れ及び損金をすでにオンラインでデジタル管理しています。レシートデジタル化&オンライン化が進んでいる台湾では、経済統計、景気動向が正確に把握できています。また小売業、レストラン業など、どの業態が、どの期間どれだけ景気に左右されているか等、「見える化」されています。いろいろな経済指標をこのシステムを基に把握することが出来るはずです。「統一編号」でその企業の売上げと仕入れや経費を照合すれば、粗利(売上総利益)さえ瞬時にある程度は把握できるのです。台湾のこの仕組みのビッグデータがどのように設計され、運用されているかは外部には明らかにされていませんが、今回のコロナ禍でどの業界がいつからどの程度、被害・影響を受けていたのかを、政府はほぼオンタイムで把握していたと考えられます。だから、的確な業界別支援策が打ち出せたのではないでしょうか。また、それによって的確な経済支援策も作ることができるのではないでしょうか。

 今後、日本でもデジタル化が本格的に進むと思いますが、ぜひ台湾の経験も学んで欲しいと思います。オードリー・タン氏が日本のデジタル化の顧問に就任すれば、ますます日台交流は進むのではないでしょうか。

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藤重太(ふじ・じゅうた)1967年(昭和42年)、東京生まれ。1986年、千葉県成田高校卒業後に単身で海外台湾に渡り、国立台湾師範大学国語教学センターに留学後、台湾大学国際貿易学部卒業。夜間は私立輔仁大学のオープンカレッジで日本語の講師を4年間務める。1992年、香港にて創業。現在、株式会社アジア市場開発代表。2011年以降、小学館、講談社の台湾法人設立などをサポート、台湾講談社メディアでは総経理(GM)を5年間務める。台湾の資訊工業策進会(台湾経済部系シンクタンク)の顧問として政府や企業の日台交流のサポートを行い、各地で講演会も行う。2016年、台湾でも富吉國際企業管理顧問有限公司を設立し代表に就任。現在、台湾歴34年。主な著書に『中国ビジネスは台湾人と共に行け─気鋭のコンサルタントが指南するアジアビジネスの極意 』(SAPIO選書、2003年) 『藤式中国語会話練習帳(初級・中級)』(台湾旭聯、2007年)『亜州新時代的企業戦略』(台湾商周出版、2011年)『国会議員に読ませたい台湾のコロナ戦』(産経新聞出版、2020年)など。

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